ポルシェ911カレラ(RR/7MT)
やはり911は「素」に限る 2016.01.22 試乗記 自然吸気の3.4リッターユニットを搭載する従来型の「ポルシェ911カレラ」に試乗。「ターボ」でも「GT3 RS」でもないごく普通のカレラの、しかもMT仕様を選ぶ意義とは? MT派の筆者はこの「素のカレラ」こそがベスト911と考えている。GT3 RSより面白い!?
カタログモデルではあっても、試乗車が用意されていない例はままある。素のモデルなどは大概そんな扱いになっている。その点、ポルシェはエライ。911カレラのカタログには7MTが1178万円、7AT(PDK)が1255万円とあり、一番安価な911カレラは7段MT車ということになるが、その試乗車をちゃんと用意しているからだ。もっとも、営業優先の考え方をすると、MTはどうせ売れないから活動が控えめになってしまう、ということはあるだろう。
しかし、実は乗って一番面白い911カレラはコレだと思う。ひと月ほど前に高性能版の「GT3 RS」に乗せてもらったが、さして感銘は受けなかった。2530万円という高価な価格相応というか、その成り立ちからして「むべなるかな」といったところか。そのクルマを面白いと感じるか否かは主観の問題であり、単純に「速い911」や「高価な911」を好む人にはもちろんアチラをお薦めする。しかしここでは、素の7MT 911がなぜ面白いかをじっくり検証していきたい。
年末にポルシェの試乗会があり、そこに7MTの911カレラも用意されるという。webCG編集部のT君は筆者のMT好きを覚えていてくれて、その取材に声を掛けてくれた。GT3 RSより面白いだろうという予想は大当たりで、リポートを書く作業も大いに楽しめた。
朝7時半に開始された試乗会では、ポルシェジャパン広報部の意図に反してこの7MT 911カレラは一番人気で、順番待ちではなく抽選となり、その都度くじを引くので、運が悪ければ最後まで乗れないかも……と思ったが、幸いにも3番目の枠で乗ることができた。
4段MTも今は昔
911カレラはギアボックスが後方にある構造上、MTのシフトレバーはダイレクトではなくリモコン作動となる。まだ5段MTだった時代には、アウトバーンで200km/h超の高速域で4速から5速に入れるときには、クラッチを離す際に心中穏やかではいられず一瞬ためらうのが常で、いつでも再度また踏み込める気構えが必要だった。ブラブラ遊びの多いシフトレバーでは、確実に5速に入ったかどうか自信が持てず、信用できない不安感があったからだ。
また、ギアレシオもクロスしていない時代だった。日本の地方道はもとより、欧州の村や町の通過には60~90km/hあたりで走る場合も多く、そんな状況では2速に入れっぱなしで走らざるをえない。2、3速をもう少し下へ移動させれば3速の守備範囲も広くなり、燃費だけでなく静粛性の点でも有利なのにと思っていた。その点をただすと、2、3速を下げるとドイツ人はセカンド発進をしてしまうから……という答えが返ってくるのが常だった。
さらに昔を振り返るならば、初期の911のギアボックスは4段だった。あの「930ターボ」でさえ4速で280km/hまで賄っていたのだ。当時日本の高速道路を100km/hでクルーズするときには2速を使った。3速に入れるとトルク不足で走れなかったのだ。
そんなことを思い出しながら最新の7段MT車に乗ってみる。リモコンとはいえ、シフトレバーのカッチリした作動感に感服する。7速のゲートを選ぶ操作にも迷いは生じない。メーター内にギアポジションの数字が表示される「新兵器」の存在は心強く、もし間違って入ってしまったとしてもすぐわかるし、クロスしたギア比により2段階飛ばしになってしまったとしても、エンジンが許容してくれるだけ高回転まで回せる。最高速度289km/hは5速で達し、6、7速はクルーズ用の燃費ギアとなっている。
MTには自由がある
このエンジンは3.4リッター自然吸気(NA)で、NAゆえのスロットル開度に従順なパワー感が得られる。そして純粋なMTゆえにPDKとは違い、勝手にシフトアップやダウンされることなく、自分で好きなところまで回せる。必ず同じパターンで上げずとも、任意に止めることも、さらにもっと上まで回すこともできる。変速作業は気分によっても違うし、その場の状況によってその都度スロットルの開け方は異なるのがフツウであり、要は自由気ままに扱えることこそドライビングの基本といえる。
スポーツカーは極めて主観的な乗り物であって、自分の意のままに扱えなければ征服感は満たされない。クルマが勝手にやってくれる操作に甘んじていては、楽しみを半分以上捨ててしまうことになる。楽チンであるとか、速いとか、効率などを求めるのならばPDKに軍配があがるかもしれないが、MTにはより繊細で自由な操作が選択できる。発進時にエンストすることだって、MTゆえの「特技」であるし、そのクラッチミートだって初めはうまくスムーズにつなげないかもしれないが、場数を踏むほどにうまくなる。そこを自分でやるから面白いのだ。
