BMW M5(4WD/8AT)
礼儀正しさにだまされてはいけない 2018.04.19 試乗記 初代のデビューから30年以上の歴史を持つ、BMWのハイパフォーマンスセダン「M5」に試乗。6代目にして初めて4輪駆動システム「M xDrive」を採用した、その走りとは? 最高出力600psオーバーを誇るライバル車との比較を交えつつリポートする。スーパーセダンの代名詞
先日、久しぶりに「メルセデス・ベンツE500」に乗る機会があった。最近のモデルではなく、今から25年ほど前の、もはやクラシックと呼んでも差し支えないW124型「Eクラス」のスペシャルモデルのほうだ。自然吸気ながら330psを生み出す「SL」譲りの5リッターV8エンジンを、セダンの傑作といわれる初代Eクラスのボディーに詰め込んだ、マニアには今なお根強い人気を誇るスーパーセダンである。
滑らかな奔流のようなパワーは健在だったが、0-100km/h加速は確か7秒を切るぐらいだったから現代の基準ではさほどスーパーでもない。それでも当時としてはけた外れだったのである。同じ時代のBMW M5はといえば、E34型ベースの2代目の頃。後に3.8リッターに拡大された直列6気筒を積んだ最後のモデルでピークパワーは340psだったが、実用的かつ端正ながら高性能なM5は憧れの車だった。
ビジネスエクスプレスとしてだけでなく、冠婚葬祭さえそつなくこなし、必要とあらばその“羊の皮”を脱ぎ捨てて、カッコだけのスポーツカーを手玉に取るという高性能セダンは伝統的なドイツ車の象徴であり、クルマ好きにとっては“理想の妻”のようなもの。昔からの鉄板セグメントである。
言うまでもなくM5はもう30年以上の歴史を持つ高性能セダンの代名詞である。昨2017年に発売された新型M5は、現行G30型「5シリーズ セダン」をベースとしたフラッグシップで、数えて6代目に当たる。今ではライバルのメルセデスAMG同様、SUVまで幅広くMモデルをそろえるBMWだが、その神髄がセダンのM5と「M3」であることに異議を唱える人はいないはずだ。
その新型M5の最大の特徴は初めて4輪駆動モデルとなったこと。ライバルであるメルセデスの「AMG E63S」もアルピナの「B5ビターボ」も同様に4WD化されている。今や600ps以上の強大なパワーを受け止めるには4WDが必須ということだろう。
動力性能はスーパースポーツ並み
新しいM5のエンジンは先代同様4.4リッターV8ツインターボだが、より強化されて600ps(441kW)/6000rpmと750Nm(76.5kgm)/1800-5600rpmを生み出すうえに(先代比+40ps/70Nm)、トランスミッションもこれまでの7段DCTからトルコン式8段AT(Mステップトロニック)に変更されている。さらにこれまではダイナミック性能を重視して採用に消極的だったが、現行5シリーズ同様の先進的安全支援システムが完備していることもM5としては新しい。
と聞くと、ストイックなエンスーたちはどうしても軟弱になったという見方をするものだ。運転技量や経験を問わず、誰にでもそれなりに運転できるようになったことが気に入らないのである。
これまでもM5のような硬派スポーツモデルは、モデルチェンジするたびにピューリタンなファンからやれ堕落したとか、ピュアなスポーツカーらしさを失ったなどという批判を受けるのがお決まりだったが、新型はそんな短絡的な文句をつけるレベルではない。
燃費も向上、洗練度もアップしたいっぽうで0-100km/h加速は3.4秒、最高速はオプションのMドライバーズパッケージを装着すれば250km/hの紳士協定リミッターが解除されて305km/hに達するという。これはもう完全にスーパースポーツカーレベルである。
0-100km/h加速3.4秒は、ちょっと前ならフォーミュラカードライバーしか体験できない世界だった。スタンディングスタート時に有利な4WDという理由はあるが、最新の「ポルシェ911カレラ」でも4秒は切れない。しかもクローズドコースでなければ思い切り踏めないほどの戦闘モードも備えているのだ。
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気軽に切り替えてはいけない
普段は「M xDrive」によって駆動力が電子制御される4WDだが、後輪駆動モードが備わっていると聞けば、ちょっとだけでも試してみたいのがクルマ好きに共通する人情というものだ。ただしそれは本当に覚悟を持って、十分に安全に配慮したうえで手を出すべきものだとはっきり忠告しておきたい。
