第30回:偉大なるポルシェ911
理念を守り続けたブランドの象徴
2018.08.16
自動車ヒストリー
1963年のデビューから今日に至るまで、世界屈指のスポーツカーとして活躍し続けている「ポルシェ911」。ブランドの精神的支柱として、水平対向エンジンとRRの駆動方式という2つの伝統をかたくなに守り続ける希代の名車の歴史を振り返る。
半世紀を経ても頂点に君臨
ポルシェ911が誕生してから、50年以上が経過した。今も変わらずに造り続けられているこの偉大なスポーツカーは、1963年のフランクフルトモーターショーで発表されたのだった。当時は破格の高性能で世界を驚かせたのだが、半世紀を経ても同じモデルが頂点に君臨していることが何よりも驚嘆に値する。とてつもない偉業と言っていいだろう。
それまで製造されていた「356」に代わるモデルとして開発されたのが911である。当初は開発コードの「901」をそのまま車名にしていたが、真ん中がゼロの3桁の数字を商標登録していたプジョーから抗議を受けて911を名乗るようになった。水平対向エンジンをリアに搭載したGTというコンセプトは、356からそのまま受け継いでいる。しかし、共通点はそれだけだ。フォルクスワーゲンを下敷きにしていた356とは違い、911はまったくの白紙から新設計されたモデルである。
最も大きな進化は、4気筒OHVから6気筒SOHCとなったエンジンだろう。2リッターで130psというパワーは現在の基準からすれば驚くほどの数値ではないが、軽いボディーと優れたトラクションを利して最高速度210km/hを実現していた。当初から排気量アップを前提とした設計で、その後3.6リッターまで拡大されることになる。
1963年に日本でデビューしたクルマは、「ダットサン・ブルーバード410」「三菱コルト1000」などである。東京モーターショーには、「いすゞ・ベレット1500GT」や新型「プリンス・スカイライン」「ダイハツ・コンパーノ」などが出品されている。日本車も少しずつ実力をつけていたが、彼我の差は明らかだった。同じ年に海の向こう側ではこの高性能で実用的なGTが華々しく登場したのである。
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親子3代に共通する設計思想
ポルシェの名は、不世出の天才技術者フェルディナント・ポルシェ博士に由来しているが、1951年に逝去した彼はもちろん911には関わっていない。博士が作り上げたのは、ドイツが誇る世界の大衆車「フォルクスワーゲン・タイプI」すなわち“ビートル”だった。その息子であるフェリー・ポルシェがビートルの思想を受け継ぎながら開発したスポーツカーが356であり、さらにその息子“ブッツィ”ことフェルディナント・アレクサンダー・ポルシェが生み出したのが911である。
初代ポルシェ博士は、25歳だった1900年にウィーンのローナー社で電気自動車を製作している。2年後にはガソリンエンジンとモーターを組み合わせたハイブリッドの元祖ともいうべきモデルを作り、早熟な才能を示す。1923年にはダイムラー・ベンツ社の技術部長に迎えられ、乗用車からレーシングカーまでさまざまなモデルを開発した。その後独立した博士は、小型経済車を開発しようとしてヒトラーの大衆車構想に巻き込まれていく。計画は当初の思い描いていた通りには進まず、博士の理想が形になったのは戦後になってからだった。
最善を追求する技術者の血と魂は受け継がれ、ビートルから356を経て911が誕生した。この3台に共通するのは、空冷の水平対向エンジンをリアのオーバーハングに積んでいるという点だ。空冷エンジンは構造が簡単で低コストであり、水漏れの心配がないという利点があった。
リアエンジン・リアドライブ(RR)は、プロペラシャフトを必要としない合理的な方式である。居住スペースを広くとることができるというのがわかりやすい利点だ。エンジンの重量が駆動輪である後輪に加わるため、トラクションも強力である。しかし、その反面デメリットも抱えていた。
合理的なシステムに潜むデメリット
RR方式は、ステアリングを切り込んだ以上にクルマが向きを変えてしまうというオーバーステアの傾向を持っている。エンジンパワーの低いビートルではそれほど大きな問題とはならなかったが、高性能な911では過度なオーバーステアが致命的な事態を招くことになりかねない。操縦安定性の確保が、911の大きな課題となった。初期のモデルでは、フロントのバンパーの中にオモリを入れるという苦肉の策が講じられたほどである。
オーバーステアとの戦いは粘り強く続けられ、4WDモデルを除いて今もRR方式は守られている。一方、空冷エンジンは変更を余儀なくされた。騒音が大きい、ヒーターが効きにくいといった弱点はまだしも、排ガス規制に対応できなかったことが致命的だった。空冷では燃焼温度を一定に保つことが難しく、精緻なコントロールができないのだ。1998年に5代目となる「タイプ996」に移行した際に、ついに水冷エンジンが採用されることとなった。
それでも、今も911は基本的に同じメカニズム、同じフォルムを持ったクルマなのだ。もともとの設計思想が優れていたことが、長きにわたって造り続けることができた理由である。実は初代モデルと現行モデルを並べると形の違いが際立つのだが、それを相似形に見せてしまうのがデザインの妙なのだろう。
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ラインナップ拡大後もなお存在感を示す
911以外のモデルへ切り替える取り組みは何度もあった。1976年にはフロントエンジン・リアドライブ(FR)モデルの「924」が発売された。その後「944」「968」へと発展していくが、911に取って代わることはなかった。ラグジュアリーモデルの「928」も、また同じである。ポルシェの支持者は、RRで6気筒の水平対向エンジンを持つ911こそがポルシェであると信じてきたのだ。
1996年にデビューした「ボクスター」は、新たなユーザーをつかむことに成功した。ミドシップエンジンの2シーターオープンで、エンジンは水平対向である。ハードトップ版の「ケイマン」も優れたハンドリング性能で人気を得た。
2002年には4WDシステムを搭載したプレミアムSUVの「カイエン」が発売され、2014年からは一回り小さい「マカン」も加わる。SUVの2モデルは、ポルシェ社の屋台骨を支える商品に成長した。2009年に投入された4ドアセダンの「パナメーラ」には2017年にワゴンボディーも追加され、カイエンともどもプラグインハイブリッド車も選べるようになるなど、ラインナップの充実が際立っている。
ポルシェは小規模なスポーツカーメーカーから、幅広い車種をそろえた自動車会社に成長した。それでも、ポルシェと聞いて誰もがまず思い浮かべるのは、依然として911である。一貫してブレない姿勢がポルシェのブランドイメージを支えている。その根源をたどっていくと、初代ポルシェ博士の技術者魂に行き着くのだ。
(文=webCG/イラスト=日野浦 剛/写真=ポルシェ、二玄社)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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