第495回:「トヨタ・プリウス」も真っ青!
ヒュンダイのエコカーは欧州でなぜ売れる?
2017.03.31
マッキナ あらモーダ!
意外に売れてる“プリウスキラー”
先日イタリアでクルマを運転していると、見慣れないクルマとすれ違った。ふと考えてから、「おーっ!」と声を上げてしまった。「ヒュンダイ・アイオニック」である。
2016年1月にデビューするや、たちまちメディアから“プリウスキラー”の異名が与えられた、ヒュンダイ渾身(こんしん)の環境対応車だ。本エッセイの第440回で紹介した通り、ひとつのモデルでハイブリッド/プラグインハイブリッド、そしてEVをそろえたことでも話題を呼んだ。そのアイオニックが、ボクが住むようなイタリアの地方都市でも、いよいよ走り始めたか。
家に帰り、どのくらい売れているのか調べてみて驚いた。
2017年1月の欧州における販売台数を見ると、アイオニックは1540台で、「トヨタ・プリウス」の1272台を上回っているではないか。
次にEV版である「アイオニック エレクトリック」のみの数字を見る。昨2016年は通年で4005台を販売している。「日産リーフ」の1万8391台からすると4分の1以下であるものの、「フォルクスワーゲンe-up!」(2579台)をはじめとする他車を大きく引き離していた(データはいずれもJATO Dynamics調べ)。
いったいどのように販売されているのか? 興味を持ったボクは、ヒュンダイの販売店をのぞいてみることにした。
アイオニック購入の下取り車は……?
イタリア中部シエナ県のヒュンダイ販売店「スーペルアウト」では、屋外の一番目立つエントランス付近に、白い「アイオニック ハイブリッド」が置かれていた。
受付のサマンタさん(イタリアでは、ヒュンダイのようなポピュラーカーを扱う販売店でも、最初の接客は受付が仕切る場合が多い)に声をかけると、「今日は幸い社長がいますよ」という。
社長のマッシモ・ラッゼリさんは1986年、まずはマルチブランドの自動車販売店を開業したあと、1989年からヒュンダイのディーラーになった。すでにヒュンダイ販売歴は28年である。
さて、本題のアイオニックだ。
「アイオニックは、2016年9月に販売を開始しました。そして実際の納車は、同じ年の12月に始まりました」とマッシモ社長は話し始めた。なお、目下カタログに載っているのはハイブリッドとEV仕様のみで、プラグインハイブリッドは2017年中に発売される予定である。
ショールームでこれまでに売れたアイオニック ハイブリッドの台数を聞くと、マッシモ社長は早速脇のPCを操作して確認してくれた。
これまでに登録されたのは6台(うち1台は試乗用)という。9月はまだ半分夏休みムード、12月はクリスマス時期であるにもかかわらず、ほぼひと月に1台といったところだ。地方都市ユーザーの保守性と、いまだこの国では一般的ではないハイブリッド車であること、そもそもまったくの新型車であることを鑑みれば“健闘”といってよいだろう。
実際に売れた5台の下取り車は? マッシモ社長は再びPCを操作して、「プリウス」「プジョー407」「ランチア・デルタ」と、その顔ぶれを教えてくれた。あとの2台は「下取り車無し」だったという。こうしたクルマはあまり初心者が乗らないだろうから、「下取り車無し」とはアイオニックを買い増しする形で購入したユーザーと察した。
トヨタもたじたじの手厚いサービス
ところでライバルのトヨタ・プリウスはイタリアで、一般ユーザーだけでなくタクシーの需要も開拓してきた。大都市を擁する州がかつて設けた、プロドライバー向け環境奨励金制度を追い風にしたものだった。アイオニックも同様にタクシー需要を狙うのか?
