フォルクスワーゲン・パサートヴァリアントTSIハイライン(FF/7AT)
傑作の予感 2015.09.03 試乗記 フルモデルチェンジを受けた「フォルクスワーゲン・パサートヴァリアント」に試乗。モジュラー戦略「MQB」に基づいて開発された新型は、安全性から実用性、快適性、環境性能までと全方位進化を遂げたという。その実力やいかに?シンプルで端正な美しさ
パサートはこの新型が8代目となる。1973年のデビュー当初、4気筒エンジンは縦に置かれていた。その1年後に誕生した「ゴルフ」との兼ね合いで3代目は横置きになり、5代目でまた縦に戻したりと、その時々の社内事情に翻弄(ほんろう)されてきたが、6代目以降は横のまま。新型も横置きである。
8代目として大きく変わったのは、全長をそのままに、ホイールベースを80mm延ばして前後のオーバーハングを切り詰め、直線的でシャープな感覚のスッキリしたデザインをもって、ドイツ車らしい精緻な工業製品をアピールしている点である。水平基調の横幅を広く採った造形は、ボディーを実際の寸法以上に大きく立派に見せることにも成功している。
少し前までは巨大な中国市場を意識した華流デザインが世界的に大はやりで、そのくねくね曲がったラインや凹凸の入り交じったパネル面、尖(とが)った目つきの顔などによる「激画調処理」に困惑していたユーザーも少なくなかったはずだ。ワルター・デ・シルヴァもまた、そんな処理は好きになれなかったようで、ココにきて強く反撃にでた。
華流デザインは確かにその土地で見ると、周囲の景観に調和して溶け込んでしまうし、ダルで曖昧な線や面は工作精度の点で許容度が大きく作りやすいのも事実ながら、シンプルで端正な美をよしとするわれわれからするとやや違和感もあった。好みはヒトそれぞれだから、売れたものが勝ちという論理もあるだろう。けれども、ここに素直な美意識を感じさせるデザインが投入され、果たしてどういう市場評価が下されるか興味は尽きない。
軽快なフットワーク
中に乗り込むと、ボディーは外観から想像するほど大きなサイズには感じられない。居住性は上々、室内は広々としており、ゆったりくつろげる。その上で全長が4.8m、ホイールベースが2.79mもあるにしてはボディーの取り回しもいいし、実際に回転半径は5.4mとよく切れる。
エンジンは最近のフォルクスワーゲン車の流儀に従って、排気量は1.4リッターと小さめながら150psと十分なパワーが与えられている。このパワーもまた軽快な動きに貢献しており、身軽な動きを作り出す要因のひとつとなっている。
7段ギアとツインクラッチを持つオートマチックトランスミッションは、2ペダルの安楽さとパドルシフトによる多段変速の面白さを併せ持つ。変速効率を追求した経済性なども含めて、DSGは最も洗練された自動変速機のひとつである。特にトルクコンバーターのスリップ感覚とは無縁で、オートブレーキもあいまって停止しているときにズルズルと動き出す気配はない。ブレーキペダルを踏み続けなくてもよく、発進停止の所作がスッキリしている。マニュアルシフト愛好家から見ても、だらしない動きが封じられており、清涼感を覚える。
クリープする動き自体は、それを利用する場合もあるから全面否定はしない。しかし、ブレーキを離して動き出すよりもスロットルを開けて初めて動き出す方が、クルマに乗せられているという受け身ではなく、自分の意思で操縦しているという実感が持てる。タコメーターの針の動きもデレッとしたルーズさがなく、スッと瞬時につながり、このトランスミッションの気持ち良さを象徴している。
ところで、新型パサートには軽負荷になるとエンジンと変速機の関係を絶ち、アイドリングで燃費を稼ぐ措置(コースティング走行モード)が、従来型から引き続き取られる。われわれシニア世代にとって、ギアを抜いてニュートラルで転がすなんていう運転法は禁じ手であり、絶対やってはいけないことと教えられてきたが、コレも時代の流れである。気筒休止も含めて、効率追求のためならば何でもやってしまおうという、「運転精度向上の御旗」の下で行われる。
また、ACC(アダプティブクルーズコントロール)と自動ブレーキの連携で、前車との車間距離を保ってくれる装置も便利ではある。コレも将来、クルマが自動運転化される方向での段階的技術のひとつであり、追突の危険が排除されるなら、前車との距離を詰めてスリップストリームを利用すれば燃費を稼ぐ手段として使える、ということにもなるだろう。技術発展の過渡期にはいろいろな意見や危険があるかもしれないが、技術が確立されて信頼性が確保されれば、そういったことも一般化されるに違いない。でも、筆者はそれまで生きていられないし、今のまま長めの車間距離で非効率運転の時代に生き、走れてよかったと思う。
