第630回:クルマのダッシュボードから時計やカメラまで デザインの「回帰志向」の裏にあるもの
2019.11.15 マッキナ あらモーダ!初代「レパード」のほうが衝撃大?
日本の女性誌に「男子に聞く、デートで着てほしくない女子のファッション」という内容の記事があった。その中で笑ってしまったのは「ベレー帽」だ。理由は「『ジャイ子』のようだから」だという。
筆者の感覚では、ベレー帽はさして問題のあるものではないように思う。いっぽう、その記事にはなかったが、相手が着てきたら当惑するであろうものは「ヒッピー風ファッション」だ。イタリアで近年、ファッション誌にたびたび登場する装いだが、それを見るたび1970年代初頭にコメディアンのハナ肇が扮(ふん)していた「アッと驚く為五郎」を思い出してしまう。時代は繰り返す。
閑話休題。皆さんは、最近の新型車のインテリアを見て「どこか懐かしい」と感じたことはないだろうか。今回は、自動車のダッシュボードにおけるデザインの「回帰志向」に注目したい。
最新の日本ブランド車でそれを感じた一台は「マツダ・マツダ3」(2019年-)の運転席である。ステアリングの3本スポークとともに、ホーンパッドの存在感が際立つ。加えて、ATセレクターレバーのステッチ入りシフトブーツも古典的だ。
マツダ3以前から、同社の「鼓動(こどう)デザイン」シリーズには、ステアリングのデザインやセレクターレバー、車種によっては円形のエアコン吹き出し口まで、古典的ともいうべきものを感じる。特に写真で示した2017年のコンセプトカー「ヴィジョン クーペ」の運転席の各パーツは極めて古典的で、実車を見た筆者はソナタ形式の音楽を聴いているような心境になったものだ。
2018年にマツダデザインの幹部の方にそのステアリングについて伺ったところ、それは意図したものであるということを教えてくれた。
インテリアデザインの回帰志向が最も顕著に現れているのは、現行「日産リーフ」(2017年-)だろう。初代のそれがフューチャリスティック(未来的)感覚にあふれたものだっただけに、2代目での変容はインパクトがあった。こちらもマツダ3以上に、3本スポーク+ホーンパッドのデザインが1970年代的に映る。
加えて、空調コントロールパネルのデザインも、最先端という印象は伝わらない。40年近く前の初代「日産レパード」および「レパードTR/X」(1980-1986年)のダッシュボードを最初に目にしたときのほうが、衝撃が大きかったといえる。
日本車だけではない。ヨーロッパの高級車でもその傾向は見られる。ロールス・ロイスのステアリングスイッチ類は、明らかに戦前車の点火時期調節レバーを意識した形状である。
薄い時計と「コンタックスT2」
回帰志向を語るうえで、クルマと近似したものを挙げるなら「腕時計のデザイン」だろう。
かつて、腕時計は薄さを競っていた。1960年代に登場したモバードの「ミュージアムウオッチ」は、その典型である。それ以外のブランドでも、1980年代から90年代初頭にかけては、現在のラインナップからは想像できないほど、薄型の時計が多く見られた。今日では泣く子も黙るウブロでさえ、薄いケースのクオーツを製造していた。自動車好きにファンが多いポルシェデザインも、当初の時計コレクションには、今よりも薄さを強調したものが見られた。
その後、多くの海外時計ブランドは、機械式を主流とすることでマーケティングにおける日本ブランドとの差異性を求めたこともあり、年を追ってケースを厚くしていった。同時に、より回帰志向といえるデザインのプロダクトが現れるようになり、現在に至っている。
カメラも同じである。好例は「コンタックスT2」(1990年-1998年)だろう。オートフォーカスを備えたそれは、高級コンパクトカメラという新しいニーズを掘り起こした。だがデザインを観察すると、先代であるマニュアルフォーカスの「コンタックスT」同様、ボディーに対する沈胴レンズやファインダーの比率が小さいところは、どこか蛇腹式時代のカメラを思わせたものだ。
不安からの逃避
これら自動車、時計、カメラのデザインにおける「回帰」を考えていると、ヨーロッパの歴史と似通っていることが分かる。
ヨーロッパの美術界では18世紀半ばから19世紀初めにかけて「新古典主義」が広がる。ギリシアやローマの古代芸術への回帰を試みたそれは、18世紀前半まで隆盛を誇っていた、宮廷に支えられたバロック芸術に対する、いわば反動であった。フランス革命の影響で、既存のあらゆる価値観が揺れ動いていた時代でもあり、作家も鑑賞者も、古典によりどころを見いだすことで、心の平静を求めていたのである。
回帰は19世紀末から20世紀の工業化社会においても見られる。山崎正和著『装飾とデザイン』では、シンガー製ミシンに花模様が描かれていることを指摘し、まだ家庭において機械というものになじみがなかった時代のものであることを説明している。ミシンという無機質な機械に加えられた花模様は、家庭の風景への融合を促すとともに、人々の機械に対する拒否反応を緩和したと考えられるのだ。
この2例が示す通り、デザインの古典回帰は、不安を緩和したいという欲求の表れであるということだ。
先に書いた時計の場合は、日本が先導したクオーツがこれからどう進化するかわからない時代——当時はソーラー式も電波式も登場していなかった——の不安を回避するものであったと捉えることができる。
カメラのケースは、コンタックスT2が登場した時代を、幸い筆者も体験している。当時は、コンパクトカメラから始まったオートフォーカス化が「キヤノンEOS」といった一眼レフにまで及び始めており、この先カメラがどのようになっていくのかが不透明な時代だった。そうした中、従来のカメラファンに、一種の安堵(あんど)感をもたらしたのがT2だった。T2は現代の若者によって再発見されていると聞くが、当時は筆者よりも年上のオジサンたちにとって、注目の存在だった。
そうした思考過程を踏むと、本欄でも以前取り上げたカシオの廉価な腕時計=通称“チプカシ”についても、人気の理由を説明できる。
「Apple Watch」を始めとするスマートウオッチは将来どのように進化していくのか、自らの生活の中にどう取り込んでいけばいいのか。いまだ分かっていない。
そうした中、シンプルなカシオのデジタルウオッチは、人々、特にその誕生当時を知らない世代にとって新鮮であるとともに、その1980年代っぽさが心の平安をもたらすのである。
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「ビートル」の花瓶もきっと
自動車に話を戻そう。
前述したダッシュボードデザインの回帰志向を未来の人々はどう見るか? 1886年の実用的なガソリン車誕生以来といわれる自動車業界のビッグバンを迎えようとしている中で起きた、ユーザーの心の平静を保つためのいちムーブメントとみなされるだろう。
レベル5自動運転コンセプトカーの内装の大半が、家庭のリビング感覚を目指しているのもしかり。新たなモビリティーに対する不安を緩和するための極めて有効な手段である。すべては歴史の繰り返しなのである。
そうしたことをしたためていて、ふと思い出したのは、「フォルクスワーゲン・タイプ1(ビートル)」だ。多くの人々が陶器製の花瓶を取り付け、花を挿した。あれも、機能主義むき出しのビートルに戸惑った人々が、少しでも心の平静を保つために行った、無意識のうちのふるまいだったに違いない。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA、日産自動車、マツダ/編集=藤沢 勝)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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