勝算はいかほどか!? 日本市場に再進出するヒョンデの成功戦略を読み解く
2022.02.16 デイリーコラム12年間の絆
ご承知の向きも多いように、韓国のHYUNDAIが約12年ぶりに日本市場に再参入することとなった。驚いたのは、その記者発表会が同社の張 在勲(チャン・ジェフン)CEOのお詫びからスタートしたことだ。発表会冒頭のビデオあいさつに登場した張CEOは、流暢な日本語で次のように語った。
「私たちが、最初に日本での乗用車事業を開始したのは2001年のことです。しかし、みなさまもご存じのとおり、2009年に一度、日本から撤退することとなりました。
これにより、ご期待をお寄せいただいていたお客さまには、大きなご迷惑をおかけしました。(中略)日本市場からの撤退は、ヒョンデにとって、大きな痛みを伴うものでした」
なにかしらネガティブな話題を抱えているのなら、なににも優先してまずは謝罪する……という態度はいかにも日本的だ。
「そして私たちが常に忘れなかったものがあります。それは、お客さまとの絆です。
撤退時点で、日本のお客さまにご利用いただいていたヒョンデの車両は1.5万台。そこから12年がたった今では、全国で600台ほどになっています。
この間、私たちヒョンデのクルマをご愛用いただいているお客さまに、毎年車両点検を提供し、大切なお客さまとの絆を守り続けてきました。
今回ヒョンデが再び日本市場に参入することを決定した背景には、こうした“お客さまとの絆”がありました」
そう語る張CEOの言葉に続けて、発表会では日本のHYUNDAIユーザーが「故障がないし、無料でやってくれるサービスがある……」とか「(「ソナタ」に)もう10年乗っているのに全然傷んでないし、とても快適です」と語る動画が映し出された。お詫びではじまり、今の日本のパワーワードといえる「絆」という言葉で締めるあたり、HYUNDAIの日本市場にかける熱意(と、優秀なブレーンの存在)はたしかに感じられた。
ゼロエミッションビークルのみを導入
今回の再参入でのトピックはいくつかある。ひとつが社名の日本語発音が「ヒュンダイ」から「ヒョンデ」になったことだ。ヒュンダイとはアルファベット表記のHYUNDAIをローマ字読みしたものだったが、本来の発音に近いのはヒョンデだそうだ。
2つめは新規導入車がすべて、エンジンを積まないゼロエミッションビークルであることだ。具体的にはバッテリー式電気自動車(BEV)の「アイオニック5」と、燃料電池車(FCEV)の「ネッソ」という2車種である。
売れ筋はBEVのアイオニック5だろう。4635×1890×1645mmというスリーサイズはいわゆるDセグメントSUVで、既存車では「プジョー5008」や旧型「レクサスNX」あたりがサイズ的に酷似する。2WDと4WDがあるが、2WDはリアモーターの後輪駆動なのも特徴だ。
価格は容量58kWhの電池を積むベーシックグレードで479万円。さらに大きな71.6kWh電池搭載モデルで519万円~となっている。(アイオニック5のベーシックグレードと同等の)60kWh電池を積む「日産リーフe+」は441万7600円~499万8900円だが、リーフはアイオニック5よりひとまわり小さい。車格まで考えるとアイオニック5に割安感がある。
ちなみに、この2022年央の国内デビューが予定されている「トヨタbZ4X」は車体サイズが4690×1860×1650mmで、公表されている電池容量が71.4kWh……と、アイオニック5と真正面からのガチンコ競合車となる。国際的には、ここがBEV市場のひとつのボリュームゾーンである。アイオニック5はそんな世界の風をいち早く日本に吹き込ませる存在でもあるわけだ。
