第583回:レースと市販モデルの関係性とは?
アストンマーティンのワークスドライバーに聞いた
2019.08.10
エディターから一言
2019年8月3日~4日に富士スピードウェイで行われた、SUPER GT第5戦出場のためにアストンマーティンのワークスドライバー、ダレン・ターナー選手が英国より来日。アストンマーティンの市販モデルにはどんな魅力があるのか、レーシングマシンをよく知るプロの意見を聞いた。
スーパー耐久に続いての参戦
ダレン・ターナー選手のインタビュー会場となったのは、東京・北青山にあるアストンマーティンのブランドセンター「The House of Aston Martin Aoyama」。ここは、2017年11月にオープンしたアストンマーティンの情報発信基地で、本国イギリス以外では世界初の施設となる。最新モデルや同社の歴史、ブランドフィロソフィーなどアストンマーティンの世界観を紹介する場としても重要な拠点になっている。
今回の来日は、前述の通りSUPER GT 第5戦に出場するためだ。「2019 AUTOBACS SUPER GT Round5 FUJI GT 500mile RACE」が正式名称となる同レースは、シリーズ最長距離となる500マイル(約800km)を走る長丁場であるため、3人目のドライバー登録が認められている。GT300クラスを「アストンマーティン・ヴァンテージGT3」で戦うレーシングチーム「D'station Racing AMR」は、藤井誠暢選手、ジョアオ・パオロ・デ・オリベイラ選手のレギュラー2人に加え、3人目のドライバーとしてアストンマーティンレーシングのワークスドライバー、ダレン・ターナー選手に白羽の矢を立てたというわけだ。
──レースへの抱負をお聞かせください。
ダレン・ターナー選手(以下ターナー):SUPER GTへの参戦は初めてということもあり、とても楽しみにしています。ただ、同レースへの出場は初ですが、すでにD'station Racing AMRとはピレリ・スーパー耐久シリーズで鈴鹿(サーキット)と(スポーツランド)SUGOの2戦にドライバーとして参加していますので、まったく不安はありません。スーパー耐久の初戦となった鈴鹿戦では優勝、続くSUGO戦では3位という結果を残しています。
GTカテゴリーのレースは欧州でも非常に注目されています。特にSUPER GT では、GT500とGT300両カテゴリーの混走がエキサイティングだと思っています。しかもとてもレベルが高いので、参戦が楽しみです。
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新旧レーシングマシンの違いは?
──ヨコハマタイヤを使用するのは初めてだと聞いていますが。
ターナー:初めて使うヨコハマタイヤのポテンシャルをどれだけ早く理解し、特性をつかめるかがポイントになると考えています。そこは確かに、このレースにおいての大きなチャレンジとなるでしょう。しかし、チームにはスーパー耐久で一緒に戦った2人の経験豊富なドライバーがいるので、予選時点から適切なアドバイスがもらえると思っています。とにかく少しでも多く走り、自身やチームメイトのテレメトリーデータをチェックし、何か疑問に思うことがあればレギュラードライバーの2人にどんどん質問していきます。
レーシングドライバーには、運転技術だけでなくコミュニケーション能力も必要だと聞くが、さすが百戦錬磨のワークスドライバー。すでにチームに溶け込んでいるようだ。
──レースでは、ご自身が開発に携わったヴァンテージGT3が使用されています。先代モデルとの違いはどこにあるのでしょう?
ターナー:最新のヴァンテージGT3は、特に空力面が強化されています。安定感が格段に良くなったのは大きなアドバンテージです。旧型は自然吸気V12エンジンでしたが、新型ではV8ターボになりました。エンジンが異なっているので大きな違いがあるように思われますが、実はドライバーから見ると、この違いは小さなものです。ただ、その特性のわずかな違いを確実にアジャストできるかどうかが重要なのです。旧モデルでも運転がしやすいマシンであり、その美点はもちろん新型にも受け継がれています。
これまでの経験を踏まえて言えば、富士スピードウェイでは「コカ・コーラコーナー」から「100R」までの区間において、他車よりもヴァンテージの方が速いように思えます。あなたの観戦ポイントはここで決まりでしょう(笑)。
FIA-GT3に準拠したレーシングマシンにはエアコンも装備されています。もちろん市販モデルのように快適ではありませんが(笑)、仕事をするうえでの環境は整えられています。これには規定があって、コックピット内の気温が上昇しすぎないよう、テレメトリーでオフィシャルに常に監視されているのです。
SUPER GTのレギュレーションでは、第2戦から第7戦までは、ドライバーを暑さから守る冷却装置を搭載する義務がある。昔ながらのクールスーツを用いるチームも残っているというが、現在のGT3マシンはエアコン標準装備が一般的。レースの世界も、いつの間にかドライバーファーストになっていたのだ。
ガレージにあるだけで笑顔になる
──市販モデルの開発にも関与されましたか?
