アウディA8 55 TFSIクワトロ(4WD/8AT)
気づかせないのがすごい 2019.12.16 試乗記 最新のAIアクティブサスを搭載したアウディの旗艦「A8」に試乗。20以上ものセンサーを用いて路面を先読みし、ラグジュアリーカーの滑らかな乗り心地からスポーツカーのような引き締まったハンドリングまで幅広い走行特性を実現するという足まわりの仕上がりは?モータースポーツ由来の技術
初めて“アクティブサスペンション”という言葉に触れたのは、1990年代前半のF1でのお話だった。いや、それ以前にも耳にしたり目にしたことはあったのだが、強烈に意識させられたのは、1992年だった。
アクティブサスを備えたウィリアムズのマシンが、圧倒的な速さを見せつけながらコンストラクターズとドライバーズのダブルタイトルを獲得したからだ。16戦で10勝、ポールポジションを逃したのは1回だけ。アクティブサスって何? と思わせられるのは当然だろう。
F1マシンにアクティブサスを導入するという着想は、主としてエアロダイナミクスの性能を高めようとするところから始まったといっていいだろう。車体の下面と路面との隙間を常に一定に保つことで、強力なダウンフォースを得るとともに車体の姿勢を安定させ、スピードと安全性を両立させようという考え方だ。
最初に採用したのはロータスで、速度や加速度、路面からの入力などのデータを元に油圧式アクチュエーターをコンピューター制御するという方式。
一方のウィリアムズは、コースレイアウトや路面の状態、縁石幅や高さなどを事前に徹底的にリサーチ、サスペンションの動きをプログラミングしておき、特定の場所で定めたとおりに作動させる、という方式。ライン取りが常に一緒ならば必要となる動きも一緒、という発想だ。周回ごとに誤差をリセットしたり、オーバーテイクや外乱などで位置関係がズレたときに翌周まで作動をキャンセルしたりする機能はあったそうだけれど、まさしく隔世の感、である。
アクティブサスが走りを変える
そんなことをふと思い出したのは、アウディA8のアクティブサスペンション仕様を走らせたからだ。F1での話に前後して、日本車でも1989年に「トヨタ・セリカ」や「インフィニティQ45」が、1991年には「トヨタ・ソアラ」がアクティブサスを採用して話題になった記憶があるのだが、当時駆け出しだった僕には試乗の機会が巡ってこなかったから、追憶がいきなり妙な方向に飛んじゃったのである。
でも、おそらく当時のアクティブサスの乗り味を知っている人であっても、追憶の世界とは隔世の感、であるに違いない。
アウディの「プレディクティブアクティブサスペンション」は、現時点における最も進んだシステム、といっていいだろう。“プレディクティブ”とは“予測”の意味。量産車としては世界で初めて搭載されたレーザースキャナーのほか、ミリ波レーダーやカメラ、超音波ソナーなど20を超えるセンサーを用いて自車周辺の路面状況を識別し、その凹凸などに応じてサスペンションのストロークをアクティブ制御していくシステムだ。
似たような考え方を元にした仕組みは他にもあるが、アウディのこれは油圧や可変ダンパーではなくエアサスペンションとの組み合わせであり、マイルドハイブリッドシステムでも用いられる48V電源からパワーが供給される、いわば電動アクティブサスともいうべきものだ。
4輪それぞれにひとつずつ電動アクチュエーターとして機能するモーターが備わっていて、演算情報を反映した最適な制御でエアサスペンションに介入、車体のコントロールを行う。それぞれのホイールは個別に、そして0.5秒以内に最大85mmの上げ下げが可能だという。
キャビンは常にほぼ水平
クルマに乗り込もうとしてリモコンキーでロックを解除すると、車高がスッと上がってお出迎えをしてくれた。ジワ〜ッとじゃなくて、まさしくスッと。シートのヒップポイントを数cm上げて乗り込みやすくするための動きだ。
サービスがいいなぁ……と思いながら走りだしてみたわけだが、最初のうちはサスペンションがアクティブに動いてくれているのかどうか、全くわからなかった。ただただ滑らかで快適。しなやかで柔らかくて包容力のある乗り心地、という印象だった。フラッグシップサルーンにふさわしい、非常に心地のいい乗り味なのだ。が、コーナーを3つ4つクリアしたあたりで「……んっ?」、速度域を上げてみて「……えっ?」と感じるものがある。あらかじめ申し上げておくけれど、嫌な意味ではなく、あくまでもいい意味で、だ。
それまでは走行モードを「オート」にして走っていたのだが、「コンフォートプラス」へと切り替えてみる。先の心地のいい乗り味がこのモードに由来するものだということは、言うまでもなく即座に理解できる。そして注意して走っていたら、先ほどの「……んっ?」の理由が徐々にわかってきた。
水平、なのだ。うねりやカーブが続くような場所に踏み込んでいっても、一瞬傾いて即座に戻って……という車体の動きがほとんど感じられず、体がほとんど揺さぶられない。コーナーを曲がっているときのロールもほとんど感じられず、軽い横Gがあるのみ、というような感覚。乗員のための車内空間は常にほぼ水平を保っている、としか思えないのだ。
後でコーナリングシーンを撮影してくれたカメラマンに聞いたところによれば、曲がっているときの車体はコーナーの外側が沈むのではなくて持ち上がっているように見えて不思議な感じ、ということだった。これがまさしくアクティブ制御のたまものなのだろう。
