「してほしくないチューニング」はありますか?
2023.10.03 あの多田哲哉のクルマQ&A「86」や「GRスープラ」といったスポーツカーは、カスタマイズやチューニングを好むユーザーを念頭に置いて企画されたものと想像しますが、メーカーの技術者は、莫大(ばくだい)な予算と時間を費やして開発された車両を「イジる」という行為をどのように捉えているのでしょうか? 開発者の側で、絶対にしてほしくないチューニングメニューなどがあれば聞かせてください。
初代86を発売した2012年当時は、どのメーカーであれ「ユーザーが少しでもクルマをいじったら、ディーラーで整備を受け付けない」というのが普通の時代でした。
そういうこともユーザーがクルマに対する興味を失ってしまった大きな原因のひとつと考えて、86については、あえて「カスタマイズして自分好みのクルマにしてください!」とのメッセージとともにリリースしたのです。
バンパーまわりをはじめとする設計図まで公開するなど、クオリティーの高いアフターパーツが生まれるようなさまざまな工夫もした結果、数年たつと、メーカーであるトヨタも「これはいい」「そういう発想もあるのか!」と考えさせられるものが出てきました。持ちつ持たれつといいますか、ユーザー側とメーカー側とでお互いにいい刺激が生まれるという点では、イジることにはメリットがあるといえるでしょう。
ただ、注意も必要です。自動車メーカーは路面状況や気候の変化、ユーザーの年齢など、あらゆる条件を想定したうえで安全かつ壊れないパーツを開発していますので、例えばピンポイントで長所を伸ばしたチューニングパーツをつくったなら、部分的にメーカー純正品の性能を超えるものは実現できるでしょう。そのうえで価格はどうなのか、耐久性や安全性は確保できているのかがポイントになってきます。
もちろん、法規違反にあたるものもNGです。その代表例は、マフラーの音量。今は規制が厳しいので、基準を満たしつつメーカー純正品以上の動力性能を得るのはなかなか難しくなっています。
エアロパーツにも難点があります。いまどきのバンパーには接触・衝突回避のためのコーナーセンサーが付いているものが多いですよね。そのセンサーの高さや向きは細かく定められているため、バンパーのデザインは大いに制約を受けるのです。もしアフターパーツでバンパーを変えてしまったら、まともなセンシングはできなくなります。足まわりの変更で車高が変わってしまうのも、ACC(アダプティブクルーズコントロール)などの運転支援システムに影響します。
このように、カスタマイズのハードルは86発売のころよりも、さらにハードルが高くなっています。

多田 哲哉
1957年生まれの自動車エンジニア。大学卒業後、コンピューターシステム開発のベンチャー企業を立ち上げた後、トヨタ自動車に入社(1987年)。ABSやWRカーのシャシー制御システム開発を経て、「bB」「パッソ」「ラクティス」の初代モデルなどを開発した。2011年には製品企画本部ZRチーフエンジニアに就任。富士重工業(現スバル)との共同開発でFRスポーツカー「86」を、BMWとの共同開発で「GRスープラ」を世に送り出した。トヨタ社内で最高ランクの運転資格を持つなど、ドライビングの腕前でも知られる。2021年1月に退職。