新型M5を山道に持ち出した日はあいにくの雨模様で、ノーマル4WDモードでもコーナーの立ち上がりでは瞬間的にズルリと来るようなコンディションだった。しかし怖いもの見たさも手伝って“禁断”のDSC(ダイナミックスタビリティーコントロール)スイッチを長押ししてみた。
短く押すとダイナミックモード(M5ではMダイナミックモード)に変わるが、長押しすれば完全オフになるのは他のBMW同様、その状態ではスタンダードの4WDモードに加え、より“アグレッシブ”な4WDスポーツ、そして2WDモードの3種の中から駆動モードを選択できる。
だが軽い気持ちで2輪駆動を選択してはいけないことを思い知らされた。2WDは「DSCオフ」とセットだから、当然、素手素足でロッククライミングに挑むようなもの。果たして、ちょっと勢いよくスタートしようとしたら285/35ZR20サイズのリアタイヤ(フロントは275/35ZR20)は、その場でホイールスピンするだけでまったく前に進まない。
コーナリングでもターンインがより敏しょうになったかな、と感じる暇もあらばこそ、慎重に踏んだつもりでも瞬間的に横を向く。ウエットコンディションでなくても、一般道では試すべきではない。間違いのないクローズドコースでならドリフトマシンとして自由自在らしいが(残念ながら今回は試すチャンスなし)、公道ではあまりにもリスキーだと思う。
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明確な二面性が魅力
もちろん、標準モードで周囲の交通の流れに乗っておとなしく走っている限りでは、例えば「540i」とほとんど変わらない。ちょっと筋肉質であることは誰にでも感じられるはずだが、V8ツインターボもAMG E63Sのように荒々しさをむき出しにすることもなく、少なくとも「エフィシエント」モードでのM5は、怒涛(どとう)のパワーを秘めたエンジンであることをあらわにせずに粛々と街中を流すこともできる。
8段AT(シフトスピードを選択できる)のシフトアップも滑らかそのものだ。思い切り回した場合も、M5はシュワーッと吹け上がって加速する。たけだけしい回転フィーリングを伴って力ずくで押し出し、「スポーツ+」モード以上を選ぶとベリベリという凶暴な排気音も轟(とどろ)くAMG E63Sに比べればずっと文化的で洗練されている。
乗り心地も同様、明らかな硬派志向で細かな不整にもいちいちビシバシ、ダイレクトに反応するE63Sとは異なり、いかにも締め上げられた硬さは伝わってくるもののラフなハーシュネスの類いは皆無だ。依然として冠婚葬祭で親戚の叔母さんを乗せても平気なぐらいの社会常識は兼ね備えている。
ステアリングホイールにふたつ備わるMボタン(各種モードの設定を保存し、ワンタッチで呼び出せる)を押して“変身”する時は、くれぐれも慎重に見計らってください。
(文=高平高輝/写真=尾形和美/編集=大久保史子)
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テスト車のデータ
BMW M5
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4965×1905×1480mm
ホイールベース:2980mm
車重:1950kg
駆動方式:4WD
エンジン:4.4リッターV8 DOHC 32バルブ ツインターボ
トランスミッション:8段AT
最高出力:600ps(411kW)/6000rpm
最大トルク:750Nm(76.5kgm)/1800-5600rpm
タイヤ:(前)275/35ZR20/(後)285/35ZR20(ピレリPゼロ)
燃費:9.4km/リッター(JC08モード)
価格:1703万円/テスト車=1884万4000円
オプション装備:フルレザーメリノ<シルバーストーンⅡ>(87万1000円)/コンフォートパッケージ(17万9000円)/Bowers&Wilkinsダイヤモンド・サラウンド・サウンド・システム(56万4000円)/BMWナイトビジョン(20万円)
テスト車の年式:2018年型
テスト開始時の走行距離:3996km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(5)/高速道路(5)/山岳路(0)
テスト距離:154.2km
使用燃料:21.4リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:7.2km/リッター(満タン法)/7.3km/リッター(車載燃費計計測値)
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高平 高輝
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