フォルクスワーゲン・パサートヴァリアントTDI Rライン(FF/7AT)
いい人でいいじゃないか 2021.07.16 試乗記 「パサートヴァリアント」といえばフォルクスワーゲン(VW)のモデルラインナップのなかでも、特に“質実剛健”なイメージの強いモデルだろう。今回はその最上級グレードにして「カッコよさ」を強調した「TDI Rライン」に試乗。果たしてその印象やいかに!?迷いがみえる
ダッシュボードの中央、新品のシャツのようにピシッとそろったエアアウトレットの間にハザードスイッチが設けられ、その上に「PASSAT」のロゴが掲げられているが、何かのスイッチを隠しているわけでもなく単なるエンブレムだ。こんなに目立つ一等地に車名を掲げなくてもいいんじゃないか、というより、さすがにこれでは芸がないというか、現在のVWの迷いを象徴しているように感じた。ご存じの通り、マイナーチェンジ前はここにアナログ時計がはめ込まれていた。プレミアムを目指す8代目パサートの象徴のように言われていたと記憶しているのだが、マイナーチェンジで早々に廃止されてしまったというわけだ。実際にはそこに時計があってもなくても構わないし、ハザードスイッチが目立つ場所に設置されていることにもちろん文句があるわけではないが、短い間にあっちこっちにブレてはせっかくの狙いが定着しない。なんだか重箱の隅をつつくようだが、一体何をしたかったのか? と受け止められても仕方がない。
この業界でもしばしば耳にする言い回し、「いい人なんだけどねえ……」の代表格がパサートではないだろうか。1973年からの長い歴史を持ち、累計販売台数は3000万台以上というロングセラーにしてベストセラーなのに(1974年デビューの「ゴルフ」はざっと3500万台)、いまひとつパッとしない。いや、本国や中国では押しも押されもせぬヒット作だし、2015年に国内発売された現行型(「TDI」は例のディーゼルゲート事件の影響もあって2018年導入)は欧州カー・オブ・ザ・イヤーにも輝いている。今ひとつなのは日本国内の話である。特に今は金看板たるゴルフの新型がようやく導入されたばかり、そうでなくても目立たないパサートは影が薄くなりがちだ。せっかくのマイナーチェンジももう少し時期をずらせなかったのかと心配になるが、まあいろいろと事情があるのだろう。
基本は変わらず
今回は「セダン」およびステーションワゴンのヴァリアント、さらにSUV風の4WDワゴンである「オールトラック」のシリーズ全体にマイナーチェンジが加えられた。パワーユニットはガソリンエンジンが従来の1.4リッターに代わる新世代の1.5リッター直4ターボ、ディーゼルはこれまでと同じ2リッター直4ターボで、セダン/ヴァリアントには両方が用意されるが、オールトラックは2リッターTDIのみとなる。試乗車はヴァリアントのTDI仕様だけに設定されているスポーティーグレードのRラインである。ディーゼルターボのワゴンだけあって車両本体価格は584.9万円と600万円近いが、TDI Rラインは文字通りのフル装備である。
すなわち、全車標準となる「トラベルアシスト」(同一車線内全車速運転支援システムと称する)やマトリクスLEDヘッドライトの「IQ.ライト」、モバイルオンラインサービスに加えて、インフォテインメントシステムの「ディスカバープロ」やフルカラーデジタルメーターの「デジタルコックピットプロ」、ヘッドアップディスプレイ、ナッパレザーシート、さらには可変ダンパーの「DCC」まで全部載せであり、それを考えるとリーズナブルと言うべきだが、600万円クラスともなれば、当然プレミアムブランドの他のモデルも十分視野に入ってくる。大きく広く実用的という定評に加え、積極的に選択する決め手は何か、と従来の思考の横道に入り込んでしまうのだ。
たくましいが洗練度はもう少し
2リッター直4直噴ディーゼルターボエンジンの最高出力は190PS/3500-4000rpm、最大トルクは400N・m/1900-3300rpmと従来通り。ただしトランスミッションは6段から7段のDSGに換装されている。ギアが増えたこともあり、モリモリたくましい加速はさらに力強さを増したようで、これなら広大なラゲッジスペースに荷物を満載してもまったく不満を感じないはずだ。
いっぽうでノイズや振動の面ではもう一歩、いやあと半歩ぐらいの洗練がほしいのが正直な気持ちだ。走行中のエンジン音は事実上気にならないし、ストレスなく吹け上がるものの、プレミアム勢のディーゼルユニットと比べると普通に走っている際の若干ザラザラしたビートというかバイブレーションが気にならないと言うとウソになる。
昔のディーゼルを知る世代からすれば、現行型は見違えるように静かでスムーズであることは間違いないが、進化するのは自分たちだけでなくライバルも同様。製品は比べられて評価されるものである。
大きいゴルフでいいじゃないか
洗練度という点では乗り心地にも少々注文あり、である。例によってRラインは見た目も立派な19インチを履くが、VWがモビリティータイヤと称するシール材内蔵のいわゆるランフラットタイヤであることも影響しているのか、可変ダンパー付きとはいえ路面によってはダシッという直接的な突き上げやバタつきを感じることもあった。
高速道路ではフラットで骨太な安心感にあふれており、そこがパサートの長所と言いたいが、他の場面ではどうしても粗いフィーリングがつきまとう。しっとり滑らかなきめ細かさを求めるのはそもそも筋が違うという意見もあろうが、個人的にはRラインというグレードがパサートに必要なのか、という根本的な疑念も残る。装備充実のラグジュアリーグレードで十分ではないだろうか。
以前にも書いたが、カンパニーカー制度がある欧州ではパサートはその代表的車種であり、主戦場は公用車などのビジネスユースだ。それを考えれば現行型は十分清潔で美しい(黒一色のインテリアはいささかやぼったいが)。長く使えるまっとうで実用的な製品こそVWの神髄だろう。謹厳実直とまでは言わないが、広々とした室内と大容量の荷室を必要とする人にとっての良品であるべきだ。前髪ばかり気にするイケメンよりも、「いい人だけど」と呼ばれるほうがはるかにいいじゃないか、とオッサンは思うのである。
(文=高平高輝/写真=向後一宏/編集=藤沢 勝)
テスト車のデータ
フォルクスワーゲン・パサートヴァリアントTDI Rライン
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4785×1830×1510mm
ホイールベース:2790mm
車重:1610kg
駆動方式:4WD
エンジン:2リッター直4 DOHC 16バルブ ディーゼル ターボ
トランスミッション:7段AT
最高出力:190PS(140kW)/3500-4000rpm
最大トルク:400N・m(40.8kgf・m)/1900-3300rpm
タイヤ:(前)235/40R19 96W/(後)235/40R19 96W(ピレリ・チントゥラートP7)
燃費:16.4km/リッター(WLTCモード)
価格:584万9000円/テスト車=591万5000円
オプション装備:ボディーカラー<ラピスブルーメタリック>(3万3000円) ※以下、販売店オプション フロアマット<テキスタイル>(3万3000円)
テスト車の年式:2021年型
テスト開始時の走行距離:3605km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(6)/山岳路(2)
テスト距離:286.0km
使用燃料:20.5リッター(軽油)
参考燃費:14.0km/リッター(満タン法)/14.8km/リッター(車載燃費計計測値)