それに対するマッシモ社長の答えは「ノー」だった。「(ハイブリッドの)タクシーは、もはやトヨタの寡占状態です(笑)。アイオニックについては、環境志向の個人ユーザーを中心にアピールしていきます」
一般ユーザーに対しヒュンダイのイタリア法人は、トヨタ製ハイブリッド車とのどのような違いを強調してアイオニックの拡販を図ろうとしているのか? その質問に対して、マッシモ社長はわかりやすく説明してくれた。
「ひとつは価格です」
イタリアでプリウスは、税込み2万9250ユーロ(約350万円)からという価格設定だ。対してアイオニック ハイブリッドは税込み2万4900ユーロ(約300万円)から買える。
2つめは、7段シーケンシャルギアボックス。プリウスのCVTよりもファン・トゥ・ドライブである点を強調するという。
そして3つめのセールスポイントは、メーカー保証の長さだ。「ヒュンダイの他モデル同様、5年で走行距離無制限」なのだ。参考までにいうと、プリウスを含むトヨタ車のメーカー保証は、イタリアでは「3年もしくは10万km」である。
日本では想像しにくいかもしれないが、イタリアでは年間3万km以上走ってしまうユーザーが少なくない。そうした点で、ヒュンダイのオファーは、この国のユーザーにとって、かなり魅力的であることはたしかだろう。
「加えて」マッシモ社長は続ける。「バッテリー部分(リチウムイオンポリマー電池)は8年もしくは走行20万kmまでメーカーが保証します」。一方プリウスは、「ハイブリッドシステムについては5年もしくは10万km」という設定だ。
凡庸がダメとは限らない
接客にあたっては、試乗を積極的に勧めているという。このあたりは、イタリアのトヨタ販売店におけるプリウスと同じだ。近年上昇傾向にあるものの、まだ普及途上のAT車の運転法レクチャーから始まる。
「いざ走り始めると、パワーの伝達状態がリアルタイムにモニターに映し出されることに、試乗したすべてのお客さまが感激します」とうれしそうに教えてくれた。
社長室を出てショールームを見渡すと、ヒュンダイのSUVでやって来た夫婦が興味深げに展示中のアイオニックを見学していた。
そのあとボクも見せてもらう。かつてインタビューしたイタリア人醸造学者が「雑然としたワイン見本市では、プロでも本当の味はわからない」と言っていたが、クルマの場合も、慌ただしいモーターショーよりも販売店でじっくり見たほうがわかることがある。
例えば、空力性能向上のためか、極度に傾斜したAピラーは、それなりにドライバーに圧迫感を与える。内装デザインも、空調吹き出し口こそ“環境カラー”であるブルーメタリックで塗られているものの、新しいクルマに乗っているという興奮は乏しい。プラスチック類の表面処理も凡庸である。
2016年のジュネーブモーターショーで同車に乗り込んだときは、2代目プリウスを思い出したが、“グローブボックスのふたの頼りない閉まり方”の思い出となると、1990年代中頃のフィアットにまでさかのぼる。
しかし、外国人が勝手に想像するより何倍も保守的なイタリア人にとって、アイオニックのエクステリア/インテリアデザインは、極めてアバンギャルドな最新のプリウスに比べて理解に時間がかからないことはたしかなのだ。
カタログもしかり。アイオニックはメカニズムについての解説を最低限にとどめていて、これでもかと言わんばかりに機能解説満載のプリウスよりも、受けがいいかもしれない。
目指すは“ヒュンダイスタ”創生
先ほどまで接客していた営業のチェーザレさんに話を聞く。
現在のところ、この県にはエコカー減税や奨励金は存在しないが、「2017年の3月末まで2250ユーロ(約27万円)のディスカウントをしますよ」という。
ちなみに2017年3月現在、トヨタもプリウスで同様のセールを行っている。前述の2万9250ユーロを、4000ユーロ(約48万円) 引きの2万5250ユーロで販売するのだ。このディスカウント合戦が起こったのも、アイオニック参入のためかもしれない。
「アイオニックの納期は最大2カ月。3つあるグレードのうち中間の『コンフォート』で、ボディーカラーがホワイトならば、もっと早いです」とチェーザレさん。
なお、彼がアイオニックを売ったお客さんのひとりは、学校の先生だったという。先にマッシモ社長が話したのと同様「環境意識が高い人が中心になってゆくと思われます」とチェーザレさんは分析する。
ところで、北米でヒュンダイといえば「トヨタ・カムリ」の好敵手であるDセグメントの「ソナタ」が看板車種である。一方イタリアでヒュンダイといえば、近年でこそSUVのイメージが強くなってきたものの、依然1リッターもしくは1.2リッターのシティーカー「i10」の印象も残る。
また、「ヤリス」(日本名:「ヴイッツ」)や目下話題の「C-HR」を含めると、トヨタのハイブリッド車の販売台数は、ヒュンダイのそれを軽く凌駕(りょうが)する。出だし好調のアイオニックが、その勢いを維持できるかどうかは未知数だ。