そのクラッチペダルの踏力も今や軽く、フロアから離す瞬間の微小操作域からつながり始めるので、合わせる感触もつかみやすい。この部分を妙にルーズにしてあるクラッチもあるが、スッとすぐつながってこそシフトのタイミングをとりやすい。
重箱の隅をつつくならば、試乗車はペダルの調整が不十分でやや後半のストロークが大きく、リターンスプリングも強い。ペダルハイトも不ぞろいでブレーキペダルより高い。まあこの辺の微妙な部分は調整できるから、オーナー自身でいじれる楽しみの領域でもあろう。
この3.4リッターNAエンジンは、ご承知のとおり、間もなく3リッターターボに置き換わる。しかし、4リッターまで拡大されている現状のNAユニットの中では3.4リッターが最もスムーズで総合点は高い。なくなるのであれば、今のうちに買っておくのも一興だろう。
またエンジンだけでなく、ボディーサイズもコレが一番コンパクトで一般路上での取り回しも容易だ。911カレラの魅力のひとつは、その小柄な外寸に対してパワフルなエンジンを持つことにある。こんなことを言うと、見た目を重視するポルシェファンからネットで猛攻撃されるかもしれないが、大きく外に張り出したタイヤをクリアするオーバーフェンダーなどは運転する上では邪魔でしかない。
これぞベスト911
この911カレラには電子制御ダンパーシステムであるPASMこそ付いているが、ロールセンターを極端に下げた奇妙なジオメトリーを採らず、キックバックはあるものの路面からの反力も十分で操舵(そうだ)感もいい。微舵(びだ)応答も切り始めが自然で、スッとノーズが動く気持ち良さは、大型化した他の911シリーズでは失われてしまった特性だ。
ポルシェが走っているときの音を外で聞いていると、エンジン音や排気音だけでなく駆動系やタイヤなどが発する走行音全体も相当やかましい。いわゆる車外騒音の類いの大きさは世界一かもしれない。そんなポルシェラインナップの中では、この911カレラの素のモデルが一番静粛といえる。だから毎日乗る通勤のアシとして使うにしてもコレはお薦め。騒音は車内で聞いていても、疲労の原因となるからだ。
筆者の結論として、911カレラシリーズの中で一番乗って面白いのは、この7MTの素のモデルである。絶大なパワーを否定はしないけれども、慣れてしまえばそれまでで、加速はあくまでも刹那的な楽しみでしかない。それも自分のウデで引き出すのではなく、機械まかせで乗せられているのでは威張れない。加速を楽しみたければ、ギアポジションを1段でも2段でも下げればいい。自分の意思でそれを引き出して乗ってこそ面白いのだ。
ポルシェが昔から提唱している、前輪で操向し、後輪で駆動力をコントロールしつつ、前後輪の連携で旋回させる楽しみは、電子デバイスなんかに頼っていては何の面白みもない。本当にポルシェの運転を楽しみたいのであれば、何も余計なものは付けずに、装備されていても使わずに、自分で全部操作することをお勧めする。それには一番安いこの7MTこそ最適なモデルだ。
(文=笹目二朗/写真=小林俊樹)
テスト車のデータ
ポルシェ911カレラ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4500×1810×1305mm
ホイールベース:2450mm
車重:1410kg
駆動方式:RR
エンジン:3.4リッター水平対向6 DOHC 24バルブ
トランスミッション:7段MT
最高出力:350ps(257kW)/7400rpm
最大トルク:39.8kgm(390Nm)/5600rpm
タイヤ:(前)235/40ZR19 92Y/(後)285/35ZR19 103Y(グッドイヤー・イーグルF1アシンメトリック2)
燃費:--km/リッター
価格:1178万円/テスト車=1446万8000円
オプション装備:ボディーカラー<シルバーメタリック>(21万4000円)/インテリアトリム<エスプレッソ>(87万3000円)/LEDヘッドライト<PDLS+付き>(51万5000円)/電動可倒式ドアミラー(5万5000円)/ポルシェ・アクティブサスペンション・マネージメントシステム<PASM>(30万3000円)/スポーツクロノパッケージ(29万円)/カラークレスト ホイールセンターキャップ(3万円)/シートヒーター<フロント左右>(8万6000円)/シートベンチレーション(19万3000円)/フロアマット(3万3000円)/マルチファンクションステアリングホイール(9万6000円)
テスト車の年式:2015年型
