第721回:旗艦ならではの苦労とは!? 「シトロエンC5 X」のカラーマテリアルデザイナーを直撃
2022.09.06 エディターから一言人が触れる部分のすべてを担当
「シトロエンC5 X」は2016年のパリモーターショーで初公開されたコンセプトカー「CXPERIENCE(シーエクスペリエンス)」の市販版ともいうべきクルマで、シトロエンの新しいフラッグシップである。そんなC5 Xの日本上陸に合わせて帰国した柳沢知恵さんは、カラーマテリアルプロダクトマネジャーとして同車のカラーマテリアルデザインを取りまとめた人物だ。
柳沢さん(以下、柳沢):2007年に日産自動車に入社してから、ずっとカラーマテリアルデザイナーの仕事をしています。途中2012~2014年はルノーに出向して、その後日産に戻りましたが、2015年末にシトロエンへ移籍しました。
これを読んでいただいている皆さんの多くが、カラーマテリアルデザイナーという仕事の具体的な内容をイメージしにくいかもしれない。パッと思いつくのは「車体色を決める人?」という感じだろう。確かにそれもカラーマテリアルデザイナーの役目だが、実際の仕事内容はとても膨大で多岐にわたる。自動車デザインでは、カラーマテリアルデザイナーはエクステリア、インテリアと並ぶ3本柱のひとつなのだそうだ。
柳沢:自動車メーカーのデザイナーは伝統的に、エクステリア、インテリア、そしてカラーマテリアルという3つに分かれています。最近はそこに液晶画面などのデザインをするUI(=ユーザーインターフェイス)デザイナーが加わることもあります。
カラーマテリアルデザイナーは人が触れる部分のすべてを担当します。エクステリアでも外板色だけでなく、ホイールの仕上げなども私たちの仕事です。ホイールの造形そのものは別のデザイナーがやるのですが、真っ白なホイールデザインをわたされて、カラーマテリアルデザイナーがその後の仕上げを担当することもあります。C5 Xでいうと、アルミ切削で黒いインサートが入っていますが、そこが私たちの仕事です。
ほかに分かりやすい例でいうと、C5 Xではフロントバンパーの下の部分にクローム調のパーツが使われています。シトロエンだとここにアクセントカラーを入れることが多いんですが、それをどんな素材のどんな色にするか決めるのも私たちの仕事です。場合によっては、私たちが素材の提案をして、その素材を使うために形状が変更されることもあります。そういうケースは実際にはまれですが、そうなったときには「やった!」と思います(笑)。
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生涯で一度あるかどうかの大きな仕事
柳沢さんはC5 Xのプロジェクトのスタート時点から担当して、こうして最後=市場投入するまでをカラーマテリアルデザイナーとして見届けたことになる。ただ、何年間にもわたるクルマの開発では、ひとつのプロジェクトをここまでやり切ることはめずらしいとか。
柳沢:新しいフラッグシップであるC5 Xでは、その後につながるシトロエンのデザインアイコンを考えるのも大きなテーマで、最初にカラーマテリアルもすべて新規開発しましょうということになりました。それをこうして発売まで担当できたということは、カラーマテリアルデザイナーとしては生涯で一度あるかないかといってもいいくらいの大きな仕事です。
カラーマテリアルデザイナーとしては、シトロエンの上質さを、色と素材を使ってどう表現していくかが、C5 Xでのテーマでした。シトロエンとはどういうブランドなのかをあらためて考えるために、コンセルヴァトワール・シトロエン(Conservatoire Citroën Heritage=シトロエンの公式ヘリテージ博物館、現在は一般公開していない)に出向いて古い歴代シトロエンを見たり、みんなでブレインストーミングやワークショップを重ねたりしました。そうしているうちに、だれもがシトロエンのロゴ(=ダブルシェブロン)で遊ぶような絵を自然に描きはじめたんです。それが最初の着想でした。
というわけで、C5 Xではダッシュボードのシボから木目パネルの模様、ツートーンレザーシートの表皮、そこにあしらわれるステッチにまで、シトロエンならではの「ダブルシェブロン」柄があしらわれている。同じグループのプジョーのライオンとはちがい、シトロエンのダブルシェブロンは幾何学模様的で、デザイン的にも遊びやすそうなことは事実だ。
高級車としては困難なテーマ
柳沢:最初に新規開発できるマテリアルのリストが私たちに提示されるのですが、そこにシボまで入っていたのには驚きました。シボ開発というのは非常に多くのコストと時間がかかる作業なんです。
