スバルBRZ S(FR/6MT)
世界がうらやむ 2016.09.24 試乗記 2リッター水平対向エンジンを搭載したスバルのFRスポーツ「BRZ」が、エンジン、ボディー、足まわりに手を加える大幅改良を受けた。試乗を通してその実力を測るとともに、「スポーツカー天国」ニッポンに生まれたシアワセについて考えた。“手ごろなFRスポーツ”という希少な存在
例えば週末の高速道路の渋滞にダラダラとハマっている最中、目の前に壁のように立ちはだかるミニバンたちの隙間から、このBRZや「トヨタ86」、マツダの「ロードスター」なんかの後ろ姿がチラチラとのぞき見えると、果たして“ガラパゴス”などと言われようが、日本はクルマの選択肢において相当恵まれた環境にあるんだなぁとしみじみする。
そう、日本のファミリーカーのど真ん中、5ナンバー級ミニバンが250万円前後の価格帯だとすれば、これらのスポーツモデルはそれとほぼ変わらぬ価格帯で手に入れることができる。しかも全てが専用のディメンションとジオメトリーを備えた後輪駆動車だ。
今や自動車メーカーはほとんどの開発や生産といったリソースをFF前提に投入している。一部のプレミアム系ブランドは話が別だが、規模・数量の限られるそこでは大きなコストダウンは望めない。つまりFRを廉価に供すること自体、無理に等しい相談ということになるだろう。唯一の例外は巨大な商圏の中に根強いニーズを抱えるアメリカだろうか。
スバルは独自のエンジン型式にこだわるがゆえ、企画から生産設備に至るまでが縦置き専用で構成されている。兄弟車をトヨタに供給することで一定の量産効果も確保できることもあって、BRZはこの価格帯でソロバンがはじけているわけだ。マツダに至っては、主力のFFモデルの隙間にFRモデルを挟んで流す複雑な混流生産のラインを数年前に完成させている。すなわち彼らの経営プランにおいて、FRモデルが無になることはあり得ないという発想なのだろう。そしてこれもまた、ロードスターをロードスター的な価格で供給するための意地だ。
サーキット走行も楽しめる
登場から4年、86とともに骨格レベルの大きなマイナーチェンジが施されたBRZのスタートプライスは243万円だ。ホイールはユーザーによる交換前提の鉄チンだが、ブレーキシステムも上位車種と同等ならトルセンLSDも標準で入り、快適装備としてエアコンもLEDヘッドランプも備えられる。あるいはいきなりサーキット走行をというならば、6点式のケージや4点式ベルト、専用チャンネルを持つブレーキクーリングやエンジンオイルクーラー、布製けん引フックや専用フロアマットまで備えた登録可能なグレードが300万円を切る価格で用意されている。”とんでもタイヤ”が乱れ咲くワンメイクレースにそのまま参戦なんて分不相応なことは考えずとも、ここまで上げ膳据え膳で乗る者を走りに誘ってくれるクルマも他にはないだろう。86の多様なマーケティングにうまく同調しながら、気づけばBRZは相当広い門戸をわれわれに開いてくれている。
今回の試乗車はBRZにおいて中間グレードに相当する「S」。内容的にはフルオートエアコンやキーレスエントリー、8スピーカーやクルーズコントロールなどのアメニティーが充実しているが、専用のハイミューブレーキパッドやフロアアンダーカバーを除けば、走りの性能にまつわる装備差は、ひとつ下の「R」に対して無に等しい。ちなみにRとの価格差は約30万円。さらに86も含めてその装備構成まで目を凝らしても、今回のマイチェンではBRZのRグレードの値ごろ感がちょっと際立っている。Sを含む上位グレードには、ラップタイムや前後左右Gをピークホールドで表示するカラー液晶のマルチファンクションディスプレイが採用されているが、これはあれば便利かという程度のものだ。特にBRZは全グレードでタコメーター内にデジタルの速度計も備えているから、このディスプレイがなくとも日常使用に不満を抱くことはないだろう。
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成熟の域に達したボディーと足まわり
BRZのシャシーはこれまでも細かなブラッシュアップを重ねているが、今回のタイミングでも、フロントストラットタワーとカウルをV字で結ぶブレースの土台部や、クオーターピラーからリアホイールハウスまわりなどを板厚アップや打点増しなどで補剛。それに合わせてのコイル、ダンパー、スタビライザーのレートの見直しなどが施された。足まわり骨格やジオメトリーの変更はないが、市販車のボディーとしてはそろそろ手を加えるところもない成熟の域に達しているのではないだろうか。
このボディー補強に加えて新しいサスのセットアップも奏功してのことだろう、新しいBRZのライドフィールは初出時から比べれば一回りも二回りもすっきりしたものになった。バネ下の稼働精度が高まり、転がり感が奇麗になったことに加えて、路面からの細かな入力に揺すられてのフロアの共振感がかなり収まったことで、低重心からくる上屋の据わりの良さが日常域での上質感としっかりつながっている。室内に吸気脈動を伝えるサウンドクリエーターがむしろ煩わしく思えてくるほどだが、残念ながら中高速域での目地段差や大入力ではちょっぴり足さばきががさつになり、上屋の伸び側の動きも大きくなる。この辺りがザックスのダンパーを装着した「GT」との乗り味の違いになりそうだな……というのは、後日86のザックスダンパー付き車に一般道で乗っての印象を関連付けての勝手な見解だが、このSグレードに装着されるショーワのダンパーも、初期よりも微小入力域のチューニングがうんときめ細やかになった印象だ。
