第419回:初めての挑戦から10年
スバルのニュルブルクリンクでの戦いを現地リポート
2017.06.10
エディターから一言
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今年で参戦10年目。スバルが「世界一過酷なレース」といわれるニュルブルクリンク24時間レースに挑戦し続ける意義とは? 今年のレースの模様とともに、同社のモータースポーツの特色をリポートする。
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“ドイツ車のお祭り”のなかで奮闘する日本勢
今年で開催45回を数え、今やクルマ好きの間で「世界一過酷なレース」として知られているニュルブルクリンク24時間レース(以下、ニュル)。記者はこのレースを、「ドイツ車による、ドイツ車のための大会」だと捉えている。実際、歴代の総合優勝車を眺めてみても、ドイツ車以外で勝ったのは2000年代初頭に活躍したザクスピードの「ダッジ・バイパー」くらい。毎年同レースのニュースに触れ、そのエントラントや順位表を見るたびに、「やっぱり、ドイツメーカーとドイツのクルマ好きによるお祭りみたいなものなのネ」との印象を強くしていた。
まあ、そりゃあ当たり前であろう。どんなに知られているとはいえ、ニュルはドイツの国内レースなのだから。むしろ、こんなビッグスケールのイベントを国内レースとしてやれてしまうドイツ自動車界のフトコロの深さがうらやましいし、だからこそ孤軍……ではないけど奮闘する、日本メーカーを応援したくもなるのだ。
そして、ニュルで日本メーカーといえば、やっぱりスバルである。もちろんトヨタも頑張っているが、方々でモータースポーツ活動をやっているトヨタに対して、海外におけるスバルの活躍が見られるのはニュルブルクリンクだけ。そんな事実が、先述の印象を強めているのかもしれない。
スバルが初めてワークス体制でニュルに挑戦したのは、2008年のこと。かつての“主戦場”だった世界ラリー選手権(WRC)からは同年いっぱいで撤退しており、これと前後して新しいカテゴリーへの挑戦が始まったのだ。
スバルのファンにはグローバルな一体感がある
当時のプレスリリースを見てみると、ニュル参戦の意義を下記のように述べている。
「このレースへの参戦は、『より愉しく、より安全に』というクルマつくりを目指す富士重工業にとって、安全面、信頼面などの重要な技術的ノウハウを蓄積できる恰好の機会であり、それらを今後の量産車の開発に活かすことなどを目的に、今回の参戦を決定した」
グループA規定で競われたかつての世界ラリー選手権もそうだったが、スバルのモータースポーツに対するこうした姿勢は、口先だけのものではない。例えば、今回ニュルに投入された競技車両は、この5月に発表された“最新スペック”の「WRX STI」をベースとしたものだ。もちろんガワを似せただけの張りぼてではなく、4WD機構の根幹を成すセンターデフには、改良モデルの特徴ともなっている新開発の新電子制御マルチモードDCCDを搭載。4人のレースドライバーからも「コーナリング性能がよくなった」と好評だったという。
私たちが実際に手に入れられるロードカーと、相互の技術フィードバックがあること。それこそがこうした市販車レースの意義であり、またスバルのモータースポーツをファンが身近に感じる要因なのだろう。
とはいえ、記者は常々「それにしても、なんでニュルなの?」と首をかしげていた。
ニュルブルクリンクというコースが今日の自動車開発にとってどれほど重要な存在であるかは分かるし、極東の島国でさえこれだけ知られているのだから、イベントの知名度もたいしたものだ。しかし冒頭でも触れた通り、しょせんはドイツの国内レースである。日本とドイツのファンはともかく、目下最大のお得意先である米国を含む、その他マーケットでの反応はどうなのだろう?
