アストンマーティン・ヴァンテージ(FR/8AT)
進化したブリティッシュサラブレッド 2025.01.08 試乗記 従来型に対して155PS/115N・m増しとなる4リッターV8ツインターボを搭載した「アストンマーティン・ヴァンテージ」のマイナーチェンジモデルが上陸。個性を磨き上げ大きく進化した内外装の仕上がりや、最高出力665PS、最大トルク800N・mを誇るパフォーマンスに迫る。その顔に理由あり
「Aston Martin Racing Green 2022」というボディーカラーは、だれにでもわかる単語を並べただけなのに、ありがたみを感じてしまう。同時に、ほかの自動車メーカーのグリーンとは深みが違うと思ってしまうあたりにも、“ブランド補正”が働いているのだろうか。
なにしろ、1960年代にはポール・マッカートニーもミック・ジャガーもジェームズ・ボンドもアストンマーティンの「DB5」や「DB6」に乗っていたわけで、故エリザベス女王がチャールズ皇太子(当時)の21歳の誕生日にプレゼントしたのもアストンマーティンDB6だった。にわかセレブとは違う、本物のセレブリティーが愛したのがアストンマーティンであり、最新モデルにも後光がさして見えるのはやむを得ないだろう。
といった具合に、1913年の創業以来、ブリティッシュサラブレッドの称号をほしいままにするアストンマーティンは、ステアリングホイールを握る前からさまざまな感情が湧いてくる特別なブランドだ。SUVの「DBX707」とともに、現在のアストンマーティンの主力販売モデルであるヴァンテージがマイナーチェンジを受け、いよいよ日本への導入が始まった。
まずは、車両の周囲をぐるっとまわって、外観上の変更点をチェックする。一番大きく変わったのはフロントマスクで、まずラジエーターグリルの開口部の面積が38%拡大されている。同時に、グリルの両脇にエアインテークが追加され、これに伴い全幅も30mm広げられている。
ガバチョと大きく口を開けるようになったのは精悍(せいかん)な雰囲気を演出するためではなく、最高出力が510PSから665PSへと大幅に強化されたメルセデスAMG製の4リッターV8ユニットをしっかり冷やすためである。
エクステリアのデザインについてアストンマーティンは、「スーパーカーの『One-77』からインスピレーションの一部を得た」とコメントしているけれど、実際、マイチェン前よりもかなり尖(とが)った雰囲気になっている。
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混雑した都心でもストレスなし
乗り込んでドライバーズシートに腰掛けると、そこにはラグジュアリーとスパルタンが融合した、新しい世界が広がっていた。カーボンを多用したインテリアは、レーシーな雰囲気でありながら、同時にレザーとウッドの時代とは異なる、ぜいたくな印象も伝える。
アストンマーティンが創業した頃は、モータースポーツとは新しいモノが好きなやんごとなき身分の人々の趣味だったわけで、ラグジュアリーとスパルタンの融合は十八番なのだろう。
もうひとつ、クラシックとモダンも融合していて、空調やオーディオの機械的なスイッチ、ダイヤルを数多く残す一方で、スマホとの連携や音声操作といったデジタル技術の分野でもしっかりとキャッチアップしている。
V8エンジンを始動して、まずはそろりそろりと控えめに走りだす。そろりそろりと走りだしての第一印象は、足並みがそろっているというもの。さすがはサラブレッド、4本の脚が地面を蹴る振る舞いが、整っている。フロントが275/35ZR21、リアに325/30ZR21というぶっとくて薄っぺらいタイヤを履いているのが信じられないほど、乗員に伝わる動きがスムーズだ。
がっちりとしたボディーとよく動くサスペンションに加えて、専用開発されたというミシュランの「パイロットスポーツS 5」タイヤも貢献しているように感じる。
着座位置は低いけれど、斜め後方の死角の存在もほとんど感じないし、車幅の感覚もつかみやすいから、混雑した都心もストレスなく走ることができる。
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心身へのほどよい刺激
ただし、もちろん渋滞をストレスなく走ることがこのクルマの本分ではない。高速道路では、余裕あるパワーと快適な乗り心地の組み合わせから、グランドツアラーとしての優れた資質を見せる。といってもただ安楽なだけではない。車線変更の刹那(せつな)に感じる、ステアリングホイールにほんのわずかに力を加えたときの心地よいシャシーの反応や、繊細で微妙なアクセルワークにもきっちりと追従するパワートレインのおかげで、常に高揚感と緊張感を覚えながらドライビングできる。
東京から名古屋ならあっという間、東京から京都だともうちょっと運転したいという物足りなさが残り、東京-大阪ぐらいでやっとおなかいっぱい、という感じだろうか。
V8ユニットは、ドライブモードによっては美爆音を轟(とどろ)かせるけれど、温和なモードでクルージングしているならば静かでスムーズ。試乗車にはオプションのBowers & Wilkinsのサウンドシステムが備わっていて、当初はV8のエキゾーストノートが自慢のヴァンテージと高級オーディオの組み合わせに「?」マークが浮かんだけれど、いざ乗ってみると納得。音楽を楽しみながら、洗練された乗り心地に身を委ねるという楽しみ方もできるクルマだ。
