スズキ・ワゴンRスマイル ハイブリッドX(FF/CVT)
自分色のドライバーズカー 2021.09.28 試乗記 スズキから、リアスライドドアを備えた新しい軽ハイトワゴン「ワゴンRスマイル」が登場。「ワゴンR」と「スペーシア」の間を埋めるニューモデルのターゲットは? ライバルとの違いは? 用意周到な戦略のもとに登場した新型車の仕上がりをリポートする。周到に準備した自信作
スズキからスライドドアのハイトワゴンが発売されると聞いて、そういえばなかったのか、と思った。もっと前にデビューしていてもよかったはずのモデルである。ワゴンRスマイルは、周到な準備を積み重ねて開発した自信作に違いない。ダイハツが「ムーヴ キャンバス」を発売したのは2016年。背が高すぎないスライドドアワゴンが好評だということはわかっていたのだ。
ワゴンRがデビューしたのは1993年。室内空間の広い軽自動車というパッケージングが人気となり、これまでに480万台以上を売り上げてきた。しかし、今のトレンドはもっと背の高いスーパーハイトワゴンに移行している。1995年に「ムーヴ」でワゴンRに対抗したダイハツが、2007年にさらに背の高い「タント」を投入し、2007年の2代目でスライドドアを採用。2008年にスズキが「パレット」で後を追い、2013年からスペーシアに名称変更した。ヒンジドアのハイトワゴン、スライドドアのスーパーハイトワゴンという図式が確立したのである。
ただ、一度スライドドアの便利さに慣れるとヒンジドアには戻れないようだ。軽乗用車のスライドドア比率は右肩上がりで、2012年には35.3%だったのに、2020年には52.3%と半数を超えている。それでいて背が高すぎるクルマはイヤと考えるユーザーもいる。かわいらしさよりはイカつさが前面に出るし、上屋が揺れる感覚が不安だと感じてしまう。そこにスライドドアのハイトワゴンの需要が生まれるのは必然だった。
チーフエンジニアの高橋正志氏によると、若い人にはスライドドアへの拒否感がないそうだ。子供の頃に乗っていたのがスライドドアのミニバンだったから、むしろこれが普通だと感じているのだという。軽自動車ユーザーの多くを占める女性は、特にスライドドアを好むそうだ。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
「ワゴンR」と「スペーシア」の中間
ワゴンRスマイルの全高は1695mm。1650mmmのワゴンRと1785mmのスペーシアの間だ。1700mmを超えるとスーパーハイトワゴンと呼ばれるのが一般的だから、ぎりぎりハイトワゴンの枠に収まっている。1655mmのムーヴ キャンバスより40mm背高だ。ワゴンRという名前がついているが、スペーシアのパーツも多く使われているという。ハイトワゴンとスーパーハイトワゴンをうまく組み合わせて、新しいモデルを生み出したということらしい。
角張ったフォルムはハイトワゴンの常道だが、ゴツい感じを薄めるために可能な限り丸みを帯びた形状を取り入れている。なかでも、ヘッドランプの形が印象的だ。目ヂカラが強いのにファニーなイメージを持つ。あまりにもピッタリなので先にスマイルという名前があったのではないかと邪推したのだが、決まったのはずっと後だったそうだ。顔つきもいろいろなパターンを試していて、丸目ありきだったわけではない。
デザインコンセプトは「マイスタイル マイワゴン」。これはもちろんジョージ・クルーニーが主演した2009年の映画『マイレージ、マイライフ』からの発想だろう。資料には“わたしらしく乗れる”“自分色に染められる”的な記述もあり、選択肢を豊富に用意することで好みに合う一台に仕上げられることをアピールしている。新色を含む12パターンのエクステリアカラーが用意されていることもその現れだ。そのうち8タイプがトレンドのツートンである。ホイールカバーもツートンという徹底ぶりで、表情は多彩だ。
インテリアはワゴンRとはまったく異なるテイスト。運転席の前方に円形のメーターがあり、数字を放射状に配置してレトロ感を演出している。手曲げの塗装鉄板に着想を得たというカラーパネルには、カッパーゴールドのアクセントを合わせた。インストゥルメントパネルとドアトリムには疑似ステッチが施されているが、目指しているのはフレンチの高級感ではなく、都会的なカジュアルさである。シートのざっくりしたファブリックが組み合わさると、カフェのような風情に。ステアリングホイールとシフトセレクターの素材のクオリティーが冴(さ)えなくて残念なのは、オプションでカバーするしかない。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
街乗り重視でエンジンは自然吸気のみ
エンジンは自然吸気(NA)のみで、ターボは設定されていない。ムーヴ キャンバスもNAだけで、どちらも街乗り重視であまり遠乗りはしないという性格づけがなされている。パワーユニットは「ハスラー」と同じで、最高出力は49PS。ハスラーに試乗した時はこれで十分だと思ったが(参照)、ワゴンRスマイルでは少々力不足に感じられた。ちょっとした坂道でアクセルを踏み込むとエンジン音がうるさくなって、その割にスピードは上がらない。やはり重量増が響いているのだろう。もっとも、買い物や通勤に使っていて支障が出ることはないはずだ。
