BMW M850i xDriveクーペ(4WD/8AT)
これでも控えめ!? 2019.04.11 試乗記 かつてBMWのV12ラグジュアリークーペに与えられていた「8シリーズ」の名称がおよそ20年ぶりに復活した。「クーペ」と「カブリオレ」という2つのラインナップから、まずはスタイリッシュなクーペに試乗。新世代フラッグシップモデルの実力を確かめる。奇麗なシルエット
やっぱりBMWにとって数字の先頭に“8”が付く車名のモデルは、特別な存在なんだろうな、と素直に思う。販売面では苦戦したけれど、1989年に発表された初代8シリーズは、リトラクタブルヘッドライトを持ったどこか「M1」を思わせる顔つきが特徴的なスタイリングと、V12ユニットの生み出す素晴らしく滑らかで力強い走りのテイストに、心が動かされた覚えがある。
2000年に発売された「Z8」は、かつての名車「507」をモチーフにしたかのようなクラシックとモダンのすんなり融合したスタイリングをしていて、オールアルミのボディーとシャシーに「M5」の400ps V8ユニットを搭載したバカッ速なロードスターだった。
2013年に初公開された「i8」は、プラグインハイブリッド車であっても速く気持ちよく走れることを世界に向けて発信した、BMW初のモーター付きスポーツカーというだけじゃない意欲作だった。だから新しい8シリーズに乗る前からどことなく期待感があったのは確かだった。けれど、速いクルマには常に興味津々の自分が、まさかこの夏にデビューすることが予想されている「M8」を「なくてもいいんじゃない?」と一瞬だけでも考えることになるなんて、思いもしなかった。
ご存じのとおり新しい8シリーズは、BMWの2ドアモデルの頂点に位置するモデルだ。ということは、見る者に視覚的な喜びを与えないなんてことはもちろん許されないだろう。
初めてオープンエアの下で目にした「M850i xDriveクーペ」は、現行BMWの中では断トツといえるくらい奇麗なシルエットをしていた。特に斜め後ろ側から見たときのルーフからリアに向かって絶妙ななだらかさで降りてくるルーフラインなど、ちょっと「らしくないかも」と感じられるくらいに美しい。それでいて女性的というよりむしろ雄々しい印象を受けるのは、前後のフェンダーのラインやサイドの抉(えぐ)り込みが筋肉質なイメージを抱かせるからに違いない。“カッコイイ”とか“迫力ある”と感じられるモデルはあっても、これほど素直に“奇麗”とか“美しい”という言葉が湧いてくるBMWは、そうはないだろう。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
足腰はしなやかで快適
インテリアはフラッグシップクーペらしく、ラグジュアリーだ。上質なレザーがふんだんに使われていて、ところどころに配されたメタルが静かに抑制を効かせている。大人な雰囲気なのだ。デートカーとして使われることも多いだろうが、助手席の彼女の誇りを傷つけることはまずないはず。それにはシートの出来のよさも大きく貢献することだろう。仕立てが美しく、座り心地も悪くないうえ、いかなる状況でも体を巧みに支えてくれて、快適なのだ。
そう、快適なのである。走りはじめて最初に感じたのは、足腰のしなやかさ。0-100km/hを3.7秒で走るパフォーマンスを持ち、フロントが245/35R20、リアが275/30R20というスーパーカー並みのタイヤを履いているというのに、足元はドタバタとした感じはなく、乗り心地も望外にいいのだ。路面の表情をコツコツと伝えてくるところがあるのはタイヤがランフラットだからで、けれどそれがそう不快には感じられない辺り、BMWはほぼランフラットタイヤを履きこなしつつあるのかもしれない。
エンジンの最大トルクは750Nmもあって、それが1800rpmから4600rpmの間でずっとこんこんと湧き出し続けるから、街中はもちろん、高速道路に滑り込んでも軽々と走る。アクセルペダルをたいして踏み込まなくても、流れを難なくリードしていける。
もちろん右足に力を込めれば、その美しい姿とはやや不釣り合いなドスの利いたV8サウンドを高めて猛然と加速を開始し、日本の公道で試すことはかなわないものの、あっさり250km/hのリミッターをたたくことになるわけだ。日本向けの資料では触れられていないが、本国での発表によれば100km/hから200km/hまでの中間加速は8.7秒、0-200km/hでは12.4秒というタイムをマークするのだとか。それをそっくりそのままうのみにしてもいいぐらい、体感的にも速い。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
2tのクルマとは思えない
しかも、だ。これは速いぞ、という領域に足を踏み入れても、不安という感覚がかすめもしないぐらいに安定している。隣のレーンに移るときも念じただけでスルリと完了してしまうような呆気(あっけ)なさだ。電子制御式のAWDと、そしてアクティブステアリングに後輪操舵を組み合わせたインテグレーテッドアダプティブステアリングとの相乗効果が大きいのだろう。