タウンスピードで感じた乗り心地のよさは、高速巡航ではさらにフラットさを増して好ましいものになる。単に安楽に移動できるモデルよりも、心身にほどよい刺激を入れながら楽しく走れるこういうクルマのほうが、長距離移動には向いているようにも感じる。
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唯一無二のドライブフィール
ドライブモードをスポーティーなモードにセッティングして、具体的にはイイ音と好レスポンス、ビシッとした引き締まった足まわりに変更してワインディングロードを走ると、ボディーがぎゅぎゅっとふたまわりくらいコンパクトになったような錯覚に陥る。身のこなしは俊敏で、ライトウェイトスポーツカーのようにスパッと曲がり、思い描いた理想のラインをトレースしてくれる。
ただし、市街地や高速道路で感じた足並みがそろっている感じが失われることはない。やんちゃな若造ではなく、酸いも甘いもかみ分けた老練な武道の達人のように、洗練された身のこなしでコーナーを攻略する。
そしてコーナーを攻めれば攻めるほど、これはすごい、と感心することになる。なにがすごいのかというと、自分がハンドルを握って感じるスリルや興奮と、絶対に大丈夫だという安心感が矛盾することなく両立している点だ。強固なボディー、前後50:50という理想的な重量配分、高度な電子制御システムなどなど、さまざまな要素が丁寧に組み合わされて、唯一無二のドライブフィールを実現している。
ラグジュアリーとスパルタン、クラシックとモダン、スリルと安心感といった両極にあると思えるものが、極めて高いレベルでバランスしているのが、このクルマの真骨頂。それを言っちゃあおしまいかもしれないけれど、このあたりに自動車メーカーの伝統が表れるのか。
いやいや、ただ「昔の名前で出ています」というわけではなく、F1やWECなど、世界最高峰のモータースポーツに挑み続けている先進性があるからこそ、伝統が生かされるのだろう。ブリティッシュサラブレッドは、常にアップデートを続けているのだ。
(文=サトータケシ/写真=花村英典/編集=櫻井健一/車両協力=アストンマーティン ジャパン)
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テスト車のデータ
アストンマーティン・ヴァンテージ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4495×1980×1275mm
ホイールベース:2705mm
車重:1745kg
駆動方式:FR
エンジン:4リッターV8 DOHC 32バルブ ツインターボ
トランスミッション:8段AT
最高出力:665PS(489kW)/6000rpm
最大トルク:800N・m(81.6kgf・m)/2750-5000rpm
タイヤ:(前)275/35ZR21/(後)325/30ZR21(ミシュラン・パイロットスポーツS 5)
燃費:12.1リッター/100km(約8.3km/リッター、欧州複合モード)
価格:2690万円/テスト車=--円
オプション装備:インフォテインメント<Bowers & Wilkinsオーディオシステム>/カーボンセラミックブレーキ/センタートリムインレイ<サテン2×2ツイルカーボンファイバー>/カラードキャビンカーペット/Qペイント<アストンマーティンレーシンググリーン2022>/フロントグリルスタイル<ブラックベーン>/ロワーピンスクリプト<リップスティック>/ヘッドライニング<カラードアルカンターラ>/IPロワートリムインレイ<サテン2×2ツイルカーボンファイバー>/カーボンファイバーパフォーマンスシート/ルーフ<グロス2×2ツイルカーボンファイバー>/プレゼンティングドアハンドル/ステッチ<コントラスト>/ヒーター付きスポーツステアリングホイール/テールランプ<スモーク>/アッパーエクステリアパック<グロス2×2ツイルカーボンファイバー>/ロワーエクステリアパック<グロス2×2ツイルカーボンファイバー>/インテリア<モノトーンアクセル>/IPアッパートリムインレイ<サテン2×2ツイルカーボンファイバー>/ホイール<21インチ5スポークフォージドサテンブラック315>
テスト車の年式:2024年型
テスト開始時の走行距離:6928km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(3)/高速道路(6)/山岳路(1)
テスト距離:265.5km
使用燃料:33.0リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:8.0km/リッター(満タン法)/7.6km/リッター(車載燃費計計測値)

サトータケシ
ライター/エディター。2022年12月時点での愛車は2010年型の「シトロエンC6」。最近、ちょいちょいお金がかかるようになったのが悩みのタネ。いまほしいクルマは「スズキ・ジムニー」と「ルノー・トゥインゴS」。でも2台持ちする甲斐性はなし。残念……。
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