第451回:“カルブラトリスタ”いまだ健在!
イタリア修理工場事情
2016.05.27
マッキナ あらモーダ!
毎週壊れるクルマとともに
イタリア在住の筆者は先日、わが家の自動車の維持費用(燃料代除く)を算出してみた。クルマは、140psのディーゼルエンジンを搭載するコンパクトカーだ。
以下、日本円に換算すると――
・メーカー指定の定期点検(メーター内ディスプレイに「整備に来い」マークが出る、あれ):約4万3000円
・タイヤ交換+保管手数料×2回:約1万5000円
・自動車税(州税):約3万5000円
・保険(幸い最良等級):約3万9000円
・車検(2年に1回。1年あたり):約4000円
しめて約13万6000円である。
できれば、タイヤ交換の費用と、それにかかる時間を節約したいのが本心だ。しかしボクの住む州では冬期、チェーン携帯もしくは冬タイヤ装着が義務なので、致し方ない。しかしながら、日本に比べて車検が安いのはありがたいので、まあよしとしている。
ということで、今回はクルマの整備にまつわる話をしよう。イタリア在住3年目の1998年、ボクは12年落ちの「ランチア・デルタ」を買った。「インテグラーレ」ではなく、ノルマーレ(標準仕様)である。当時の日本円換算にして約27万円だった。今以上に生活が安定せず、この先イタリアに住み続けられるかどうかも不透明な時期だったので、わが家にとっては大きな出費であった。
にもかかわらず、毎週のように何かが起きる。クルマに乗りかけた女房から「これ……」と渡されたものを何かと見れば、外れたドアノブだった。電光石火のギアチェンジを決めようとしたら、いきなりシフトノブが抜けて飛んでいったこともあった。そのときも、助手席にいた女房が見事に受け止めてくれた。
メッカニコ? それともカロッツィエレ?
個人売買で手に入れた古いモデルだったこともあって、このランチアを正規ディーラーに持ち込むのは、はばかられた。なにより修理代金が高そうだ。そのため、カー用品店や解体屋さんで部品を探しては、それを取り付けてもらうべく小さな修理工場の門をたたく日々が続いた。
でも、おかげでイタリアに連綿と続く自動車修理の分業について知ることができたのは面白かった。
まずは「autofficina(アウトフィチーナ:整備工場)」である。maccanico(メッカニコ:メカニック)がいて、主に機関系の修理をしてくれる。centro revizioni(チェントロ・レヴィジオーニ:民間車検場)や、保険会社や日本のJAFにあたるACIの委託を受け、緊急ロードサービスを請け負っているところも少なくない。
この、主に機械を扱うアウトフィチーナがくせ者だ。ちょっとした電装系の修理を引き受けてくれることもあるが、デルタのパワーウィンドウが壊れたときは、「それはcarrozzeria(カロッツェリア)の仕事だな」とあっさり断られてしまった。
日本のクルマ好きは、カロッツェリアと聞くとピニンファリーナやベルトーネのようなデザインハウスを連想されるかもしれないが、イタリアでは一般的に、町の板金工場を指す。板金職人はcarrozziere(カロッツィエレ)という。例のパワーウィンドウ故障は、「ドアの内張りをはがして、モーターの調子を見るだけなんだから、メッカニコでもできるだろう」と思うのだが、カロッツィエレの領域なのだ。
幸いそのときのカロッツィエレは、ボクが節約すべく解体屋さんで発掘してきた中古のパワーウィンドウモーターでも、嫌な顔ひとつせず取り付けてくれた。
定期的な研修のたまもの
ドイツから通販で購入したグルンディッヒのカーラジオを取り付け始めたものの、挫折してしまったこともあった。それを助けてくれたのは、「elettrauto(エレットラウト)」という電装系エキスパートの店であった。途中放棄という、職人にとっては一番厄介な客であったにもかかわらず、丁寧に配線をやり直してくれたのはうれしかった。「あとの本体取り付けは自分でやります」とボクが申し出たこともあり、工賃が格安だったのを記憶している。
こうした修理工場は今なお、イタリアの街のあちこちに存在する。
しかし、クルマのパーツは、どれも年々高度化している。例えばドアミラー。かつて5代目「日産ローレル」が採用したとき、エンスージアストを自称する人々から「ギミック」と笑われた電動格納式ドアミラーは、時を経て欧州製プレミアムカーでも当たり前の装備となった。ウインカーはもちろん、車両の周囲を監視するカメラまで内蔵されていたりする。
こうした技術的なアップデートに、町の修理工場は、どうやってついていっているのか? 長年つきあいのあるメカニック、アレッサンドロさんに聞いてみた。彼の答えは、こうだ。
「メカニックの俺の場合、フィアットの純正オイルでもある潤滑油メーカー『セレニア』が定期的に研修を開催するので、それに欠かさず参加するようにしているよ」
そうした勉強のおかげだろう、彼の工場には、初代「フィアット・パンダ」などに交じって、「アルファ・ロメオ・ミト」のような電子デバイスてんこ盛りのクルマも、たびたびやってくる。
愛され続けるスペシャリスト
先日フィレンツェに赴いて驚いた。道路沿いに掲げられていた看板に「carburatorista(カルブラトリスタ)」と記されていた。キャブレター専門店である。
インジェクション全盛の今日、イタリアでも、キャブレターと言ったところでわからない人が大半であろう。にもかかわらず、キャブレター専門店とは……。個人的に、「帝都高速度交通営団」や「日本天然色映画」と同じくらいそそられる、古めかしいネーミングである。
どうやって商売しているのか心配してしまったのだが、彼らは主に、LPG仕様車/天然ガス仕様車への改造を手がけているのだ。そうしたクルマの改造は、イタリアでは、最も手っ取り早いエコカー化の手段として支持されており、それなりに需要があるのである。
キャブレター時代の旧型「フィアット500」をいまだ町のゲタ代わりとして使っているオーナーにとっても、頼れる存在であろう。
イタリア人が小さな修理工場を選ぶのは、節約志向以上に、長年にわたる人間くさいつきあいを好むからなのは間違いない。コーヒーを飲むために、なじみのバリスタがいるバールに行くのと、同じ感覚といえる。ちなみに(ようやく2017年、ミラノに1号店がオープンする予定だが)今日までイタリアにスターバックスが存在しないのは、そうした人々の性向のためである。
たとえ自動運転車の時代に突入しても、こうした横町のスペシャリストたちは、一生懸命勉強しながら、人々に頼られて生き残り続けるであろうことは間違いない。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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