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第153回:スバルが活躍するアクション映画はミュージカル!?
『ベイビー・ドライバー』

2017.08.18 読んでますカー、観てますカー 鈴木 真人
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強盗の後はインプレッサWRXで華麗に逃走

赤いブレーキパッドに「SUBARU」の刻印。ステアリングホイールには六連星。銀行の前に着けたクルマは「スバル・インプレッサWRX」だ。ドライバーの手にはホイール操作式の旧型iPod。ジョン・スペンサー・ブルース・エクスプロージョンの『ベルボトムズ』を選んで曲をスタートさせる。同乗していた3人はそろいの黒いコート。彼らが銀行に入っていくと、ドライバーはノリノリで踊り始める。ビートに合わせてワイパーを動かし、手でドアをたたく。

曲が始まって2分、ギアをリバースに入れた。仕事を終えた3人が戻ってきて乗り込むと、急発進させて180度ターン。交差点に差しかかると「青進め、黄色突っ込め、赤勝負!」の格言を守って追ってくるパトカーを振り切る。路地に入って新たな追っ手から逃れようとするが、そこは荷物の積み下ろし場だった。バックしてくる2台のトラックの間をダブルの180度ターンでクリア。高速道路に入って逃走を図るものの、パトカーの数は増えるばかり。ヘリコプターも追ってきて、もはや逃げ道はない。

ドライバーは反対車線に並んで走る赤いクルマを発見する。「シボレー・クルーズ」と「フォルクスワーゲン・ジェッタ」だ。上空から見れば、どれも同じように見えるに違いない。スピンターンして間に入り込むと、トンネルの中で位置を入れ替えるという頭脳プレーを披露。ヘリコプターがクルーズを追っていくのを見ながらゆうゆうと駐車場に逃げ込み、用意しておいた地味な色の「トヨタ・カローラ」に乗り換える。ここまで6分間。息もつかせぬ見事なオープニングだ。

『ベイビー・ドライバー』の主人公は、ゲッタウェイドライバーである。強盗を現場まで乗せていき、首尾よく金を手に入れた彼らを安全な場所まで確実に逃す仕事だ。卓越したドライビングテクニックとクールな頭脳を持っていなければ務まらない。

 
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カーチェイスのために4WDをFRに改造

ニコラス・ウィンディング・レフンの『ドライヴ』でライアン・ゴズリングが演じたのもゲッタウェイドライバーだった。街の道を知り尽くしている彼は、警察の動きを読んで巧みにルートを選ぶ。追いつ追われつのシーンはほとんどなく、静かな緊張感がみなぎる美しい映像は斬新だった。『ベイビー・ドライバー』は異なるアプローチをとるが、これも革新的なカーチェイスシーンである。

アクション映画の映像はどんどん派手になってきていて、数十台、数百台のクルマが一度にクラッシュするシーンがスクリーンに映し出されることもある。大規模な爆発が起きて迫力満点だが、しばらくすると飽きてしまうのも事実だ。今の観客は、それがリアルなクルマではないことを知っている。何十人ものスタッフがコンピューターの中でクルマを衝突させているのだと思うと、過重労働に苦しむ彼らが気の毒になるだけだ。

『ベイビー・ドライバー』では、グリーンバックもワイヤーもほとんど使われていない。リアルなカースタントにこだわったのだ。だから、カーチェイスで使われるクルマは、本当に高い性能を備えていなければならない。銀行強盗にとっての高い実用性を持つクルマをセレクトしたのである。アクション製作チームの高い要求をクリアしたのがWRXなのだ。

「スバルWRXは操作性のよさで知られているクルマ。俊敏で柔軟なんだ。一番早く現場から逃げるためにはこういうクルマが必要だよ」
スタントコーディネーターのダリン・プレスコットはそう話している。180度ターンを華麗にキメることのできる操縦性能が何よりも大切だった。WRXは4台用意されていて、その中にはわざわざ4WD機構を解除してFRに仕立てたものもある。スピンターンや交差点でのドリフトなど、シーンに合わせて最適な動きを実現できるモデルに改造したのだ。

 
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「スバル・インプレッサWRX」
1992年にスバルから発売された「レガシィ」より一回り小さなサイズの「インプレッサ」は、WRC参戦モデルのベース車となった。最高性能を持つモデルに与えられたのが「WRX」という名である。映画に登場するのは2代目。現在のWRXはインプレッサとは独立した車種になっている。
「スバル・インプレッサWRX」
	1992年にスバルから発売された「レガシィ」より一回り小さなサイズの「インプレッサ」は、WRC参戦モデルのベース車となった。最高性能を持つモデルに与えられたのが「WRX」という名である。映画に登場するのは2代目。現在のWRXはインプレッサとは独立した車種になっている。拡大

クルマも俳優も的確なキャスティング

ハリウッド映画でスバルのクルマが活躍するというのは、なんとも喜ばしいことだ。これまでは、“ジャップカー”がポジティブな役割を与えられることは少なかった。『ネブラスカ』では、モンタナからネブラスカに向かった主人公が「スバル・レガシィ」に乗っていただけで大男たちに嘲笑(ちょうしょう)されるシーンがある。スバルはアメリカでの販売が好調だと伝えられるが、ピックアップトラックだけが男らしい乗り物だと信じている連中は歯牙にもかけていない。