成否は、環境意識が高い“アーリーアダプター”に行き渡ったあとも引き続きユーザー層を開拓できるかどうかに掛かっているだろう。ちなみにイタリアで「ホンダ・インサイト」は、ここで壁にぶち当たってしまった。
アイオニックがそこを突破して、いまだ聞かない「ヒュンダイスタ」(ヒュンダイのファン)とでもいうべき層を作りだせれば、これまた面白い展開になりそうだ。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=関 顕也)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
-
第933回:先進の多機能アイウエア“AIグラス”は普及するか? その鍵は「フィアット・パンダ」に! 2025.10.23 ガジェット好きの間で話題の未来型多機能アイウエア、AIグラス。大流行した際の“ファッションかぶり”が気になるが、それでもこのアイテムは普及するか? 爆発的に売れたイタリアのクルマを例に検証する。
-
第932回:参加者9000人! レトロ自転車イベントが教えてくれるもの 2025.10.16 イタリア・シエナで9000人もの愛好家が集うレトロ自転車の走行会「Eroica(エロイカ)」が開催された。未舗装路も走るこの過酷なイベントが、人々を引きつけてやまない理由とは? 最新のモデルにはないレトロな自転車の魅力とは? 大矢アキオがリポートする。
-
第931回:幻ですカー 主要ブランド製なのにめったに見ないあのクルマ 2025.10.9 確かにラインナップされているはずなのに、路上でほとんど見かけない! そんな不思議な「幻ですカー」を、イタリア在住の大矢アキオ氏が紹介。幻のクルマが誕生する背景を考察しつつ、人気車種にはない風情に思いをはせた。
-
第930回:日本未上陸ブランドも見逃すな! 追報「IAAモビリティー2025」 2025.10.2 コラムニストの大矢アキオが、欧州最大規模の自動車ショー「IAAモビリティー2025」をリポート。そこで感じた、欧州の、世界の自動車マーケットの趨勢(すうせい)とは? 新興の電気自動車メーカーの勢いを肌で感じ、日本の自動車メーカーに警鐘を鳴らす。
-
第929回:販売終了後も大人気! 「あのアルファ・ロメオ」が暗示するもの 2025.9.25 何年も前に生産を終えているのに、今でも人気は健在! ちょっと古い“あのアルファ・ロメオ”が、依然イタリアで愛されている理由とは? ちょっと不思議な人気の理由と、それが暗示する今日のクルマづくりの難しさを、イタリア在住の大矢アキオが考察する。
-
NEW
クロスドメイン統合制御で車両挙動が激変 Astemoの最新技術を実車で試す
2025.10.29デイリーコラム日本の3大サプライヤーのひとつであるAstemoの最先端技術を体験。駆動から制動、操舵までを一手に引き受けるAstemoの強みは、これらをソフトウエアで統合制御できることだ。実車に装着してテストコースを走った印象をお届けする。 -
NEW
第89回:「ホンダ・プレリュード」を再考する(後編) ―全部ハズしたら全部ハマった! “ズレ”が生んだ新しい価値観―
2025.10.29カーデザイン曼荼羅24年ぶりの復活もあって、いま大いに注目を集めている新型「ホンダ・プレリュード」。すごくスポーティーなわけでも、ストレートにカッコいいわけでもないこのクルマが、これほど話題を呼んでいるのはなぜか? カーデザインの識者と考える。 -
NEW
メルセデス・マイバッハSL680モノグラムシリーズ(4WD/9AT)【海外試乗記】
2025.10.29試乗記メルセデス・ベンツが擁するラグジュアリーブランド、メルセデス・マイバッハのラインナップに、オープン2シーターの「SLモノグラムシリーズ」が登場。ラグジュアリーブランドのドライバーズカーならではの走りと特別感を、イタリアよりリポートする。 -
ルノー・ルーテシア エスプリ アルピーヌ フルハイブリッドE-TECH(FF/4AT+2AT)【試乗記】
2025.10.28試乗記マイナーチェンジでフロントフェイスが大きく変わった「ルーテシア」が上陸。ルノーを代表する欧州Bセグメントの本格フルハイブリッド車は、いかなる進化を遂げたのか。新グレードにして唯一のラインナップとなる「エスプリ アルピーヌ」の仕上がりを報告する。 -
ATのシフトポジションはなぜ“P-R-N-D”の並びなのか?
2025.10.28あの多田哲哉のクルマQ&A古典的なシフトレバーを持つAT車のシフトセレクターは、ポジションの配列が“P-R-N-D”の順になっている。そこにはどんな必然性があるのか、トヨタで長年車両開発に携わってきた多田哲哉さんに聞いた。 -
メルセデスAMG S63 Eパフォーマンス(4WD/9AT)【試乗記】
2025.10.27試乗記この妖しいグリーンに包まれた「メルセデスAMG S63 Eパフォーマンス」をご覧いただきたい。実は最新のSクラスではカラーラインナップが一気に拡大。内装でも外装でも赤や青、黄色などが選べるようになっているのだ。浮世離れした世界の居心地を味わってみた。