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裏方に徹するハイテク
そしてモードを「ダイナミック」に切り替えてワインディングロードに突入してみたわけだが、硬さは全くないのに明らかにロールが少ない。それにオン・ザ・レールといっていいくらい、気持ちよく正確に曲がってくれる。そのフィールは速度域を高めていっても終始変わることなく、全長5.2m、ホイールベース3m、車重2tの巨体であることなど全く感じさせず、クルリクルリと気持ちよく旋回させてくれたのだ。
今回の試乗車にはプレディクティブアクティブサスペンションだけではなく、アクティブサス同様にオプション設定される、可変ギアレシオに4WSを組み合わせた「ダイナミックオールホイールステアリング」が備わっていたし、アウディのお家芸である4WDの「クワトロ」システムとマイルドハイブリッドの組み合わせだって持っている。おそらくそれらすべての制御が巧みに連携しているからこそなのだろうけれど、A8のハンドリングの素晴らしさとコーナリングのマナーのよさにはただただ恐れ入るばかりだった。
でも、最も驚くべきなのは、シャシーのそうした一連の動きや流れが気がつかないくらい自然に、シームレスに移行しているということだろう。縁の下でクルマがすごいことをしていることが露骨に伝わってくることがないのだ。繰り返すが、どのパートがどのタイミングで作動するなどといったことは全く感じ取れない。正直に言えば僕だって、例えばアクティブサス付きだということをあらかじめ知らされていなければ、もしかしたら「めちゃくちゃよくできたクルマだなぁ」で終わっていたかも知れない。すごいことに気づかせないというところが、またすごい。
今回の試乗車である「55 TFSIクワトロ」は、最高出力340PS/最大トルク500N・mの3リッターV6ターボエンジンに48Vマイルドハイブリッドシステムが組み合わされている。すでに定評のあるこのパワーユニットに対する不満を耳にしたことはないし、僕自身も力不足を感じることはなく、気持ちいいな、と素直に思えたことを付け加えておこう。本当に付け足しみたいになっちゃったけれど。
55 TFSIクワトロの価格は1172万円。オプションのダイナミックホイールステアリングは30万円、プレディクティブアクティブサスペンションは84万円。こうしたクラスのクルマを爪に火をともすようにして買う人はいないだろうから、A8を購入する際にはこの2つを選ぶことをオススメしておきたい。
(文=嶋田智之/写真=花村英典/編集=櫻井健一)
テスト車のデータ
アウディA8 55 TFSIクワトロ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=5170×1945×1470mm
ホイールベース:3000mm
車重:2040kg
駆動方式:4WD
エンジン:3リッターV6 DOHC 24バルブ ターボ
トランスミッション:8段AT
最高出力:340PS(250kW)/5000-6400rpm
最大トルク:500N・m(51.0kgf・m)/1370-4500rpm
タイヤ:(前)265/40R20 104Y/(後)265/40R20 104Y(グッドイヤー・イーグルF1アシメトリック3)
燃費:10.5km/リッター(JC08モード)
価格:1172万円/テスト車=1662万円
オプション装備:ダイナミックオールホイールステアリング(30万円)/スポーツパッケージ<スポーツエクステリア+コンフォートスポーツシート>(72万円)/プレディクティブアクティブサスペンション(84万円)/エアクオリティーパッケージ(9万円)/5Vスポークスターデザイングロスアンスラサイトブラックグロスチューンドフィニッシュ<9J×20ホイール+265/40R20タイヤ>(44万円)/Bang & Olufsen 3Dアドバンストサウンドシステム<23スピーカー>(82万円)/ワイヤレスチャージング(3万円)/アシスタンスパッケージ<フロントクロストラフィックアシスト+アダプティブウィンドウスクリーンワイパー+センターエアバッグ>(23万円)/コンフォートパッケージ<インディビジュアル電動シート[リア、3人乗車]+コンフォートヘッドレスト[リア]+シートヒーター[リア]+シートランバーサポート[リアサイドシート]+シートベンチレーション&マッサージ機能[フロント]+4ゾーンデラックスオートマチックエアコンディショナー+トランクスルー機能+パワークロージングドア+マトリクスLEDインテリアライト+リアシートリモート+リアミュージックインターフェイス>(85万円)/HDマトリクスLEDヘッドライト アウディレーザーライトパッケージ<アウディレーザーライト+OLEDリアライト>(48万円)/マルチカラーアンビエントライティング(10万円)
テスト車の年式:2019年型
テスト車の走行距離:1859km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:--km/リッター

嶋田 智之
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