WRXが活躍するのは残念ながら最初のシーンだけだが、実はもう一度だけスバル車が姿を見せる。サイドからの映像だけなのでトヨタ車である可能性も否定できないのだが、ここはスバル版だと信じたい。

2回目の強盗では、「シボレー・アバランチ」が使われている。クルマと石垣の壁の間を斜めになって走るシーンを撮るために選ばれたのだ。海兵隊員の乗る「ダッジ・ラム」とガンガンぶつけ合うスタントがあり、俊敏なWRXとは別の見せ方でアクションを組み立てている。高性能車だけでなく、「サターン・オーラ」「シボレー・カプリス」といったクルマにも出番がある。それぞれにぴったりの役割が与えられて見せ場を作っており、製作スタッフがクルマのキャスティングに手を抜いていないことがよくわかる。

もちろん俳優のキャスティングも素晴らしい。主人公の“ベイビー”はアンセル・エルゴート。『きっと、星のせいじゃない。』で病に苦しみながらも美少女と純愛を貫いていた若手イケメン俳優だ。今回もストーリーには恋愛要素がある。お相手のデボラはリリー・ジェームズ。『高慢と偏見とゾンビ』ではリビングデッドに格闘技で立ち向かっていたが、この映画ではダイナーのウェイトレスを演じる。この映画は理想的なボーイ・ミーツ・ガールを描いた作品でもあるのだ。2人がコインランドリーで初デートする場面では、トウのたったオヤジやオバサンでもピュアな心を思い出すだろう。「一線は越えていません!」とか「肌を合わせて感じるフィット感が今までとはまったく違うの」とか言っているSPEED恋愛女子にぜひ観てもらいたい。

 
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「シボレー・アバランチ」
シボレーのフルサイズSUV「タホ」をベースに、リアを荷台としたSUT(スポーツユーティリティートラック)。2001年の誕生以来、2世代13年にわたり活躍を続けた。劇中に登場するのは2006年に登場した2代目のモデル。
「シボレー・アバランチ」
	シボレーのフルサイズSUV「タホ」をベースに、リアを荷台としたSUT(スポーツユーティリティートラック)。2001年の誕生以来、2世代13年にわたり活躍を続けた。劇中に登場するのは2006年に登場した2代目のモデル。拡大
 
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『テキーラ』のリズムで銃撃戦

ドクと呼ばれるリーダーは、ケヴィン・スペイシー。彼がプランを練り、腕利きを集めて犯罪を実行させる。キレやすいバッツ、バカップル強盗のバディとダーリンが最強のメンバーだ。バッツのジェイミー・フォックスは身体全体から凶暴な空気を漂わせ、ベイビーを威嚇する。バディのハムは『Mr.&Mrs.スパイ』では『ワンダーウーマン』のガル・ガドットとラブラブだったが、今回はエイザ・ゴンザレスとイチャイチャしている。悪人どもがみんな魅力的なキャラクターなのも、この作品の美点だ。

アクション映画、恋愛映画として優れているのは確かなのだが、この作品の価値はほかのところにある。音楽映画としての側面だ。ベイビーは常にiPodで音楽を聴いている。幼い頃の事故が後遺症をもたらし、常に耳鳴りがやまないからだ。強盗から帰ってきてコーヒーを買いに行くときも、耳にはイヤホン。ボブ&アールの『ハーレム・シャッフル』を聞きながら踊ってコーヒーショップへ。彼だけでなく、街を歩く人々も音楽に合わせて体を揺らす。伝道師やストリートミュージシャンがシンクロした動きを見せ、クルマもリズムに乗って走っている。それを長回しで一気に見せるのだから、緻密な準備のためにとてつもない時間が必要だったはずだ。

圧巻なのは、武器商人との銃撃戦である。『テキーラ』のリズムに合わせてガンアクションが展開するのだ。ブラスが高鳴ると一斉に銃から火が放たれ、手りゅう弾が爆発するとバッツが「テキーラ!」と声をあげる。スクリーンに映し出される光景の後ろには常に音楽が流れていて、映画を推進する力の源になっている。この映画をカーチェイス版『ラ・ラ・ランド』と呼ぶなんて、失礼にすぎる。『ベイビー・ドライバー』はミュージカルの再定義なのだ。

監督はエドガー・ライト。『ショーン・オブ・ザ・デッド』『ホット・ファズ 俺たちスーパーポリスメン』などで知られるイギリス出身の才人だ。サイモン・ペッグ、ニック・フロストと組んで秀逸なコメディー映画を送り出してきたが、今回のハリウッドデビューはまったく異なるジャンルの作品となった。オタク受けの作風から離れ、堂々たるエンターテインメントを作り上げる才能だということを証明したのだ。

この傑作が全国でわずか41館という公開規模なのは、まったく合点がいかない。『この世界の片隅に』が63館から300館以上にまで拡大したのは、口コミの力だった。スバリストを先頭に劇場に押しかけ、クルマ好きの底力を見せつけようではないか。

(文=鈴木真人)
 

 
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『ベイビー・ドライバー』
2017年8月19日(土)新宿バルト9 他全国ロードショー
配給:ソニー・ピクチャーズ エンターテインメント
『ベイビー・ドライバー』
	2017年8月19日(土)新宿バルト9 他全国ロードショー
	配給:ソニー・ピクチャーズ エンターテインメント拡大
鈴木 真人

鈴木 真人

名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。

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