シボ開発とはダッシュボードの表面処理=凹凸のことだ。C5 Xはフラッグシップ=高級車だ。クルマにかぎらず“高級感”というのは基本的にお約束の世界である。たとえば、私たちが本革や木目を見て、無意識に高級だと感じるのは、それらが「プラスチックや合成繊維より、貴重で高価なもの」という常識=お約束を知っているからだ。だから、シボであれば、“革シボ”がもっとも素直に分かりやすく高級感を演出できるはずだが、C5 Xではシボをあえてダブルシェブロンの幾何学模様としている。こうした模様のシボはカジュアルなコンパクトカーに例があるが、高級車としてはいかにもむずかしいテーマに思える。
柳沢:まさにそのとおりで、とても困難でした。C5 Xのシボは最終的にダブルシェブロンをかたどった幾何学模様として、さらに手ざわりが少し柔らかいスラッシュ成形を使っています。ただ、この部分は革シボなのか、新しい幾何学模様でいくかは、なかなか決まりませんでした。正直にいうと、最後の最後まで革シボの可能性も残っていて、最終的には両方のパターンのインテリアモックアップをつくって役員にアピールしたんです。結果として、革シボにすると、やはり無個性の普通のクルマになってしまうという判断で、やっとゴーが出ました。
また、シトロエンにはカラフルなイメージがおありだと思います。ですが、C5 Xはフラッグシップでありシトロエンとしてはハイエンドな商品で、あえてニュアンスカラー(複数の色味が混ざった曖昧な中間色)でまとめています。シトロエンとしては、今回のように色を抑えるのもチャレンジで、これも「シトロエンなのに色がなくてもいいのか」という議論が続きました。最終的には、そうやって色味を抑えるかわりに、処理や仕立てで魅せる……というコンセプトとしました。
フランス的な仕事のやり方
しかし、こうして柳沢さん以下のC5 Xカラーマテリアルチームが苦労して開発したアイテムには、C5 Xより先にほかのシトロエンで世に出てしまったものもあるという。
具体的には、「C3エアクロスSUV」のマイナーチェンジ版のシートで使われているステッチやショルダー部分のテープのようなアクセントクロス、そして「C4」でも同じくステッチと、ダッシュボードのシボが使われている。これらはもともとC5 Xで最初に世に出すべく開発していたものだが、各プロジェクトチームからの要望で、先に世に出ることとなった。
ずばり「自分の仕事を横取りされたみたいで、くやしくないですか?」と柳沢さんに聞いてみた。
柳沢:そういう気持ちはあまりありません。カラーマテリアルについては、C5 Xがフラッグシップということで、許された予算が多かったというのもあります。それに、カラーマテリアルには生産工場とのやり取りもあるので、発売間際まで仕事が残ることもあるのですが、デザイナーの仕事は基本的にローンチ(=市場導入)の2年くらい前に終わるので、担当したクルマがいつ発売されたかや、どっちが先か後かなどの実感が薄いんです。
それに、いいものはひとり占めせずに、どんどん使っていく……という態度はすごく効率的です。こういうことはルノー時代にも経験があったことなので、フランス的な仕事のやり方といえるかもしれません。
いい意味で割り切っているというか、柔軟で健全で、私には違和感はありません。“全員が新しい案を出すという宿題をこなさないと、決定会議も開かない”という態度ではないところも、フランスの企業があまり残業せず、早く帰れる理由かもしれません(笑)。
数年後に自慢してもらえたら
最後に、こうして日本にもついに上陸したC5 Xについての思いと、柳沢さんイチオシのカラーを聞いてみた。
柳沢:伝統的にシトロエンは強いこだわりを持つ人に、比較的長く乗っていただけるクルマです。パッと乗ったときには気づかなくても、何年か先にC5 Xを振り返って「これはよく見ると、シトロエンのロゴがしこたま入ったクルマでさあ……」と自慢してもらえるような存在になっていたら、個人的にはうれしいですね。
イチオシはずばり「グリアマゾニトゥ」です。「シャイン パック」のツートーンの内装色と合わせてあるんです。
柳沢さんイチオシのグリアマゾニトゥ=グレーメタリックは本国でも日本でもいわゆるコミュニケーションカラー≒イメージカラーになっているが、「それを決めるのは私たちのような立場ではありません」と柳沢さん。C5 Xではカラーマテリアルデザイナーの思いと商品企画が決めたイメージカラーがぴたりと合致した好例である。
(インタビューとまとめ=佐野弘宗/写真=ステランティス ジャパン/編集=藤沢 勝)

佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。
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