同じ名前がついているが、ワゴンRと同じ乗り味にすることは目指していないという。ワゴンRはキビキビ感を志向していて、走りを楽しむことができるように仕立てられている。ワゴンRスマイルは、運転のしやすさが最優先事項だ。街なかで安全に移動できることを第一課題にしていて、操縦性能を極めようとはしていない。むしろ、走りを意識することなく運転できたほうがいいくらいである。
近場のレジャーでは活躍しても、遠くまで旅行に行くことはあまり得意ではなさそうだ。アダプティブクルーズコントロールが「セーフティプラスパッケージ」として上級モデルでもオプション扱いになっているのは、高速道路で遠距離を走るユーザーは少ないと考えられているからである。ただし運転支援システムは必須でなくても、予防安全装備は今やマストとなった。衝突被害軽減ブレーキや車線逸脱警報機能などをセットにした「スズキセーフティサポート」は全車標準である。
試乗したのは最高グレードの「ハイブリッドX」で、セーフティプラスパッケージも装着されていた。ほかに「ハイブリッドS」と「G」があり、それぞれFFと4WDが選べる。名前が示すとおり上の2つのグレードはマイルドハイブリッドシステムを持つが、Gは普通のガソリンエンジンだ。燃費的には大きな差があるわけではないのでGの価格は魅力的に見える。ただし、スライドドアが手動でツートンカラーが選べないなど装備・仕様がかなり見劣りするので、販売の主力はマイルドハイブリッドモデルになりそうだ。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
ライバルとは異なるコンセプト
ムーヴ キャンバスがライバルと目されてはいるが、似ているようでいてコンセプトには大きな差がある。パーソナルユースを主としているワゴンRスマイルに対し、ムーヴ キャンバスが主要なターゲットとしていたのは“母と娘”。未婚女性が親と同居するケースが増えていることに対応し、母が求める利便性と娘が望むオシャレ感をともに満たそうとした。両側スライドドアと後席の座面下収納を組み合わせた「置きラクレイアウト」がウリである。便利な装備だが、シート下に収納スペースをつくったことで後席の背もたれを完全に倒すことはできなくなった。
ワゴンRスマイルはスライドドア側からでも荷室側からでも、「ワンタッチダブルフォールディングリアシート」の簡単操作でフルフラットにできる。基本的には1人乗車か2人乗車で、後席を倒す場合が多くなるからだ。ファミリーカーとして使われるスペーシアのように自転車を載せる必要はないが、シートアレンジの自由度は大事である。
もちろん後席には十分な空間が確保されている。ワゴンRと比べると、前後乗員間距離は同じで室内高は65mm高い。しかし実際に座ってみると、いささか閉塞(へいそく)感があることに気がついた。前席の大きなヘッドレストがじゃまになり、前が見通せないのだ。後席ヒップポイントはワゴンRと同じなのに、前席は70mm高いのだ。ドライバーの視界を優先した意図的な配置である。後席乗員の救いは、天井に施されたキルト状の模様を眺めると穏やかな気分になれることだろうか。
最大のアピールポイントであるスライドドアは、開口高1165mm、開口幅600mmを確保していて乗降性は良好。閉まる前にワンタッチで操作できる予約ロック機能も付く。最小回転半径はワゴンRと同じ4.4m。価格も、あのハンバーガーチェーンよろしく「スマイル0円」とまではいかないが、しっかり抑えられている。使い勝手がよくてデザインが工夫されており、ライバルとの差別化もしっかりしている。ライフスタイル商品として、一定の需要がありそうだ。
(文=鈴木真人/写真=向後一宏/編集=堀田剛資)
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
テスト車のデータ
スズキ・ワゴンRスマイル ハイブリッドX
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=3395×1475×1695mm
ホイールベース:2460mm
車重:870kg
駆動方式:FF
エンジン:0.66リッター直3 DOHC 12バルブ
モーター:直流同期電動機
トランスミッション:CVT
エンジン最高出力:49PS(36kW)/6500rpm
エンジン最大トルク:58N・m(5.9kgf・m)/5000rpm
モーター最高出力:2.6PS(1.9kW)/1500rpm
モーター最大トルク:40N・m(4.1kgf・m)/100rpm
タイヤ:(前)155/65R14 75S/(後)155/65R14 75S(ダンロップ・エナセーブEC300+)
燃費:25.1km/リッター(WLTCモード)/29.2km/リッター(JC08モード)
