「いいクルマ」って何ですか?

2023.10.17 あの多田哲哉のクルマQ&A 多田 哲哉
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トヨタは「もっといいクルマをつくろうよ」というスローガンをかかげていますね。では多田さんは、「いいクルマ」と聞いてまずどんなクルマを連想しますか? どんなクルマがいいクルマだと思うのですか?  直感的なイメージで結構ですので聞かせてください。

これはクルマについての永遠のテーマのようなもので、私自身、昔からよく聞かれます。

そもそもクルマに求めるものは一人ひとり違うので、「何がいいクルマなのかは人による」というのが現実なのですが、それはそれとして、今回は具体的に製品を挙げつつ私の理想についてお話しします。

世の中、完全なるいいクルマというのはないもので、実際には「いいところが多いクルマ」を選ぶことになるわけですが……ポイントとなるのは、クルマを“趣味の対象”としてとらえるか、それとも“実用の道具”としてとらえるのか。それで選択肢が大きく分かれると思います。

私の場合、趣味の対象としてのいいクルマは、自分が開発を取りまとめた初代「トヨタ86」です。この86は、会社の都合やリクエストをまず横に置いて、自分の理想を追求したクルマであり、それがほぼ実現できた一台です。その長所をひとことで言えば、常に手の内にある……つまり、思いどおりに走らせられること。価格が手の届きやすいところにおさまっているという点でも、いいクルマであると考えています。

もうひとつはバイク。二輪・四輪含め、内燃機関を持つ趣味的なモビリティーの理想をかなえるものとして、最近「BMW R1300GS」を注文しました。そのデザインと独創性のあるメカニズム、走りの爽快感……。あらゆる点に技術的な裏づけがあって、どこをとっても面白い乗り物です。

さて後者、実用の道具としてのいいクルマについては、軽トラックの「ダイハツ・ハイゼット トラック ジャンボ」を挙げます。今はまさに、パワートレインが電動化しようという時代。「純ガソリンエンジン車としては、これが最後のマイカーになる」と決めて購入しました。

私自身がいま山奥に暮らしているというのもありますが、日本で乗るのにこれほど楽なクルマはありません。サイズ感、取り回し性、そして積載性。ステアフィールなんてないけれど(苦笑)、実用性・使いやすさが徹底的に突き詰められています。

では、それら86やGS、軽トラをひとまとめにできる“いいクルマ像”はないのか? 「趣味の領域でも実用の道具としてもいいクルマ」が定義できるのではないか? そう思われるでしょうが、私は、それは難しいと考えます。

これらの接点は「ない」に等しく、私自身、車両開発の場で「『趣味のクルマだけれど実用性も高い』といった中途半端なクルマづくりはやめよう」「相反する性質を無理に両立させなければ、もっといいものができる」ということを、散々開発チームに向けて言ってきましたから……。

とはいえ、上述のように個々のプロダクトについて魅力を語れる、ちゃんと講釈できるというのは、“いいクルマ”であればこそ。その点は3車共通ですから、「講釈できるクルマがいいクルマである」とまとめられるかもしれませんね(笑)。

多田 哲哉

多田 哲哉

1957年生まれの自動車エンジニア。大学卒業後、コンピューターシステム開発のベンチャー企業を立ち上げた後、トヨタ自動車に入社(1987年)。ABSやWRカーのシャシー制御システム開発を経て、「bB」「パッソ」「ラクティス」の初代モデルなどを開発した。2011年には製品企画本部ZRチーフエンジニアに就任。富士重工業(現スバル)との共同開発でFRスポーツカー「86」を、BMWとの共同開発で「GRスープラ」を世に送り出した。トヨタ社内で最高ランクの運転資格を持つなど、ドライビングの腕前でも知られる。2021年1月に退職。