メルセデス・ベンツE400 4MATICカブリオレ スポーツ(4WD/9AT)
胆力が問われる 2018.08.07 試乗記 「メルセデス・ベンツEクラス カブリオレ」に試乗。見れば美しく、踏めば速く、そしてコンフォータブル。そんな完全無欠とも思われるラグジュアリーな4シーターオープンの世界を堪能した。メルセデスが今よりも“特別”だった時代
それはいつの時代の話? といぶかしがる若い方もおられるだろうけど、メルセデス・ベンツのクルマたちは、ある頃まではかなり特別な存在だった。“泣く子も黙る”という慣用句がピタリとあてはまるような威光を放っていた、といっても過言ではないだろう。クルマにそれほど詳しいわけでもない人ですら認める神通力があった。どのモデルのどのグレードであっても、キラリと輝くスリーポインテッドスターが付いていれば、無条件でリスペクトされた。多くの人がそのステアリングを握ることを夢見ながら、わが身と照らし合わせて軽い諦念のような気持ちに苦笑いさせられた。そういう時代が、確かにあったのだ。
ならば、今はどうか。多くの人が“いいクルマ”であると正しく認識してはいるものの、もはや特別な存在とまでは感じていないだろう。ただし、それはメルセデス・ベンツの価値が下がったから、というわけじゃない。慣れてしまったのだ。街へ出ればスリーポインテッドスターの2台や3台と出くわすのは当たり前、最も安価なモデルなら298万円から買える現在、「AMG GT」あたりならまだしも、誰もフツーのメルセデスを見て感極まったり嫉妬したりまではしない。心理的にも経済的にも、敷居は昔ほど高くはないのだ。
けれど、このクルマの試乗を終えて、僕はかの時代に抱いたのと似たような感情でいる自分に気づかされた。
外も中も美しい
そのルックスを目にしたときから、どことなく予感が芽生えたような覚えがないわけでもない。雨が上がる少し前に受け取ったE400カブリオレのトップを閉じた佇(たたず)まいが、美しく優雅に感じられたからだ。オープンカーのトップは可能な限り開けておくべしという強者もいるが、僕の考えは少し違っていて、自分がオープンエアを感じたいときだけ開け放てればいいと思っている。開けるのがそう頻繁でなかったとしても、気持ち次第で心地いい方をチョイスできる、というのがひとつの贅沢(ぜいたく)だと感じているからだ。ましてやこのタイプのクルマはストイックなオープンスポーツカーというわけじゃなく、ボディーカラーとトップの色味次第ではフォーマルな使い方もギリギリ許されそう。トップを閉じた状態でいることも多いわけだから、その姿が美しいのは何にも増して重要だと思うのだ。Eクラス カブリオレのルーフラインはまるでクーペのようなきれいな流れを描いていて、そのエレガンス漂う雰囲気にはちょっと引かれるものがある。
トップを開け放ったときにエクステリアの構成要素ともなるインテリアにも、なるべく美しくあってほしい。長いドアを開けてシートに収まってみると、目の前に広がるのはなかなか好ましい光景。長方形の大型ナセルの中に2面のディスプレイが並び、レザーとアッシュウッドで覆われたダッシュボード全景の中にタービンブレードを連想させる放射状の空調吹き出し口が光る。そしてダッシュボードやそれとT字型に交わるコンソール、ドアには室内のデザインのアウトラインを彩るようにアンビエントライトが柔らかくともる。これ、実はセンターのアームレスト前方にトップの開閉スイッチが備わる以外はクーペと同一の意匠なのだが、まるでトップを開け放ったときのカブリオレのためにデザインされたのではないかと感じるほど印象的だ。それでいて目には決してうるさくないぐらいに抑えてあるあたりはさすがである。
走りはじめたときには細かな雨が降っていたので、最初のうちはトップを閉めたままの試乗となったが、なるほど、こうした4シーターのカブリオレ作りでは一日も二日も長があるメルセデス。しばらく走っていても水滴なんてどこからも1滴すらにじんできたりはしないし、幌(ほろ)付きのクルマとは思えないくらい静か。開口部が大きいのに、どこからもミシリという音が聞こえてきたりもしない。車内は全くもって快適だ。
乗り心地はエレガント
乗り心地も、このまま500km先まで走っていけといわれたらためらわずに走っていけるくらい素晴らしい。この代から「Eクラス」とシャシーを共用することになり、従来の「Cクラス」ベースのものよりシャシーの性能は上がったと聞かされているが、そこは先代をドライブしていないので比べられない。けれど、このE400 4MATICカブリオレ スポーツには“エアボディーコントロール”と呼ばれるエアサスペンションが備わっていて、それがいい仕事をしているのだろう。低速域でもいちいち路面の凹凸を拾い届けるようなこともなく、全域にわたってしなやかで滑らかな乗り味。エレガントな乗り心地と表現したとしても、誰からも苦言が飛んでくることはないだろう。