価格:159万2800円/テスト車=195万0245円
オプション装備:ボディーカラー<シフォンアイボリーメタリック ホワイト2トーンルーフ>(4万4000円)/セーフティプラスパッケージ+全方位モニター付きメモリーナビゲーション(23万1000円) ※以下、販売店オプション フロアカーペットマット<ジュータン グレンチェック>(2万4475円)/ETC車載器(2万1120円)/ドライブレコーダー(3万6850円)
テスト車の年式:2021年型
テスト開始時の走行距離:485km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター(レギュラーガソリン)
参考燃費:--km/リッター

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
-
ホンダ・アコードe:HEV Honda SENSING 360+(FF)【試乗記】 2025.10.10 今や貴重な4ドアセダン「ホンダ・アコード」に、より高度な運転支援機能を備えた「Honda SENSING 360+」の搭載車が登場。注目のハンズオフ走行機能や車線変更支援機能の使用感はどのようなものか? 実際に公道で使って確かめた。
-
ホンダ・プレリュード(FF)【試乗記】 2025.10.9 24年ぶりに復活したホンダの2ドアクーペ「プレリュード」。6代目となる新型のターゲットは、ズバリ1980年代にプレリュードが巻き起こしたデートカーブームをリアルタイムで体験し、記憶している世代である。そんな筆者が公道での走りを報告する。
-
日産リーフB7 X(FWD)/リーフB7 G(FWD)【試乗記】 2025.10.8 量産電気自動車(BEV)のパイオニアである「日産リーフ」がついにフルモデルチェンジ。3代目となる新型は、従来モデルとはなにが違い、BEVとしてどうすごいのか? 「BEVにまつわるユーザーの懸念を徹底的に払拭した」という、新型リーフの実力に触れた。
-
アストンマーティン・ヴァンキッシュ クーペ(FR/8AT)【試乗記】 2025.10.7 アストンマーティンが世に問うた、V12エンジンを搭載したグランドツアラー/スポーツカー「ヴァンキッシュ」。クルマを取り巻く環境が厳しくなるなかにあってなお、美と走りを追求したフラッグシップクーペが至った高みを垣間見た。
-
ルノー・カングー(FF/7AT)【試乗記】 2025.10.6 「ルノー・カングー」のマイナーチェンジモデルが日本に上陸。最も象徴的なのはラインナップの整理によって無塗装の黒いバンパーが選べなくなったことだ。これを喪失とみるか、あるいは洗練とみるか。カングーの立ち位置も時代とともに移り変わっていく。
-
NEW
マツダ・ロードスターS(後編)
2025.10.12ミスター・スバル 辰己英治の目利き長年にわたりスバル車の走りを鍛えてきた辰己英治氏。彼が今回試乗するのが、最新型の「マツダ・ロードスター」だ。初代「NA型」に触れて感動し、最新モデルの試乗も楽しみにしていたという辰己氏の、ND型に対する評価はどのようなものとなったのか? -
MINIジョンクーパーワークス(FF/7AT)【試乗記】
2025.10.11試乗記新世代MINIにもトップパフォーマンスモデルの「ジョンクーパーワークス(JCW)」が続々と登場しているが、この3ドアモデルこそが王道中の王道。「THE JCW」である。箱根のワインディングロードに持ち込み、心地よい汗をかいてみた。 -
航続距離は702km! 新型「日産リーフ」はBYDやテスラに追いついたと言えるのか?
2025.10.10デイリーコラム満を持して登場した新型「日産リーフ」。3代目となるこの電気自動車(BEV)は、BYDやテスラに追いつき、追い越す存在となったと言えるのか? 電費や航続距離といった性能や、投入されている技術を参考に、競争厳しいBEVマーケットでの新型リーフの競争力を考えた。 -
ホンダ・アコードe:HEV Honda SENSING 360+(FF)【試乗記】
2025.10.10試乗記今や貴重な4ドアセダン「ホンダ・アコード」に、より高度な運転支援機能を備えた「Honda SENSING 360+」の搭載車が登場。注目のハンズオフ走行機能や車線変更支援機能の使用感はどのようなものか? 実際に公道で使って確かめた。 -
新型「ホンダ・プレリュード」の半額以下で楽しめる2ドアクーペ5選
2025.10.9デイリーコラム24年ぶりに登場した新型「ホンダ・プレリュード」に興味はあるが、さすがに600万円を超える新車価格とくれば、おいそれと手は出せない。そこで注目したいのがプレリュードの半額で楽しめる中古車。手ごろな2ドアクーペを5モデル紹介する。 -
BMW M2(前編)
2025.10.9谷口信輝の新車試乗縦置きの6気筒エンジンに、FRの駆動方式。運転好きならグッとくる高性能クーペ「BMW M2」にさらなる改良が加えられた。その走りを、レーシングドライバー谷口信輝はどう評価するのか?