第600回:ボルボ好調の秘訣は“戦う相手を選ぶ”こと 新型「S60」のディーラー向け研修に潜入取材
2019.11.06 エディターから一言 拡大 |
いよいよ日本での販売が始まったボルボの新型ミドルサイズセダン「S60」。今回は発売に先駆けて行われた、ディーラー向け研修会に潜入取材。S60の魅力を顧客に伝えるための伝道師=エヴァンジェリストになるための道のりをリポートする。
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まずはクルマの出来栄えをチェック
ボルボから新型S60に関するイベントの案内が届いた。千葉県にある袖ヶ浦フォレストレースウェイが会場だという。発表前のモデルは公道で乗るわけにはいかないので、クローズドコースで試乗会が開催されることが多い。今回もそれかと思ってスケジュール表を見たら、妙な項目がある。【座学研修風景撮影等】――何だ、それ?
S60導入にあたっての、ボルボ社内での研修会を取材してほしいということらしい。主役は全国からやってきた販売店の店員で、われわれはこっそり参加させてもらうのだ。何が行われるのかよくわからないが、せっかく新型車に乗れるというのでさっそうとサーキットに赴いた。
用意されていたのは「T4モメンタム」「T5インスクリプション」「T6 Twin Engine AWDインスクリプション」の3グレード。外周コースを使っての試乗である。加速性能や中高速でのコーナリング、制動性能などを試してほしいという。裏ストレートには30m間隔でパイロンが置かれていて、スラロームテストも行える。S60はサーキット走行を想定したクルマではないから、日常使いでの運動性能や乗り心地を体験するためのコース設定だ。
大切なテスト車なので安全運転に徹したが、S60の素性のよさは伝わってきた。ハンドリングは素直で、タイトな1コーナーもスムーズにクリアできる。スラロームは適度にロールしながらリズミカルに抜けられた。T4はエンジン回転を上げて勇ましく走行し、プラグインハイブリッドのT6は静かで高級感のある走り。最量販グレードになることが予想されるT5はバランスのとれた仕上がりである。
助手席の同乗走行も体験した。プロのドライバーが運転するが、限界を試すようなことはしない。最高速はせいぜい120km/hほどで、基本性能を確認するにとどめる。顧客に説明するのに必要なデータを得ることが大切なのだ。
敵を知り己を知れば……!?
全12台(プラス予備2台)のS60のほかに、ボルボ以外のクルマも並べられていた。比較対象として他ブランドのモデルにも乗ることができるのだ。輸入車では「メルセデス・ベンツCクラス」「アウディA4」「BMW 3シリーズ」など、国産車では「レクサスES」「トヨタ・クラウン」「トヨタ・カムリ」「日産スカイライン」がチョイスされていた。いずれもレンタカーだが、スカイラインだけは話題の「プロパイロット2.0」搭載車が借りられなかったので、わざわざ購入したそうである。
これらのモデルは、ボルボがS60のライバルに位置づけているということなのだろう。敵の情報を知っておけば、商談で必ず役に立つ。参加者の感想はスマホのアプリで即座にアップロードされ、集計されたデータに全員がアクセスできるようになっている。体験を共有することで、情報の正確さを向上させる狙いがあるわけだ。
ピットの建物では座学研修の真っ最中だった。テーマとして掲げていたのは、「SUV全盛の時代になぜセダンなのか」。ボルボはSUV路線を強めているように見えるので、S60はややトレンドから外れた存在とも言える。
「セダンの優位性はまずスタイルがいいこと、フォーマルで伝統的な形であること。そして運転が楽しいことです」。S60はデザインで顧客を引きつけることができ、試乗してもらえば走りのよさをわかってもらえるというのが講師の主張である。
「セダンのオーナーが理想としているのは2ドアスポーツクーペ。それは、BMW 3シリーズでもクラウンでも同じです。ライフステージの変化でクーペというわけにはいかなくなっても、重心の高いSUVやミニバンはイヤだという方が多いのです」
