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偉大なる自動車人フェルディナント・ピエヒが死去
フォルクスワーゲングループを率いた巨人の足跡を思う

2019.09.09 デイリーコラム 河村 康彦
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敏腕エンジニアにして希代の経営者

今や“世界最大の自動車メーカー”として紹介されるドイツのフォルクスワーゲン(以下、VW)グループ。1993年にVWの社長に就任して以来、長年にわたりその船頭役を務めてきたフェルディナント・ピエヒ氏が、去る2019年8月25日に82歳で亡くなった。

VWの社長就任以前から、アウディの「クワトロ」と呼ばれる4WDシステムや、直列5気筒のエンジン、オールアルミボディーなど、ユニークなアイテムの開発を次々に手がけた敏腕エンジニアとして名を知られ、さらにはベントレーやブガッティ、ランボルギーニなど、欧州の名門ブランドを次々と手中に収めることで現在の“VW帝国”へと続く道筋をつけた、希代の経営者しても評価された。

「ポルシェ創業者で、初代“ビートル”の生みの親でもあるフェルディナント・ポルシェの孫」という血統のよさと、前述のような優れた技術者としての功績がたたえられる一方で、2015年に監査役会会長を退任するまでの、20年以上に及ぶVWの最高権力者としての在任期間中には、強権的で独裁的な仕事のやり方に対するネガティブな声が、幾度となく聞こえてきたのもまた事実である。

とはいえ、私個人にとっては、彼の経営の手法に関する評価はいずれも伝聞として聞こえてきたにすぎない。フランクフルトをはじめとする海外ショーなどで姿を目にした経験はあるものの、当方にとってのピエヒ氏とは、あくまでも「時に夢のようなアイデアを実現させた、すごいエンジニア」だった。

フェルディナント・ピエヒ(1937-2019)
フェルディナント・ピエヒ(1937-2019)拡大
祖父のフェルディナント・ポルシェ(中央)や、いとこのフェルディナント・アレクサンダー・ポルシェ(左)と語らう、幼少期のピエヒ(右)。
祖父のフェルディナント・ポルシェ(中央)や、いとこのフェルディナント・アレクサンダー・ポルシェ(左)と語らう、幼少期のピエヒ(右)。拡大
アウディにおいて、後に「クワトロ」と呼ばれる4WDシステムを初めて手がけたのもピエヒだった。
アウディにおいて、後に「クワトロ」と呼ばれる4WDシステムを初めて手がけたのもピエヒだった。拡大
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革新的なアイデアを次々に実現

ものの本をひもとけば、そんな氏は大いなる“戦うクルマ”好きでもあって、例えば「ポルシェ906」や「907」、そして名車中の名車である「917」等々、チューリッヒ工科大学卒業後に最初に入社したポルシェでは、数々のレーシング・マシンを手がけていたことが分かる。舞台はサーキットに限らず、1972年に移籍したアウディでは、技術開発部門のトップとして4WDシステム「クワトロ」を搭載したマシンをラリーに送り込み、一大旋風を巻き起こしたこともつとに有名だ。

一方、戦いの舞台を“燃費”へと移して周囲を驚かせたのが、2002年に発表した「L1」と呼ばれる燃費スペシャルカーだった。“ピエヒ氏肝いり”の作品ゆえに、それが見せかけだけのコンセプトモデルなどでないのは当然。何しろ氏は、CFRP製のボディーに直噴単気筒のディーゼルエンジンを搭載した、車両重量わずかに290kgというこの奇妙なキャノピーハッチドア付きのタンデム2シーターカーで、本社工場のあるウォルフスブルクから株主総会が開催されるハンブルクまでのアウトバーンを含む約230kmの行程を、わずか2.1リッターの軽油だけで走り切るというデモンストレーションを敢行したのだ。

さらには、L1のコンセプトを踏襲しつつ、そこで得られたノウハウを元にパワーユニットをプラグインハイブリッドシステムへと変更したり、2座のシートレイアウトをオフセットさせた横並び式へと改めたりした「XL1」というモデルを開発し、台数限定とはいえ市販にこぎつけて見せた。

