アウディR8 V10クーペ 5.2 FSIクワトロ(4WD/7AT)
完璧というより潔癖 2016.08.04 試乗記 より力強い5.2リッターV10エンジンや、新開発のクワトロ4WDドライブなどを得て、一段とダイナミックに生まれ変わった「アウディR8」。アウディのロードカー史上、最も強力な新型スーパースポーツは、同時にきわめて高度な技術に裏打ちされた、潔癖なまでのフラッグシップ・アウディでもあった。軽いことのクオリティー
最初の数mどころか、ほんのひと転がりで、これは、と驚かされた。スッと軽く動き出す挙動が、実に滑らかでさりげない。“せーの”と反動をつけて前に出る感覚ではなく、武道や踊りなどその道の達人が予備動作をまったく見せずに瞬時に静から動へと移行する、あのような身のこなしに似ている。といってさまざまな部分を削ぎ落とした頼りなさとも無縁だ。余分なものをぎりぎりまで削って追求した軽量化は、時に粗さや頼りなさにつながるものだが、R8の軽さはそんなプリミティブなものではない。
これまでのアルミスペースフレームに加えCFRP(カーボンファイバー強化プラスチック)をセンタートンネルやバルクヘッドに使用し、さらに軽量高剛性のボディーを実現したという新型R8だが、実際の車重は1690kg(車検証値)と、5.2リッターV10の4WDスーパースポーツとしては比較的軽量ではあるものの、絶対的には軽くはない。それが滑らかに軽く動くのは、あらゆる可動部分が精密に作られているからに他ならない。アクセルペダルの動きにほんの少し渋さがあるだけで台無しになってしまうだろう。また全体の均整が取れているからこそ、ゆっくりとした挙動にも、美しさと緊張感がある。驚くほどイージーなだけでなく、恐ろしく上質で洗練されている。たとえば「A8」と比べても遜色ないと感じるほどだ。最高速320km/hを豪語する超高性能車が、歩むような速度でもスルリと走れることは、きわめて高度な技術の証拠である。フラッグシップ・スーパースポーツであるだけでなく、一番高価なアウディであることを嫌でも納得させられる。
5.2リッターV10のみ
9年ぶりにフルモデルチェンジしたR8は従来型にあった4.2リッターV8仕様が消え、5.2リッターV10一本となった。ただし、さらに強力になった5.2リッターV10ユニットは標準仕様に加え、より高性能版も追加された。すなわちR8 V10の5.2リッターV10は従来型より15psアップの540ps(397kW)/8250rpmと540Nm(55.1kgm)/6500rpmを発生、いっぽうの「R8 V10プラス」は610ps(449kW)/8250rpmと560Nm(57.1kgm)/6500rpmを生み出すアウディ史上最強のエンジンだ。ちなみにアイドリングストップはもちろん、低負荷時には片側バンクを休止させるシリンダーオンデマンド(COD)や、アクセルオフ時のコースティング機能も盛り込まれている。
変速機はアウディがSトロニックと呼ぶ7段DCT(デュアルクラッチトランスミッション)で、従来のビスカスカップリングに代えて、油圧多板クラッチを電子制御する新たなクワトロシステムが採用されている。価格はV10が2456万円、V10プラスは2906万円。従来型は「V8」が1800万円台、「V10」でも2200万円台だったことを考えると、ライバルの動向に合わせて一段上の“リーグ”に移行したことが分かる。
渋滞の中でもまったく不都合なく扱えるということは、もはやスーパースポーツの世界でも常識だが、R8も従順そのもので片バンクシリンダーの休止・再始動もまるで感じ取れない。もちろん回せば回しただけの強力なパワーがダイレクトに湧き出すという点は、自然吸気のマルチシリンダーエンジンならではの特徴で、今どきまことに有り難い貴重品だ。5.2リッターの大排気量ながらレブリミットは8700rpm、すべてをかなぐり捨てるように回るのではなく、あくまで理性的に吹け上がるエンジンを解き放てば、0-100km/h加速3.5秒、最高速320km/h(R8 V10プラスは3.2秒と330km/h)のパフォーマンスを発揮するという。
隅々まで合理的
アウディが造るからには、軽量化を理由にカーボンパネルにアルカンターラを張っただけ、といった簡素なインストゥルメントパネルは許されないが、実際、隅から隅までどこにもゆがみや隙間がない整然とした仕上がりだ。
一点一画もゆるがせにしない緻密なインテリアは、ランボルギーニのようなゲームシミュレーター感覚はなく、あくまでビジネスライクな雰囲気だが、ひとつひとつのスイッチの操作感や表面処理などはアウディ流に洗練されている。「ウラカン」には“カッコイイ”ミサイル発射ボタンのようなカバー付きスタータースイッチが付いているが、R8は「それに何の意味があるのですか?」とでも言うようにクールで機能的だ。この辺りが今や基本的なコンポーネントを共用しているウラカンとの最大の違いだろう。