気持ちのいい移動空間
パサートには現在考えうる最先端技術がほぼ全部そろっている。シートを温めてくれるヒーターは冬季にありがたい装備のひとつだが、夏場は汗でベトつかないように空気を送ってくれるベンチレーション装置がうれしい。特にレザー表皮をもつシートでは効果が大きい。これはパサートがゴルフより上級であることを知らしめるというより、さらに高価なライバル車との比較において価値観を見直させるための装備だろう。
フォルクスワーゲンというネーミングが持つイメージは、以前とは比べ物にならないほど立派で高度なつくりを連想させ、もはやアウディと変わらないレベルにあるといっていい。それらの内容を備えたクルマが433万9900円で買えるのだからお買い得といえる。
市場には、フォルクスワーゲンの中でも「ゴルフヴァリアント」や「ティグアン」など競合すると思われる車種はあるが、パサートは古き良き時代のアメリカ製ステーションワゴンを思わせるおおらかな雰囲気がいい。もちろん車体の後部には荷物がたくさん積めるし、天井が高いままスーッと長く後方まで延びている独特の空間は、気持ちのいい移動空間でもある。
それともうひとつ、フォルクスワーゲン車の伝統のひとつに、シート座面の後傾斜角を大きく採っていることが挙げられる。これは上体の重量をシートバックに預け、疲労を分散するだけでなく、ブレーキング時にベルトで押さえられる前に自分で体を支えられる効果がある。
こんなところにも自信が満ちている
大きなボディーに小さなエンジンの組み合わせは、7段の多段ギアボックスにより、効率的に加速することは実証済み。今までの常識では、長く、勾配が急な下り坂などでエンジンブレーキにやや不安がある例もあった。そこで筆者は、エンジンブレーキが実感できるのは2速以下に落ちてからだから、何km/hで2速に落とせるかをいろいろなクルマでチェックしている。
その経験からすると、日本車はエンジンの耐久性などを考えて、60km/h以下にならないと入らない設定のものが多い。加速していく分には100km/h以上に達する例もあるのに、落とすとなると受け止めるのに無理があるのかもしれない。そして多段化もあって、2速は低いレシオとなることもその理由か。
またエンジンはあまり高回転まで回さず、低中回転でトルクを稼ぐ傾向も強まっている。このパサートは75km/hで3速から2速に落ちる。2速で一杯まで引っ張ると80km/hくらいになるから、これは優秀な部類に入る。今の技術でオーバーレブは考えられないから、ギリギリまで回すことも可能ではあろうが、その辺の技術的限界がメーカーの自信の表れでもあると思う。
エンジンのダウンサイジングなどは日本のお家芸とも思われてきたが、実際に実用化されている技術はフォルクスワーゲンが最先端を走っている。8代目パサートは10年くらい後になって振り返った時に、歴代パサートの中でも異彩を放つだろう。
(文=笹目二朗/写真=小河原認)
テスト車のデータ
フォルクスワーゲン・パサートヴァリアントTSIハイライン
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4775×1830×1510mm
ホイールベース:2790mm
車重:1530kg
駆動方式:FF
エンジン:1.4リッター直4 DOHC 16バルブ ターボ
トランスミッション:7段AT
最高出力:150ps(110kW)/5000-6000rpm
最大トルク:25.5kgm(250Nm)/1500-3500rpm
タイヤ:(前)215/55R17 94W/(後)215/55R17 94W(コンチネンタル・コンチプレミアムコンタクト5)
燃費:20.4km/リッター(JC08モード)
価格:433万9900円/テスト車=465万3100円
オプション装備:LEDヘッドライト(16万2000円)/電動パノラマスライディングルーフ(15万1200円)
テスト車の年式:2015年型
テスト開始時の走行距離:5922km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(7)/山岳路(1)
テスト距離:368.9km
使用燃料:38.1リッター
参考燃費:9.7km/リッター(満タン法)/13.8km/リッター(車載燃費計計測値)

笹目 二朗
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