1969年のジュネーブモーターショーにおいて、世界初公開された「ポルシェ917」を前に、レーシングドライバーのゲルハルト・ミッターと談笑するフェルディナント・ピエヒ(右)。
1969年のジュネーブモーターショーにおいて、世界初公開された「ポルシェ917」を前に、レーシングドライバーのゲルハルト・ミッターと談笑するフェルディナント・ピエヒ(右)。拡大
「L1」を運転するピエヒ。彼は自らL1のハンドルを握り、ウォルフスブルクからハンブルクまで走るというデモンストレーションをやってみせた。
「L1」を運転するピエヒ。彼は自らL1のハンドルを握り、ウォルフスブルクからハンブルクまで走るというデモンストレーションをやってみせた。拡大
2013年に登場した「XL1」。重量と空気抵抗を徹底的に抑えたカーボン製のボディーに、2気筒ディーゼルエンジンと最高出力20kWの電動モーター、容量5.5kWhのリチウムイオンバッテリーからなるプラグインハイブリッド機構を搭載したモデルで、250台の台数限定で販売された。
2013年に登場した「XL1」。重量と空気抵抗を徹底的に抑えたカーボン製のボディーに、2気筒ディーゼルエンジンと最高出力20kWの電動モーター、容量5.5kWhのリチウムイオンバッテリーからなるプラグインハイブリッド機構を搭載したモデルで、250台の台数限定で販売された。拡大

「フォルクスワーゲン・ルポ」に宿るピエヒ氏の思い

しかしながら、個人的にそうした“特別なモデル”以上にピエヒという人物が身近に感じられたのは、1998年に登場した今はなき「フォルクスワーゲン・ルポ」である。「100kmの距離を3リッターの燃料で走る」ことに由来する「3L TDI」と名付けられたバージョンは明らかに“ピエヒのコミットメント”を実現させた一台だった。一方、当方が“ドイツ置き去り”で所有し、ヨーロッパの道をトータル8万kmほど走破するに至った「ルポGTI」は、それとは別のベクトルで、より“ピエヒらしさ”が充満するモデルだった。

一見、普通のコンパクトカーでありながら、軽量化のためにフロントフードやフェンダー、ドアをアルミ化。ヘッドライトは明るいバイキセノン式で、メータークラスターは専用デザイン。スチール製のリアフェンダーも、よく見れば張り出し量を増大させた専用のもの……と、兄貴分である「ゴルフ」譲りの心臓を、これも専用の6段MTと組み合わせて“1t切り”のボディーに載せたこのモデルは、「これでもか!」というほどにコストのかかった中身の持ち主だったのである。

そんなルポGTIを、明確に“ピエヒ氏の肝いり”と示す確証がどこかにあるわけではない。ただ、氏の社長就任が1993年であることからすれば、2000年デビューというタイミングはドンピシャだし、何よりも、前述のスペックを見れば、それはまさに“ピエヒの夢”ではないか。

振り返れば、自分にとってのルポGTIとは、まさにフェルディナント・ピエヒ氏そのものだったのかもしれない。だからこそ、あらためて「偉大な自動車人が亡くなってしまった」という実感もひとしおなのである。

(文=河村康彦/写真=アウディ、フォルクスワーゲン、ポルシェ/編集=堀田剛資)

スウェーデン・イエテボリで開催されたイベントにて、「フォルクスワーゲン・ルポ3L TDI」とフェルディナント・ピエヒ。(1999年)
スウェーデン・イエテボリで開催されたイベントにて、「フォルクスワーゲン・ルポ3L TDI」とフェルディナント・ピエヒ。(1999年)拡大
同グレード専用の軽量ボディ―に1.2リッターディーゼルエンジンを搭載した「ルポ3L TDI」。「3リッターの燃料で100km走れる」という燃費性能が特徴だった。
同グレード専用の軽量ボディ―に1.2リッターディーゼルエンジンを搭載した「ルポ3L TDI」。「3リッターの燃料で100km走れる」という燃費性能が特徴だった。拡大
あらゆる箇所に専用アイテムがおごられたホットハッチ「ルポGTI」。走りも期待にたがわぬもので、最高速は「6速でレブリミッターに当たるポイント」に設定されていたので、何度測ってもピタリ212km/h(GPSで確認済み)。ニュルに持ち込むと2周でブレーキが“終わる”ことには閉口したものの、5周回数券を何度も買って、しつこく走り回ったものだ。
あらゆる箇所に専用アイテムがおごられたホットハッチ「ルポGTI」。走りも期待にたがわぬもので、最高速は「6速でレブリミッターに当たるポイント」に設定されていたので、何度測ってもピタリ212km/h(GPSで確認済み)。ニュルに持ち込むと2周でブレーキが“終わる”ことには閉口したものの、5周回数券を何度も買って、しつこく走り回ったものだ。拡大
 
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河村 康彦

河村 康彦

フリーランサー。大学で機械工学を学び、自動車関連出版社に新卒で入社。老舗の自動車専門誌編集部に在籍するも約3年でフリーランスへと転身し、気がつけばそろそろ40年というキャリアを迎える。日々アップデートされる自動車技術に関して深い造詣と興味を持つ。現在の愛車は2013年式「ポルシェ・ケイマンS」と2008年式「スマート・フォーツー」。2001年から16年以上もの間、ドイツでフォルクスワーゲン・ルポGTIを所有し、欧州での取材の足として10万km以上のマイレージを刻んだ。

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