この乗り心地、この力のゆとり、この安定感。そのまま東京から大阪だって往復できちゃいそうな気分になる。M850iはすべてにわたって相当にレベルの高い、極めて出来栄えのいいスーパーグランツーリスモなのだな、と思った。
でも、それは決して間違いではないけれど、必ずしも正解というわけじゃなかった。M850iは素晴らしく切れ味の鋭いスポーツカーでもあったのだ。通い慣れた峠道で、うれしくなるくらいに痛感した。
4.4リッターV8ターボは、最高出力530psという実力。今や600psも700psもそう珍しくないから、数値の上での530psには「そんなもの?」と感動も何もないけれど、この530psは数値から想像するよりはるかに速かった。
車両重量が1990kgある車体を面白いように加速させると印象付けるのは、ひとつは先述のとおり、素晴らしく強大なトルクを幅広い領域で発生させるからであり、そしてもうひとつは、それらのアウトプットの仕方がドライバーの右足に直結したかのように反応がよく、なおかつ滑らかで自然だから。扱いづらさというのが皆無なのだ。それを後輪駆動をベースとしながら4つのタイヤに分配し、効率よくトラクションを稼ぎ出していく。だからコーナーからの立ち上がりが気持ちよく素早いのである。
それ以前にコーナリングスピードそのものが、驚くほどに速い。入り口では適度に素早くインを刺し、2tのクルマとはとても思えないほどの回頭性を見せ、太いタイヤがどこまでも路面にグッと踏ん張りをきかせて破綻の兆候すら見せずに奇麗に回り込み、そして出口からズバーッと次のコーナーに向かって飛び出していく。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
電子制御の介入は極めて自然
タイトなコーナーであればあるほどグイグイと気持ちよく鼻先をねじ込んでいき、逆にオープンな長いコーナーでは気持ちよく適度に平行移動していくかのように走り抜けていく。感覚的にはレールの上を正確になぞっていくかのよう。そしてスタビリティーはめちゃめちゃに高い。サーキットで相当頑張らない限り、タイヤを滑らせてどうこうなんて話はできないレベルだ。
もちろんそれは後輪操舵付きのアクティブステアリングやアクティブスタビライザー付きのアダプティブダンパー、インテリジェントAWDシステムのxDrive、スタビリティーコントロール、トラクションコントロールといったさまざまな電子制御が裏側でしっかり働いてくれているからなのだろうが、それらの介入は極めて自然でなかなか感じとることができない。
ドライバーとしてはただただ楽しく気持ちいいという喜びに身を任せながら、異次元のコーナリングスピードをひたすら満喫することに熱中させられてしまうのみ。僕がうっかり「M8、なくてもいいんじゃない?」なんて一瞬でも思ってしまったのは、だからだったのである。
恥ずかしながらこの日、僕はギックリ腰が完治する直前。あまりに楽しかったからいつもより余分に走り込んでしまい、結果、いかにホールドに優れたシートに座っていても360度から襲ってくるGのストレスにさらされて、最終的にクルマから降りるのに難儀してしまったほどだったのだ。それくらい、M850iは走らせる楽しさと気持ちよさに満ちていた。
でも……とあらためて考える。M8よりもマイルドであるはずのM850iですらこれなのだ。M8は、いったいどうなっちゃうんだろう……? よっぽどでもない限り、M850iで十分である。いや、十分をはるかに超えてはいるのだけど。
(文=嶋田智之/写真=花村英典/編集=櫻井健一)
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
テスト車のデータ
BMW M850i xDriveクーペ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4855×1900×1345mm
ホイールベース:2820mm
車重:1990kg
駆動方式:4WD
エンジン:4.4リッターV8 DOHC 32バルブ ツインターボ
トランスミッション:8段AT
最高出力:530ps(390kW)/5500rpm
最大トルク:750Nm(76.5kgm)/1800-4600rpm
タイヤ:(前)245/35R20 95Y/(後)275/30R20 97Y(ミシュラン・パイロットスポーツ3 ランフラットタイヤ)
燃費:9.9km/リッター(JC08モード)/8.3km/リッター(WLTCモード)
価格:1714万円/テスト車=1860万8000円
オプション装備:ボディーカラーメタリックペイント<バルセロナブルー>(10万3000円)/BMWインディビジュアルエクステンドレザーメリノ(6万7000円)/Mカーボンファイバールーフ(40万3000円)/Bowers & Wilkinsダイヤモンドサラウンドサウンドオーディオシステム(59万9000円)/BMWナイトビジョン(29万6000円)
