買えなくなると欲しくなる? ひっそりと販売終了していたクルマ
2021.03.03 デイリーコラム![]() |
人知れず消えたクルマ
「気がついたら販売を終えていた……」というクルマがある。どの車種も開発は優秀なエンジニアによって丹念に行われ、期待をもって、祝福されながら発売される。
ところがその後の運命は車種によって大きく異なる。好調に売れて、次の世代につながる車種がある一方で、人知れず役割を終えるものもある。そういったクルマを振り返りたい。
【ホンダ・ジェイド】
終了の理由が最も分かりやすい車種はジェイドだ。最初は5ドアハッチバック風のボディーを備えた3列シート車として発売された。
ただし全高が1550mmを下回るから、立体駐車場を使いやすい代わりに、3列目は極端に狭い。さらに快適性が重視される2列目も、座面の奥行きが短くて座り心地も硬い。結局満足に座れるのは1列目のみだった。
走行性能は優れていたが、全幅のワイドな3ナンバー車だから、魅力が曖昧で売れ行きは伸び悩んだ。2015年の発売時点で、ホンダは1カ月の販売目標を3000台に設定したが、2017年の1カ月平均販売台数は166台だった。わずか2年後の時点で、売れ行きは目標の5.5%まで下がった。
この後、2列目が快適な2列シート仕様を追加して、グレードもスポーティーな「RS」を中心としたが、もはや販売は回復しなかった。2020年7月に販売終了を迎えた。
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【日産キューブ】
初代モデルは1998年に発売され、背の高いコンパクトカーの先駆けになった。2002年に登場した2代目は、水平基調の外観が人気を呼び、2008年には3代目にフルモデルチェンジされた。
3代目の外観は、直線基調ながら角に丸みを持たせた柔和なデザインで、内装は和風のテイストで仕上げた。オプションのガラスルーフには「SHOJI(障子)シェード」が装着され、温かな光が車内を満たす。シートは前後ともにソファ風の柔らかい座り心地でリラックスできた。
最近は「怒り顔」の背の高いクルマが街中にあふれ、内装も自尊心を誇示するようなつくりが目立つ。荒い運転をする責任は、もちろんドライバーにあるが、クルマの内外装や視野に入る風景も無縁ではないだろう。その意味で、今最も必要とされるのは、キューブのようなクルマではないかと思う。貴重な商品だったが、日産の経済状況の悪化もあって4代目の開発は凍結された。2019年末に生産が終わり、2020年3月末をもって販売終了。
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優れた要素を持っていたのに
【トヨタ・ポルテ/スペイド】
2020年9月に生産を終えたポルテ&スペイドも背の高いコンパクトカーで、キューブと同じような優しさを感じさせるクルマであった。
ボディーの右側には前後に2枚の横開きドアを、左側には1枚のワイドなスライドドアを装着。スライドドア部分の床面地上高は、高齢者がスムーズに乗り降りできるよう300mmに抑えた。ほかのミニバンなどは、スライドドア部分の床面地上高が380mmから500mmあたりが相場で、サイドステップ(小さな階段)の必要な車種もある。その点でポルテ&スペイドは、本質的に福祉車両向きの性格を備えていた。
売れ筋グレードは、後席の座面を持ち上げられるようになっており、大きな荷物を左側のスライドドアから車内の中央に積み込める。視界もよくて運転しやすく、背が高いコンパクトカーなのに走行安定性や乗り心地も満足できた。今日の人気車種「ルーミー」よりも優れた商品であった。(比較的)惜しまれつつ販売終了。
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【ホンダ・グレイス】
グレイスは2014年に発売されたコンパクトセダンで、5ナンバーサイズの枠内に収まった。基本構造は先代「フィット」と共通だから空間効率に優れ、身長170cmの大人4人が乗車した場合、後席に座る乗員の膝先空間は握りコブシ2つ半に達した。この広さはフィットと同じだが、セダンに当てはめるとミドルサイズからLサイズ並みであった。
この後に運転支援装備の「ホンダセンシング」も追加され、5ナンバーセダンでありながら、車間距離を自動制御できるクルーズコントロールなどを備えることも注目された。しかしながら販売台数の落ち込みは隠せず、2020年7月に販売終了。
今ではトヨタの「プレミオ/アリオン」の生産終了(2021年3月末)も公表され、5ナンバーサイズのセダンは、旧モデルが継続生産されているトヨタの「カローラアクシオ」のみになってしまう。「ヤリス」をベースにした派生モデルなど、5ナンバーサイズの新型セダンが求められている。
ここで紹介した貴重なクルマが去っていったのは、すべて昨2020年のことである。人知れず販売を終えたクルマを忘れてしまうのか、それとも覚えているか。そこに普通のユーザーと、クルマ好きとの違いがあるように思う。
(文=渡辺陽一郎/写真=本田技研工業、日産自動車、トヨタ自動車/編集=藤沢 勝)

渡辺 陽一郎
1961年生まれ。自動車月刊誌の編集長を約10年間務めた後、フリーランスのカーライフ・ジャーナリストに転向した。「読者の皆さまにけがを負わせない、損をさせないこと」が最も重要なテーマと考え、クルマを使う人の視点から、問題提起のある執筆を心がけている。特にクルマには、交通事故を発生させる甚大な欠点がある。今はボディーが大きく、後方視界の悪い車種も増えており、必ずしも安全性が向上したとは限らない。常にメーカーや行政と対峙(たいじ)する心を忘れず、お客さまの不利益になることは、迅速かつ正確に報道せねばならない。 従って執筆の対象も、試乗記をはじめとする車両の紹介、メカニズムや装備の解説、価格やグレード構成、買い得な車種やグレードの見分け方、リセールバリュー、値引き、保険、税金、取り締まりなど、カーライフに関する全般の事柄に及ぶ。クルマ好きの視点から、ヒストリー関連の執筆も手がけている。
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