ターナー:市販ヴァンテージの開発の最中、私もニュルブルクリンクでのテストに3度参加し、セッティングのサポートを行いました。私はレーシング部門の所属でGT3マシンやGT4マシンの開発業務を担当していますが、市販マシン開発部門のトップであるチーフエンジニアのマット・ベッカー率いるチームに合流し、自身の立場で気付いたこと、改善の余地についてざっくばらんに話しました。
クルマはローンチして終わりではなく、開発や改善は継続的に行われます。もちろんアストンマーティンもさまざまな手法で磨きをかけていきます。レースへの参戦もその一環で、空力や足まわりのセッティングなど、サーキットでの戦いから多くのノウハウが市販モデルにフィードバックされています。
──他のスポーツカーブランドと異なる、アストンマーティンとヴァンテージの魅力とはどのようなものでしょう?
ターナー:実は現在、ヴァンテージに乗っています。自分のガレージにこのヴァンテージが止まっているのを見るだけで、ハッピーになります。自宅はゲイドン(アストンマーティンの本社)からドライブにちょうどいい距離となる郊外にあり、本社への移動もそうですが、クルマを走らせるには適した環境と言えます。ドライビングを楽しめるコースもあり、そこを走るたびにクルマとの一体感が得られます。ハンドリングは申し分なく、常に4輪が路面をつかむ感覚があり、ステアリングからもしっかりしたフィードバックが得られます。エンジニアが非常にいい仕事をした証拠でしょう。また、使い勝手も良く、ハイパフォーマンスモデルながら、毎日使える柔軟性も持ち合わせています。もちろん、エキサイティングなエキゾーストノートも大のお気に入りです。
──ヴァンテージや話題のハイパーカーは今後どう進化していくのでしょうか。
ターナー:近い将来、ヴァンテージでは現在の8段ATのほかに7段MTも選べるようなります。古き良き時代の伝統と、往年のドライビングスタイルが最新モデルのパフォーマンスで楽しめるはずです。「ヴァルキリー」「ヴァルキリーAMR Pro」「ヴァルハラ」という話題のハイパーカーシリーズでは、デリバリーと同時にカスタマー向けの走行プログラムも用意される見込みで、その準備を含めたチーフテストドライバーの座を狙っています(笑)。
ジェームズ・ボンドに運転を教える?
──アストンマーティンのワークスドライバーとして、アストンマーティンに乗る際に心がけてほしいマナーや理想的な乗り方などアドバイスはありますか?
ターナー:とても難しい質問ですね。こんなことを聞かれたのは初めてなので(笑)。アストンマーティンをドライブするのであれば、シートに座って渋い顔をするのではなく、わくわく感や楽しさから、常にジェントルなほほ笑みを絶やさずに乗っていただければと思います。同時に、アストンマーティンで出掛けるすべての旅が記憶に残るよいものになってほしいですね。
私はレーシングドライバーとして恵まれた環境におり、日常的にアストンマーティンという特別なクルマに乗ることができます。これはとてもハッピーなことです。今回、来日する際も、ヒースロー空港のターミナル5駐車場にヴァンテージを止め、荷物を下ろし、ドアをロックしてロビーに向かいました。アストンマーティンとならこれだけでも、スペシャルな気分になれます。オーナーの方、またはこれからオーナーになられる方には自分なりのアストンマーティンとの楽しみを見つけていただきたいですし、きっと見つかるはずです。そんな特別な楽しみを与えてくれるのがアストンマーティンでもあります。
──アストンマーティンといえば映画『007』シリーズのボンドカーとしても有名ですが、ジェームズ・ボンド(ダニエル・クレイグ本人ではなく)のドライビングをどう思いますか。あなたが教えたら、クルマを壊したり川に落としたりすることも少なくなるのでは(笑)?
ターナー:彼は、確かにクルマを壊しすぎかもしれませんね(笑)。しかし、私がレースを行っているサーキットとは異なり、一般道には障害物もあり、さらにスペクター(敵)もいるわけですから、大切なアストンマーティンであっても壊すのは仕方がないかもしれません。きっと私がボンドになったらサーキットとは勝手が違うため、街中ではもっと壊すかもしれませんよ(笑)。
インタビュー後、週末に行われるSUPER GT第5戦に備えるため、ターナー選手はそのまま富士スピードウェイに移動した。
果たして「D'stationヴァンテージGT3」は、激戦のGT300クラスで予選10位、決勝11位という成績だった。次回、機会があれば、初参戦となったSUPER GTの感想と、次シーズンにハイパーカーで参戦するであろうルマンへの意気込みも聞いてみたいと思った。
(文=櫻井健一/写真=花村英典、田村 弥/編集=櫻井健一)

櫻井 健一
webCG編集。漫画『サーキットの狼』が巻き起こしたスーパーカーブームをリアルタイムで体験。『湾岸ミッドナイト』で愛車のカスタマイズにのめり込み、『頭文字D』で走りに目覚める。当時愛読していたチューニングカー雑誌の編集者を志すが、なぜか輸入車専門誌の編集者を経て、2018年よりwebCG編集部に在籍。
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