テスト車の年式:2019年型
テスト開始時の走行距離:1912km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(6)/山岳路(2)
テスト距離:399.7km
使用燃料:54.3リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:7.3km/リッター(満タン法)/6.6km/リッター(車載燃費計計測値)

嶋田 智之
-
アウディA6アバントe-tronパフォーマンス(RWD)【試乗記】 2025.12.2 「アウディA6アバントe-tron」は最新の電気自動車専用プラットフォームに大容量の駆動用バッテリーを搭載し、700km超の航続可能距離をうたう新時代のステーションワゴンだ。300km余りをドライブし、最新の充電設備を利用した印象をリポートする。
-
ランボルギーニ・テメラリオ(4WD/8AT)【試乗記】 2025.11.29 「ランボルギーニ・テメラリオ」に試乗。建て付けとしては「ウラカン」の後継ということになるが、アクセルを踏み込んでみれば、そういう枠組みを大きく超えた存在であることが即座に分かる。ランボルギーニが切り開いた未来は、これまで誰も見たことのない世界だ。
-
アルピーヌA110アニバーサリー/A110 GTS/A110 R70【試乗記】 2025.11.27 ライトウェイトスポーツカーの金字塔である「アルピーヌA110」の生産終了が発表された。残された時間が短ければ、台数(生産枠)も少ない。記事を読み終えた方は、金策に走るなり、奥方を説き伏せるなりと、速やかに行動していただければ幸いである。
-
ポルシェ911タルガ4 GTS(4WD/8AT)【試乗記】 2025.11.26 「ポルシェ911」に求められるのは速さだけではない。リアエンジンと水平対向6気筒エンジンが織りなす独特の運転感覚が、人々を引きつけてやまないのだ。ハイブリッド化された「GTS」は、この味わいの面も満たせているのだろうか。「タルガ4」で検証した。
-
ロイヤルエンフィールド・ハンター350(5MT)【レビュー】 2025.11.25 インドの巨人、ロイヤルエンフィールドの中型ロードスポーツ「ハンター350」に試乗。足まわりにドライブトレイン、インターフェイス類……と、各所に改良が加えられた王道のネイキッドは、ベーシックでありながら上質さも感じさせる一台に進化を遂げていた。
-
NEW
あの多田哲哉の自動車放談――ロータス・エメヤR編
2025.12.3webCG Movies往年のピュアスポーツカーとはまるでイメージの異なる、新生ロータスの意欲作「エメヤR」。電動化時代のハイパフォーマンスモデルを、トヨタでさまざまなクルマを開発してきた多田哲哉さんはどう見るのか、動画でリポートします。 -
NEW
タイで見てきた聞いてきた 新型「トヨタ・ハイラックス」の真相
2025.12.3デイリーコラムトヨタが2025年11月10日に新型「ハイラックス」を発表した。タイで生産されるのはこれまでどおりだが、新型は開発の拠点もタイに移されているのが特徴だ。現地のモーターショーで実車を見物し、開発関係者に話を聞いてきた。 -
NEW
第94回:ジャパンモビリティショー大総括!(その3) ―刮目せよ! これが日本のカーデザインの最前線だ―
2025.12.3カーデザイン曼荼羅100万人以上の来場者を集め、晴れやかに終幕した「ジャパンモビリティショー2025」。しかし、ショーの本質である“展示”そのものを観察すると、これは本当に成功だったのか? カーデザインの識者とともに、モビリティーの祭典を(3回目にしてホントに)総括する! -
NEW
日産エクストレイルNISMOアドバンストパッケージe-4ORCE(4WD)【試乗記】
2025.12.3試乗記「日産エクストレイル」に追加設定された「NISMO」は、専用のアイテムでコーディネートしたスポーティーな内外装と、レース由来の技術を用いて磨きをかけたホットな走りがセリングポイント。モータースポーツ直系ブランドが手がけた走りの印象を報告する。 -
アウディA6アバントe-tronパフォーマンス(RWD)【試乗記】
2025.12.2試乗記「アウディA6アバントe-tron」は最新の電気自動車専用プラットフォームに大容量の駆動用バッテリーを搭載し、700km超の航続可能距離をうたう新時代のステーションワゴンだ。300km余りをドライブし、最新の充電設備を利用した印象をリポートする。 -
4WDという駆動方式は、雪道以外でも意味がある?
2025.12.2あの多田哲哉のクルマQ&A新車では、高性能車を中心に4WDの比率が高まっているようだが、実際のところ、雪道をはじめとする低μ路以外での4WDのメリットとは何か? トヨタでさまざまな車両を開発してきた多田哲哉さんに聞いた。



















