日本は恵まれている
吸気系の全面的な見直しとそれに合わせての排気系を含むマネジメントの最適化、ショットピーニング加工による部品の強化などを受け、207psを得るようになったエンジンは、トップエンドに至るまでの回転フィールが滑らかになったことに加え、自然吸気エンジンではトルクの谷にあたる4000rpm前後のスロットル操作に対するツキの改善などがはっきりと見受けられる。いずれももたらされるのは、やはり公道領域での扱いやすさと質感の向上だ。レスポンスの向上に関しては、4.3と加速方向に改められたファイナルも影響しているだろう。このギア比は86やBRZの定番チューンとしてショップやユーザーによる検証が多数なされており、コンパクトなサーキットなどでの機動力に定評がある。100km/hでのエンジン回転数は約2700rpmと従来から200rpm近く上がったが、瞬間燃費計の推移をみるに、その巡航域であれば16~17km/リッター程度の燃費は見込めるようだから、ツーリングなどでの足の長さに影響はほとんどないだろう。
初期は大きな違いのあったBRZと86の走りのキャラクターに関しては断じるに至らないが、クローズドコースでの印象も含めて推するに、両車の差はなくなりつつあるように感じられる。特に86はリア側の振り出しが抑えられ、FRとして正統なマナーが身についてきたという感想だ。あえてロードスターと性格を比べれば、繊細な操作で微妙な姿勢からクルマの動きを作り込んでいくというセンシティブな印象には乏しいが、応答性は十分に正確で、かつロールやダイブといった動きに大げさなところもなく、何よりパワフルでもある。そして今回のマイナーチェンジでは特に車体の動きのリニアさが高まった。ただし、ストローク限界での後輪の接地変化がやや大きいという癖は完治していない。そこにコントロールの妙味を見いだすのもありだが、過信が禁物であることは他のスポーツモデルと同様だ。
そもそもハンディーなFRスポーツという希少な位置づけにあったBRZは、ここにきてGTとしての洗練度も高まり、クルマとしていよいよピークに達してきた感がある。もちろん軸足はスポーツではあることには変わりはないが、その柔軟性はこのクルマと日々の生活を歩もうとする人にとって重要なことだ。そして返す返すも……だが、これほど充実したモデルが適価で手に入れられる日本は、今やガラパゴスどころか世界がうらやむスポーツカー天国ではないだろうか。もし事情が許すなら、この波に乗らぬは損だと思う。
(文=渡辺敏史/写真=向後一宏)
テスト車のデータ
スバルBRZ S
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4240×1775×1320mm
ホイールベース:2570mm
車重:1240kg
駆動方式:FR
エンジン:2リッター水平対向4 DOHC 16バルブ
トランスミッション:6段MT
最高出力:207ps(152kW)/7000rpm
最大トルク:21.6kgm(212Nm)/6400-6800rpm
タイヤ:(前)215/45R17 87W/(後)215/45R17 87W(ミシュラン・プライマシーHP)
燃費:11.8km/リッター(JC08モード)
価格:297万円/テスト車=341万7660円
オプション装備:ボディーカラー<クリスタルホワイト・パール>(3万2400円)/リアスポイラー(4万3200円)/レザー&アルカンターラパッケージ(7万5600円) ※以下、販売店オプション:フロアカーペット(3万8340円)/カロッツェリア楽ナビ(16万6320円)/DSRC接続ケーブル<三菱製>(4320円)/リアビューカメラ<C-MOS>(4万2120円)/LEDアクセサリーライナー(4万5360円)
テスト車の年式:2016年型
テスト開始時の走行距離:966km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(1)/高速道路(7)/山岳路(2)
テスト距離:304.2km
使用燃料:25.1リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:12.1km/リッター(満タン法)/13.4km/リッター(車載燃費計計測値)
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渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。
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