第650回:マクラーレンのキーマンが語る 新型ハイブリッドスーパーカー「アルトゥーラ」の新技術
2021.06.04 エディターから一言 拡大 |
マクラーレンが自信を持って送り出す、3リッターV6ハイブリッドの新型スーパースポーツ「アルトゥーラ」。ストイックな開発姿勢で知られる彼らがこだわった、技術的ハイライトについてリポートする。
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大プロジェクトの新プロダクト
去る2021年4月に日本でも発表されたマクラーレンの最新モデル、アルトゥーラ。彼らの標準的な商品群にあって「720S」と「GT」との間、つまりはど真ん中のところを埋める役割を果たすモデルだ。価格も含め、「540C/570S」から「620R」へと続いた“スポーツシリーズ”の実質的後継モデルとなる。が、その動力性能はスポーツシリーズよりも一段階上の位置づけとなる“スーパーシリーズ”の720Sに肉薄するという。
一体マクラーレンはどのような思いを抱いてアルトゥーラをつくり上げたのか? 5月中旬、イギリスのMTC(マクラーレンテクノロジーセンター)とオンラインで、日本からその開発陣の声を聞くことができた。
「アルトゥーラはマクラーレンにとって『MP4-12C』のリリースから10年目の大きな転機となるプロジェクトです。ここには『P1』や『スピードテール』をはじめとする“アルティメイトシリーズ”で得られた電動化の経験と、この10年進化を続けたカーボンアーキテクチャーをはじめとするマクラーレン・オートモーティブのノウハウ、さらにはマクラーレンの中核的価値である小型・軽量化についてはマクラーレン・レーシングからのフィードバックも盛り込まれています」
オートモーティブ部門のジェンス・ルードマンCOOの言葉を裏づけるように、車両開発のトップであるジェフ・グロス氏が続ける。
「アルトゥーラはすべてにおいて完全に新しいプロダクトであり、プロジェクトには4年以上の月日が費やされています。その要となるシャシーとエンジンは、並行して開発が進められました」
アルトゥーラのコアとなる車台は、従来のモノセルと呼ばれたカーボンタブから、MCLA(マクラーレン・カーボン・ライトウェイト・アーキテクチャー)と名づけられた新たな構造体へと進化した。内製でつくられるそれは11のアセンブリを介して72のパーツをモールド内で一気に成形し、カーボンセルにアルミ製のメインビームとリアのエンジンコンパートメントを含むサブフレームを組み合わせる。シート背後に置かれるバッテリーのコンパートメントは車体のクロスメンバーとしても機能するなど、設計と製造が直結した合理的な軽量化も施され、その重量はBピラーも含めて82kgとなる。MP4-12Cのモノセルがアルミセクションを含まず75kgだったことに対すれば、その進化のほどがわかろうというものだ。
パワーユニットはチャレンジの結晶
この車台と並行で開発されたエンジンは、720SやGTが搭載する「M840T」系とは一切の関連性のないフルスクラッチの3リッターV6ツインターボだ。120度のバンク角は、V6としては物理的バランスでは最も理想的だが、市販車への採用はハードルが高い。まずもって幅広になるため、舵角確保などの面で前側に積むのが難しく、後ろ置きが前提となる。また、潤滑や冷却の面でも特有の課題がある。ミドシップ命のマクラーレン向きではあるとはいえ、これほど汎用(はんよう)性が低いものをつくっちゃったのかという点がなんとも感慨深い。
「このエンジンはM840Tよりボア径が9mm小さく、ボアピッチも8mm短くなっています。ロングストローク化によりピストンスピードは25.5m/sに達していますが、8500rpmの最高許容回転を実現できました」
パワートレインの開発を指揮したリチャード・ジャクソン氏は、開発の難しさのポイントとして、ホットVレイアウトで並列に置かれるタービンの吸気・排熱にまつわるエアフローや、排気量の小ささやエキゾーストマニホールドの取り回しが影響する音づくりの難しさを挙げる。
アルトゥーラのリアフードやリアエンドを見ると、従来の熱抜きに加えてエンジン搭載位置の真上にあたるところにチムニーが配されているのがわかる。これはホットVマウントのタービンにたまった熱が排出されるまさしく煙突で、試行錯誤の末に行き着いた最適なアウトレットとして機能しているという。また、サウンドデザインについてはエンジンと車室との間にダイアフラムを設け、音を響かせる工夫を加えたほか、エキゾーストにはレゾネーターを追加、さらに電動走行時の音質にもアイデアが込められているという。
パワートレインの設計・開発はマクラーレンが、製造はリカルドおよび従来どおりのサプライチェーンが担当するというこのV6ユニットは、M840Tに対して全長を200mm縮小、重量を50kg削減したという。腐心した文字通りのダウンサイジングは、電動化のための布石でもあるわけだ。
F1と市販車の知見があってこそ
「アルトゥーラに搭載される駆動モーターは、駆動軸の鉄心の上下を磁石で挟み込む“アキシャル型”で、最高出力95PSを発生します。P1に対して重量は半分以下です。また、このモーターを反転させることで8段DCTからリバースギアをなくせたことも、小型軽量化につながっています」
アルトゥーラの電動化エンジニアリングを担当したスノー・ジョージ氏は、このクルマの技術的背景に、P1やスピードテールで培った経験の凝縮が欠かせなかったという。
アキシャルモーターは、従来構造のラジアルモーターに対して小さな体積で大きなトルクを引き出すことが可能となる。アルトゥーラのそれは8段DCTと統合するかたちでおさめられており、その重量は15.4kg。これにシート背後に配される容量7.4kWhのバッテリーやケーブル類を加えたプラグインハイブリッドシステムの総重量は130kgにとどめられた。
モーターのみでの走行距離は最大30km、その速度は130km/hまでとなる。ちなみにバッテリーは室内の空調を担う電動コンプレッサーから導かれる冷気を用いて、ユニットの下面からクーリングされているという。
さらなる軽量化と伝達速度向上のために、アルトゥーラの車内通信はCAN(Controller Area Network)からイーサネットへと進化し、充実したADAS(先進運転支援システム)やインフォテインメントシステムの命令処理も速度を高めている一方で、ケーブル使用量は重量にして従来より25%軽くなっているという。何より、570Sと比較しても短いホイールベースの中にこれらのコンポーネントをおさめるのは至難の業だったことは想像に難くない。パッケージング作業はさながらジグソーパズルのようだったという。そのかいあってアルトゥーラは42:58の前後重量配分を実現するとともに、DIN規格で1.5tを切る、570Sスパイダーと同等の重量におさめられた。
「アルトゥーラの開発を端的に言い表すなら、それはF1の専門知識と市販車ならではの開発知識とのマリアージュです」
スーパーカーブランドとしての第2章を担うモデルにかける、その意気込みはジェフ・グロス氏の優美な言葉の裏にずしんと感じられた。アルトゥーラは小さく流麗なそのボディーの内側に、マクラーレンらしいゴリゴリのエンジニアリング・オリエンテッドの精神が息づいている。間違いなくこのカテゴリーに一石を投じるモデルとなるだろう。
(文=渡辺敏史/写真=マクラーレン・オートモーティブ、webCG/編集=関 顕也)
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渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。
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