この点についてSTI(スバルテクニカインターナショナル)の平川良夫社長に尋ねたところ、「ドイツのレースだからといってよそのファンが無関心ということはありません。うちはそんな大きな会社ではないので、ファンの皆さんにも一体感があるんですよ」とのこと。取材中、現地の方と思(おぼ)しきスバルファンから「お前、日本のメディアだろう。この前のオートポリス見たか?」的なことを聞かれていた記者は、この話が妙にふに落ちた。
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チームに参加するディーラーメカニック
こうしたファンサービスや、技術の開発とその発揚に加え、スバルのモータースポーツ活動には他メーカーにはないちょっと変わった役割がある。販売会社との連携の強化だ。
1990年のサファリラリー以来、スバルは各販売会社のサービススタッフからレースメカニックを募集。その数は海外のイベントのみでこれまでに357人、国内のモータースポーツも含めると、累計で700人以上にものぼるという。
ねらいはもちろん、サービススタッフのモチベーションのアップだ。ここ数年の例を見ると、レースメカニックの募集人数はおおむね6人という狭き門。今年のメンバーに話を聞いたところ、普段はフロント業務に携わっているという北海道スバルの横井洋平さんなどは、「モータースポーツが好きで、3年前からレースメカニックに応募していた。今回ようやくニュルブルクリンクに来ることができた」という。
また、ニュルへの参加は、個人はもちろんディーラーとしても励みになるようで、上司や先輩、過去の参加者などが一丸となって自社スタッフの応募を応援することもめずらしくないのだとか。静岡スバルの佐々木一星さんは「日本を出る前に本当にいろんな人から声援をもらった。チームの勝利に少しでも貢献したい」「(静岡スバルには)自分よりもっとすごいメカニックがいる。少しでも学んで帰りたい」と意気込みを述べた。
こうしたメンバーが集まった今年のディーラーメカニック陣について、平川社長は「今年は少しやんちゃな人、突発的な事態に対応できる人を選んだ」「そもそも、普段お客さまのクルマを診ているディーラーメカは、特別なトラブルに強いはず」とコメントし、決勝での活躍に期待を寄せていた。
しかし、スバルにとって節目となる10年目の、そしてSP3Tクラス3連覇をかけた今年のニュル挑戦は、決して芳しい結果とはならなかった。
来年の活躍に期待したい
レースも残すところ3時間を切った決勝2日目の12時半過ぎ、プレスセンターのモニターに、コース上で炎上する車両の姿が映った。SP3Tクラス3位を走っていた、スバルWRX STIである。度重なるトラブルに見舞われながらも上位に食らいつき、21時間走り続けたNo.90の青いマシンも、ここでコースを去ることとなった。
熱心なファンならすでにご存じのことと思うが、今年のスバルにはなんともいえない不運が付きまとった。練習走行ではクラストップのタイムを出していながら、予選ではトラフィックに引っかかって上から3番目のグリッドにとどまった。決勝では予想外の暑さに苦しめられ(これについては他チームも同じだったが)、あげくはメルセデスアリーナの裏で他車に突っ込まれるというアクシデントにまで見舞われた。
それでも、“たられば”で不用意なことを言うのははばかられる。SP3Tクラスで優勝を果たしたLMS Engineeringは、クラス最上位のグリッドからレースをスタートし、一度も他のマシンに首位を譲らずにゴールを迎えるという磐石のレース運びだった。上述の不運がすべてなかったとしても、今年のスバルがそれを上回ったかは分からない。そもそも、こうした理不尽から目をそらすのは、4度のクラス優勝という過去のスバルの戦績にもケチをつける行為だろう。ニュルは過酷であればこそ価値のあるレースなのだから。
とはいえ、10年目という節目のニュルに向け、スバルがどれほどの準備を進めてきたかは想像に難くない。レース後の懇親会で辰己英治テクニカルアドバイザーがつぶやいた、「まだ実感がわかないんだよなあ」という言葉が印象的だった。
レース終了直後は、ちょっと“燃え尽き症候群”的な雰囲気を漂わせていたスバルだが、来年もぜひニュルのパドックにテントを広げ、ファンを喜ばせる走りを披露してほしい。
(文=webCG 堀田剛資/写真=スバル、webCG)
→ニュース「アウディ、2017年のニュルブルクリンク24時間レースを制す」
→画像・写真「ニュルブルクリンク24時間 2017」

堀田 剛資
猫とバイクと文庫本、そして東京多摩地区をこよなく愛するwebCG編集者。好きな言葉は反骨、嫌いな言葉は権威主義。今日もダッジとトライアンフで、奥多摩かいわいをお散歩する。
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