ステアリングホイールには無数のスイッチが備わっているにもかかわらず、少しも邪魔に感じないのは位置や形状などが吟味されているからだろう。最近のドイツ車はいつの間にかステアリングホイールのセンターパッドが小さく、円形に近くなり、スポークも細くなっているが、R8もエアバッグ内蔵とは思えないほどセンターパッドが小ぶりでうれしい。ステアリングホイールだって重量物はできるだけ回転中心に寄せる“ミドシップ”が理想的であり、スポークも細くなったことでそれを通してみる視界が広がり、カーナビ画面も一体化されたバーチャルコックピットを活用できる。アウディ自慢のこのシステムは切り替えスイッチの反応も鋭く、ほとんどステアリングから手を放すことなく操作できる優れモノだ。
アウディの真善美
従来型のV8はどんなふうに振り回しても手の内でコントロールできる実感があったが、いっぽうでV10は減速しながらターンインする際などにリアがムズムズ動く神経質さを残していた。ところが新型R8は、どんな状況でも、少なくとも一般路上で試せるレベルではまったく危うさの気配も感じさせない。徹底的にクールにスマートに、とんでもなく速いのだ。
精密な機械であることをまっしぐらに追求するというドイツ車にとって、それこそ真善美である。スーパースポーツには野性味とか荒々しさが必要とか、完璧すぎて面白くないなどという意見は彼らにはきっと理解できないのではないだろうか。どこか不完全だからこそ面白く、情緒がある、という文例はドイツ語の辞書にはない。芝生を荒れ放題にして平気な人の気持ちが分からないドイツ人にとって、明らかな欠点と判明しているものを改善しようとしない姿勢は受け入れられないものである。冷徹で精緻なマシンとして完全無欠を追求したその先に存在するのが彼らのエモーションである。
これまでも述べてきたことだが、どんなに都会的でファッショナブルなブランドであると主張しても、アウディの奥義は高度な技術と精密なエンジニアリングに対する絶対的な信仰心ではないかと思う。いわゆるアフルエント層(簡単に言えばおしゃれな富裕層)にアピールするクールでスタイリッシュなデザインは、それに比べれば単なる属性にすぎない。
R8を操ることはコントロールされたアドベンチャーと言ってもいい。しかし、現実の路上はテーマパークではない。どんなに扱いやすくなっても、セーフティーネットを張っていてくれても、正しく扱わなければ簡単に危機に陥るということを知る人にとって、R8こそ日常的に使える、非の打ち所がないスーパースポーツである。
(文=高平高輝/写真=小林俊樹)
テスト車のデータ
アウディR8 V10クーペ 5.2 FSIクワトロ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4426×1940×1240mm
ホイールベース:2650mm
車重:1670kg
駆動方式:4WD
エンジン:5.2リッターV10 DOHC 40バルブ
トランスミッション:7段AT
最高出力:540ps(397kW)/8250rpm
最大トルク:55.1kgm(540Nm)/6500rpm
タイヤ:(前)245/35ZR19 93Y/(後)295/35ZR19 104Y(コンチネンタル・スポーツコンタクト6)
燃費:--km/リッター
価格:2456万円/テスト車=2724万円
オプション装備:ダイナミックステアリング(20万円)/ステアリング マルチファンクション 4コントロールサテライト(24万円)/サイドブレード ケンドウグレー(0円)/エクステリアミラー 電動調整&格納機能 自動防げん機能 ヒーター(0円)/ファインナッパレザー ダイヤモンドステッチング(7万円)/エンジンカバー カーボン(47万円)/セラミックブレーキ(123万円)/アウディ レーザーライトパッケージ(47万円)
テスト車の年式:2016年型
テスト開始時の走行距離:469km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(7)/山岳路(1)
テスト距離:283.0km
使用燃料:35.0リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:8.1km/リッター(満タン法)/7.4km/リッター(車載燃費計計測値)

高平 高輝
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