テスト開始時の走行距離:8397km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:--km/リッター

笹目 二朗
-
日産エクストレイルNISMOアドバンストパッケージe-4ORCE(4WD)【試乗記】 2025.12.3 「日産エクストレイル」に追加設定された「NISMO」は、専用のアイテムでコーディネートしたスポーティーな内外装と、レース由来の技術を用いて磨きをかけたホットな走りがセリングポイント。モータースポーツ直系ブランドが手がけた走りの印象を報告する。
-
アウディA6アバントe-tronパフォーマンス(RWD)【試乗記】 2025.12.2 「アウディA6アバントe-tron」は最新の電気自動車専用プラットフォームに大容量の駆動用バッテリーを搭載し、700km超の航続可能距離をうたう新時代のステーションワゴンだ。300km余りをドライブし、最新の充電設備を利用した印象をリポートする。
-
ドゥカティXディアベルV4(6MT)【レビュー】 2025.12.1 ドゥカティから新型クルーザー「XディアベルV4」が登場。スーパースポーツ由来のV4エンジンを得たボローニャの“悪魔(DIAVEL)”は、いかなるマシンに仕上がっているのか? スポーティーで優雅でフレンドリーな、多面的な魅力をリポートする。
-
ランボルギーニ・テメラリオ(4WD/8AT)【試乗記】 2025.11.29 「ランボルギーニ・テメラリオ」に試乗。建て付けとしては「ウラカン」の後継ということになるが、アクセルを踏み込んでみれば、そういう枠組みを大きく超えた存在であることが即座に分かる。ランボルギーニが切り開いた未来は、これまで誰も見たことのない世界だ。
-
アルピーヌA110アニバーサリー/A110 GTS/A110 R70【試乗記】 2025.11.27 ライトウェイトスポーツカーの金字塔である「アルピーヌA110」の生産終了が発表された。残された時間が短ければ、台数(生産枠)も少ない。記事を読み終えた方は、金策に走るなり、奥方を説き伏せるなりと、速やかに行動していただければ幸いである。
-
NEW
バランスドエンジンってなにがスゴいの? ―誤解されがちな手組み&バランスどりの本当のメリット―
2025.12.5デイリーコラムハイパフォーマンスカーやスポーティーな限定車などの資料で時折目にする、「バランスどりされたエンジン」「手組みのエンジン」という文句。しかしアナタは、その利点を理解していますか? 誤解されがちなバランスドエンジンの、本当のメリットを解説する。 -
NEW
「Modulo 無限 THANKS DAY 2025」の会場から
2025.12.4画像・写真ホンダ車用のカスタムパーツ「Modulo(モデューロ)」を手がけるホンダアクセスと、「無限」を展開するM-TECが、ホンダファン向けのイベント「Modulo 無限 THANKS DAY 2025」を開催。熱気に包まれた会場の様子を写真で紹介する。 -
NEW
「くるままていらいふ カーオーナーミーティングin芝公園」の会場より
2025.12.4画像・写真ソフト99コーポレーションが、完全招待制のオーナーミーティング「くるままていらいふ カーオーナーミーティングin芝公園」を初開催。会場には新旧50台の名車とクルマ愛にあふれたオーナーが集った。イベントの様子を写真で紹介する。 -
NEW
ホンダCR-V e:HEV RSブラックエディション/CR-V e:HEV RSブラックエディション ホンダアクセス用品装着車
2025.12.4画像・写真まもなく日本でも発売される新型「ホンダCR-V」を、早くもホンダアクセスがコーディネート。彼らの手になる「Tough Premium(タフプレミアム)」のアクセサリー装着車を、ベースとなった上級グレード「RSブラックエディション」とともに写真で紹介する。 -
NEW
ホンダCR-V e:HEV RS
2025.12.4画像・写真およそ3年ぶりに、日本でも通常販売されることとなった「ホンダCR-V」。6代目となる新型は、より上質かつ堂々としたアッパーミドルクラスのSUVに進化を遂げていた。世界累計販売1500万台を誇る超人気モデルの姿を、写真で紹介する。 -
アウディがF1マシンのカラーリングを初披露 F1参戦の狙いと戦略を探る
2025.12.4デイリーコラム「2030年のタイトル争い」を目標とするアウディが、2026年シーズンを戦うF1マシンのカラーリングを公開した。これまでに発表されたチーム体制やドライバーからその戦力を分析しつつ、あらためてアウディがF1参戦を決めた理由や背景を考えてみた。









