S60はスタイルの評価が高いので、ドイツ御三家の競合モデルにも十分に対抗できると自信満々だ。講師が提案するのは「違いのわかる男・女作戦」。「スウェディッシュ・パワフル・ダイナミック・セダン」の魅力をアピールすれば、運転が好きで北欧デザインを好む45~55歳のターゲットカスタマーは必ず応えてくれる。ダークスーツ姿の参加者たちは、真剣な表情で黙々とメモをとっていた。
一緒にボルボを支えるという気持ち
この日は約100人が参加。土日を除いて3週間ぶっ通しで開催し、全国から合計1500人がやってくることになっている。ボルボがこの催しを重視していることの表れが、ボルボ・カー・ジャパンの木村隆之社長が姿を見せていたことだ。連日ではないが、時間があれば足を運んでいるという。研修会の意義について、話を聞くことができた。
「私が社長に就任してから毎年やっていて、5年間で5回目の開催です。九州とか北海道の販売店から来てもらうのは大変ですから、地方での公道試乗も行っていますよ。コストはかかりますが、それだけの意味があります」
テレビCMに2億円かけるより、その半分以下のコストで確かな実感を持てるという。研修会を行ったことで売り上げが何%向上……というような数字的な効果が表れるわけではないが、販売員に自信が芽生えて一緒にボルボを支えるという意欲が生まれるのだ。
「(販売店の)従業員の意識改革というのは重要なファクターですね。店長クラスには、地域ではあなたがミスター・ボルボなのだと話しています。クルマの販売は、ある意味宗教の布教活動のようなところがありますから(笑)、一人ひとりがモチベーションをアップして、エバンジェリスト、伝道師になることが目標ですよ」
理想と現実はきっちり分ける
競合車もそろえて試乗しているのは、S60との違いを知るため。全員が全車種に試乗し、長所と短所を自ら体感することが重要なのだ。耳からの知識だけでは戦えない。
「他ブランドから移行する顧客が増えていますから。3ブランドぐらいで迷う方が多いですね。うちのブランドだけというのは4割で、比較検討される方が6割ほど。その際に、よそのクルマをけなすのはいけません。アウディと迷っておられるなら、アウディはこういうところがいい、でもうちはこうだ、と話します。違いを説明できることが大切なんです。私もサーキットで走ってみて、BMWはやっぱり楽しいなあと思いましたよ。ただ、ステアリングホイールはちょっと太すぎるかも(笑)」
ライバルのよさを素直に認めるからこそ、ボルボの強みを語る時に説得力が生まれるのだ。ボルボの優位性とは、もちろん安全である。
「他メーカーも安全をアピールしていますが、ボルボのユニークさはよそと差別化するためではないというところ。事故を減らしたいと本気で考えていることから生じた思想です。それで、ずっと昔から安全性の強化に努めてきました。規制に合わせようという考えではありません。幸いなことに、その姿勢は日本の顧客にも認知されていますね」
万全な準備でS60を売り込む体制は整った。ドイツ勢に真っ向勝負を挑むのかと思ったら、それはちょっと違うらしい。
「ドイツ車は気にするなと言っています。コアなユーザーさんが多いので。メルセデス・ベンツ、BMWを相手にするのは難しいですね。アウディのお客さまは少し取れるかもしれないけど(笑)。国産のラージセダンからの乗り換えは期待できますね。輸入車と国産の垣根は崩れてきました。クラウンが月間3000台売れるとしたら、うちはその1%でも2%でも取れればいいんです」
確かに、宗教という意味ではドイツ車は圧倒的に強い。試乗車を用意して研究はするが、無謀な突撃で消耗することは避けるのだ。理想を語りながら、現実的な方法論を採用する。ボルボの好調さは、こういうしたたかな戦略に支えられているのかもしれない。
(文=鈴木真人/写真=三浦孝明/編集=藤沢 勝)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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