第418回:大矢アキオのフランクフルトショー2015(後編:街角にて)
「ドイツかぶれ」の落とし穴
2015.10.02
マッキナ あらモーダ!
有名な戯曲から始まっていた
「揺らぐドイツブランドの信頼性」――皮肉にも、フランクフルトショーの期間中に、そうした見出しが欧州各国メディアのヘッドラインに躍ってしまった。
昨今の事件、ドイツゆえに不利だ。それは学校を考えればわかる。日ごろから悪ふざけばかりしている生徒がテストで大きな過ちをしても「そんなものか」とあまりとがめられない。だが、成績優秀な生徒が小さな間違いを犯すと、「なんであなたが」と詰問されるのと似ている。「揺らぐイタリア製品の信頼性」という見出しがピンとこないのを考えればわかる……おっと、口が滑ってしまった。
ボクが住むイタリアでも、ドイツ人観光客に対しては「いつもリンゴ片手にダサいサンダルを履いて歩いている」と笑ういっぽうで、ドイツの工業製品に対するイメージは良い。服飾関係の職人の工房に行くと、古いドイツ製ミシンがあって、「親の代から使っている、これが一番」と自慢げに見せてくれる。また、エレベーターの販売・保守をなりわいとする知人も、大半の工具はドイツブランドである。
日本人もドイツブランドに対する信頼が高い。クルマにとどまらず、カメラ、刃物、筆記具、印刷機など、その領域は幅広い。
起源をたどれば、明治以降に西洋文明を取り入れる過程において、ドイツが格好のお手本だったことに始まる。特に医学の分野においてドイツに範をとったことで、教養のある人=ドイツに深い造詣というステレオタイプができあがっていった。それは音楽の世界でも同じである。
同時に、オペレッタ『学生王子』の原作である戯曲『アルト・ハイデルベルク』(古い人はハイデルベル“ヒ”と言う)や、森鴎外の小説『舞姫』、さらにはオーストリアを舞台にしたドイツ映画『会議は踊る』など、数々の恋物語が、日本人の中のドイツ幻想をさらに増幅させた。
ボク自身は、そうしたドイツ憧れ世代の生き残り教師や親に育てられた、最後の世代だと思う。だからボク自身もドイツに“かぶれて”しまい、音大生時代の教育実習では、生徒にドイツマルク硬貨を受け渡しさせ、「ダンケシェーン(どうもありがとう)」「ビテシェーン(どういたしまして)」と言わせたりしたものだった。
残るドイツ風情を探して
いっぽう、今日のフランクフルトのメインストリート、ツァイルはどうだ。H&M、ZARA、ESPRITといったヨーロッパ中どこにでもあるファストファッションの店が立ち並んでいる。もしボクがGoogleストリートビューのペグマンとなって、いきなり町のド真ん中に降ろされたら、フランクフルトとわかるまで数十秒を要するだろう。
ヨーロッパ屈指のビジネス街に、ドイツ旅情を求めること自体がナンセンスとわかりつつも、わずかに残る風情を求めて、さまよってみた。
まずは、歩きながらヴュルストヒェン(小さなソーセージ)入りパンを売るおじさんに遭遇した。だが、あまりにコテコテで、こちらのほうが恥ずかしくなってしまい、激励だけして撤収した。
雨が強くなってきたのでドラッグストア「dm」に入る。もともとはドイツのチェーンストアで、店舗拡大当初は楽しかったものだが、今や東欧にも進出していて、新鮮味が薄い。しかし、店内をあれこれ見てみると、あったあった、「Rotbäckchen(ロートベックヒェン)」(赤い頬の娘)。1952年に発売されたドイツの伝統的栄養ドリンクである。
これを数本仕入れ、ホテルへと戻り、部屋に向かうエレベーターに乗った。ドイツのエレベーターの操作盤には、「E」と「U」と記されたボタンがある。前者はErdgeschoss(エルトゲショス=日本式1階)、後者はUntergeschoss(ウンターゲショス=地階)を表す。ドイツに通い始めた20代、それを見ただけでシビれたのを思い出した。
ドイツの大発明かと思ったら
そして早速、赤い頬の娘をグイッと飲むことにした。近年いろいろなタイプが増えているが、ボクが買ってきたのはKlassikと称するオリジナル版だ。味はオロナミンCをくどくした感じである。はっきり言って現代的なテイストではない。それに1950-60年代のCMを見ると、おじさんの滋養強壮というよりも、子供の元気づけにフォーカスされた商品だ。
しかし、「ドイツ医学、ドイツ医学」と念じながら飲むと、モーターショー取材の疲れが消えてゆくのが不思議である。
実はドラッグストアで、仕入れておいたものが、もう1品ある。二またの歯ブラシである。通常のブラシと、歯間ブラシが一体になったものである。日ごろ、出張取材にも双方を持ち歩いているボクとしては、その昔、経営の神様・松下幸之助が発明した二またソケットに匹敵する大発明だと思った。かつてイタリアに着いた初の夜に買った歯ブラシは、プラスチックのバリが口にあたり、これから住む国の工業水準を、身をもって理解した。それからすると、さすがドイツだ。
風呂上がりに歯磨き粉をつけて使ってみる。するとどうだ、普通の歯ブラシ側を使おうとすると、反対側の歯間ブラシが口に当たって、とてもじゃないが磨けない。逆もしかりだ。バスルームのゴミ箱にいったん捨てたパッケージを引っ張りだして見てみると、こう記してあった。「入れ歯ブラシ」。
日頃「東洋から来るハイテク電子製品は、みんな日本製」と信じている多くのイタリア人を苦笑しているボクであるが、その日ばかりは自らの「ドイツかぶれ」を猛省したのだった。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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