もう1台のネッソはFCEVである。「ホンダ・クラリティ フューエルセル」と「メルセデス・ベンツGLC F-CELL」はともに生産終了しており、現在日本で買える市販FCEVは「トヨタ・ミライ」だけとなっていた。アイオニック5と同じくSUVパッケージとなるネッソの車体サイズは4670×1860×1640mm。ミライ(4975×1885×1470mm)より全長は短いが背は高く、路上での実際の存在感はいい勝負と思われる。また、燃料電池スタックの出力は129PS(ミライは128PS)、水素タンク容量は156.6リッター(同じく141リッター)、WLTCモードでの一充填あたりの最大航続距離は820km(同じく750~850km)とカタログ性能も非常に近い。
ただ、本体価格はミライ(の「アドバンストドライブ」非装着車)の735万円~805万円に対して、ネッソは776万8300円。ネッソはいまだ採算性うんぬんをいえる段階ではないと思われ、今回の価格設定もあくまでミライに合わせた戦略的なものだろう。ビジネス的にミライより高くは売れないが、かといって明確に安くする余裕はないようにみえる。
ターゲットは妙な偏見を持たない世代
日本における新生ヒョンデは、従来型のディーラーをもたないオンライン販売となることも特徴だ。クルマまでオンライン販売というと、筆者のようなクルマ慣れした中高年は不安になるが、自動車ビジネス特有のねちっこい人間関係を嫌う人は確実に存在する。
気になるアフターサービスについては、試乗や対面相談なども可能なショールーム機能を備えた「カスタマーエクスペリエンスセンター」を、この2022年夏にまず神奈川県横浜市に開業。全国主要地域の工場と提携して整備拠点を拡充しつつ、エクスペリエンスセンターも増やしていきたいとする。整備工場については実車導入時点で、少なくとも10拠点を確保する予定だそうだ。
実際には販売台数が増加すれば、それに合わせてサービス体制も少しずつ拡充していくつもりだろうから、現時点で大風呂敷を広げられない事情は理解できる。とはいえ、国産ディーラーや大手輸入車ディーラーと提携するなど、もう少し将来的な安心感がもてる情報があればよかったようには思う。
今度のヒョンデは成功するだろうか。筆者を含む40~50代以上の中高年層には、正直いって「韓国車は日本車に遅れている」という先入観をもつ人が多い。ヒュンダイと呼ばれていた時代のヒョンデ車は、たしかに“ひと昔前の日本車感”がプンプンだった。
しかし、現在のヒョンデは世界5位の販売台数(2020年実績)を誇る、世界屈指の巨大自動車メーカーである。日本のホンダよりはるかに大きい。さらに10年以上前からデザイナーやエンジニアを大量にヘッドハンティングしており、クルマの内容でも日欧車にはっきり見劣りするところはないし、デザインについては世界的にヒョンデ最大のセールスポイントとなりつつある。
ヒョンデが日本市場に期待しているのは、数年から10年後にクルマ購買層の中心になる若者だろう。K-POPや韓国食文化は若者に大人気だし、現在の30代以下はデジタル家電にも「もとは日本のお家芸だった」といった妙な固定観念をもっていないから、韓国車にも偏見を抱かないはずだ。今の若者にはオンライン販売も好都合だろう。そもそも内燃機関への郷愁もないから「静かで臭いもなく、ガソリンスタンドにもいかなくていいBEVが“使える”なら、積極的にそっちがいい」と心から思っている。そんなヒョンデが国産車より割安なら買わない理由はない……かもしれない。
旧世代クルマオタク代表の筆者がいうのもなんだが、ヒョンデはそんな今どきの若者マインドにハマる可能性はある。国産メーカーのみなさんも、ほかでもないお膝元の日本で、ヒョンデに足元をすくわれることがなきようお願いしたい。……とかいいつつ、無責任なヤジ馬としては、輸入車市場にヒョンデという選択肢が増えるのは素直に楽しくもある。
(文=佐野弘宗/写真=ヒョンデ モビリティ ジャパン、webCG/編集=藤沢 勝)

佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。
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