それでいて──ここがまたメルセデスっぽいのだけど──コーナーの続く場所に持っていってそれなりに速度を上げていっても、気持ちよく走れてしまうのだ。ステアリングもシャープな部類とはいえないが、切り込んでいった分だけ正確に曲がってくれるし、そのときの手応えから来るドライバーの期待感とクルマの動きにズレがなく、意外や素早くコーナーを抜けていけるからだ。その乗り心地のよさからすればコーナリングにまつわるロールやピッチが抑えられている印象があるのも、おそらくエアサスが車体の行方を巧みにコントロールしているからに違いない。安定していて、速い。だから結構爽快なのだ。もちろんパリンパリンのスポーツカーで攻め立てるような走り方を試みたわけじゃないけれど、仮にそこそこの領域まで連れていったとしても、AWDシステムがトラクションをしっかり確保してくれることだろう。
その速さには、もちろん333ps/5250-6000rpmのパワーと480Nm/1600-4000rpmのトルクを発生する3リッターV6ツインターボエンジンと9段ATの連係プレイも大きく貢献している。低速域では強大なトルクが、中速域からはまっすぐに伸びてきたパワーがバトンを受け取って速度を稼いでいく性格のエンジンはドラマチックというわけじゃないが、本国仕様では0-100km/hを5.5秒で駆け抜けるというから、立派に俊足に属する部類だろう。
が、それはやればできるというだけの話で、クルマの性格からしてもカリカリ走るのは似つかわしくない。1600rpmで480Nmという強大なトルクを生み出してくれるその力強さを生かし、スムーズに速度を上げていく感じが心地いい。一般道ではわずかなアクセルペダルの踏み込み量でこと足りてしまうから、2000rpmも回るか回らないかのうちに9段ATがトントンとシフトアップして、心地良く速度を乗せていく。
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髪もメイクも乱れない
雨もとうに上がって水しぶきもほとんど跳ね上がらなくなってきたから、そういえば……とソフトトップを開けて走ってみた。50km/hで走行していても開閉可能だというが、さすがにそれはこれ見よがしな気がして路肩で操作する。ボタンひとつでおよそ20秒。盛夏を迎える直前の、夕方のぬるい空気がまとわりついてくる……かと思ったら、そうでもなかった。フロントウィンドウの上端からせり出してくるディフレクターとリアシート後方に立ち上がるエアロボードのおかげで、街中を走るレベルではほとんど空気を巻き込んでこない。交差点で止まると少しペッタリした空気が流れ込んでくるけれど、走っている限りはエアコンの涼しい風がしっかりと役割を果たしてくれる。ということは、ちょっとやそっとじゃ助手席の彼女の髪だって乱れないしメイクだってキープできる、ってわけだ。
キーを返却するときに僕の頭の中にあったのは、こういうクルマを日々サラッと転がすことができるのはどういう男だろう? ということだった。エレガントでスタイリッシュなエクステリア、しゃれっ気に満ちたインテリア、レディーをエスコートするのにふさわしい上品な乗り味、優雅だけどちょっとぐらいのヤンチャには応えてくれるパフォーマンス……ううむ。もちろん転がせるようになるためには1113万円~という金額を支払う必要があるというハードルが存在するのだけど、それよりむしろクルマに負けない男でいられるかどうかというハードルの方が高いような気もする。少なくともこのクルマには、僕の着ていたユニクロのリネンシャツはそぐわない。ああ、軽い諦念……。
(文=嶋田智之/写真=郡大二郎/編集=藤沢 勝)
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テスト車のデータ
メルセデス・ベンツE400 4MATICカブリオレ スポーツ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4853×1860×1429mm
ホイールベース:2873mm
車重:1850kg
駆動方式:4WD
エンジン:3リッターV6 DOHC 24バルブ ツインターボ
トランスミッション:9段AT
最高出力:333ps(245kW)/5250-6000rpm
最大トルク:480Nm(48.9kgm)/1600-4000rpm
タイヤ:(前)245/40R19 98Y XL/(後)275/35R19 100Y XL(ミシュラン・プライマシー3 ZP)※ランフラットタイヤ
燃費:--km/リッター
価格:1113万円/テスト車=1170万5400円
オプション装備:メタリックペイント<セレナイトグレー>(9万1000円)/エクスクルーシブパッケージ(10万1000円) ※以下、販売店オプション フロアマットプレミアム(9万1800円)
テスト車の年式:2018年型
テスト開始時の走行距離:1688km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(1)/高速道路(9)/山岳路(0)
テスト距離:315.6km
使用燃料:40.0リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:7.9km/リッター(満タン法)/7.9km/リッター(車載燃費計計測値)

嶋田 智之
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