ポルシェ911 GT3 RS(RR/7AT)
後ろ姿に戦慄せよ 2024.02.19 試乗記 992世代の「ポルシェ911」にもついに「GT3 RS」が登場。ご覧のとおりそのいで立ちは完全なレーシングカーであり、ナンバープレートが付いているのが不思議なくらいだが、メカニズムの進化もまたとんでもないことになっている。やはり本気のポルシェは恐ろしい。向こう側のスーパーマシン
2枚重ねの巨大なリアウイングの上段が立ち上がると幅いっぱいのポルシェのロゴが目に入る。後方がスッパリえぐり取られたフェンダーからタイヤも見える。いったいここはどこだ? とゾッとする。まるでのどかなドッグランに突如猛獣が、いやまがまがしい魔物が現れたような衝撃である。
レーシングカーとロードカーのはざまに位置するのがスポーツカーである、なんて言い方は昔からあったが、新しい911 GT3 RSはもうどこから見ても“あっち側”ではないか。ボディーに開けられた無数のアウトレットやスプリッターなどはすべて本物。どこにも一片のこけおどしもない完全な戦闘服である。
どんなに高性能であっても、GTとしての実用性を併せ持つのが911の特長だったはずなのに、その一線を完全に踏み越え、ぎりぎりサーキットまで自走できる程度の実用性すらかなぐり捨てたかに思えるのが新型RSである。その象徴がフロントのラゲッジスペースが取り払われたことだろう。小型キャリーオンケース程度なら飲み込むはずのスペースは大型センターラジエーターのためにつぶされ、カーボン複合材のフードは大きなエア抜きが切り欠かれている。本来有用なリアシート(もちろんこれも省略されているが)スペースも、本格的なロールケージ(ヴァイザッハパッケージ装着車ゆえにこれもカーボン製)が組まれているために、その隙間をかいくぐって荷物の出し入れをしなければならない。せめて自分のヘルメットと着替えぐらいは積みたいところだが、これではサポートカーが必要である。本当の「やっちゃえ」とはこういうことなのだろうな、と息をのむ。これは闘う911の戦闘力マックスの最終形態だろう。
最高速はたったの296km/h
標準型や限定モデル取り交ぜてあまたある911のなかでもGT3 RSが一番サーキット志向の究極の911であることは周知のとおりだが、2022年8月に発表された992型911の最新型GT3 RSは、史上最高に突き抜けている。エアロダイナミクスを追求した結果、レーシングカーそのままというべき姿に、いやレギュレーションで縛られる本物の「GT3 R」などよりも戦闘的ないで立ちと言っていい。
エンジンは従来どおりの4リッター自然吸気フラットシックス、最高出力とトルクは525PS/8500rpm、465N・m/6300rpmというもので、先代GT3 RSに比べると5PSだけ向上(トルクは反対に5N・m減)しているが(現行型「GT3」は510PSと470N・m)、ダウンフォースが増大し、最終減速比がわずかに低められたことで最高速は296km/hにとどまっている。それも当然、ハイダウンフォースセットの最高速である285km/h時に最大860kgのダウンフォースを発生するという。これは先代GT3 RSの2倍、現行型GT3(これだってビックリするようなウイングを生やしているのに)の3倍にあたるというものすごさだ。いっぽう0-100km/h加速は3.2秒と先代と同じである(現行GT3は318km/hと3.4秒)。もうこのぐらいなら丸めた数字で300km/hと言ってもいいんじゃないか、という気もするが、そこはポルシェらしいというか、あえてGT3よりも22km/h低い数値を公表することに不気味なほどの自信がうかがえる。ストレートのトップスピードを追求したクルマではありません、という宣言である。
使いこなせる気がしない
レブリミットの9000rpmまで回すとGT3同様、1速はほぼ80km/h、2速では120km/h近くにまで達するから、当たり前だが一般道でさく裂する自然吸気6気筒を目いっぱいに試すことはできない。何とか違いを見極められるのはエアロダイナミクスのほうだ。
ドライブモードは「ノーマル」「スポーツ」「トラック」の3種類のみだが、基本はローダウンフォースセッティングで上段リアウイングもフロントバンパー内のフラップも抵抗が少ないフラットな状態となる。いっぽうトラックモードを選択するとハイダウンフォースセッティングに変わり、リアウイングが油圧シリンダーによって一気に立ち上がる。さらにF1のようなDRS(ドラッグリダクションシステム)が備わり、速度やスロットル開度などの条件によってはステアリングスポーク上のスイッチで立ち上がったアッパーウイングをフラットにすることができる。その場合、重しが取れたようにフッと加速するのが分かるし、ある程度以上のブレーキング時には自動でウイングが立ち上がり、エアブレーキとしても働く。これが「PAA(ポルシェアクティブエアロダイナミクス)」である。
見た目が派手な可変システムだけでなく、GT3 RSではダブルウイッシュボーンのフロントサスペンションのアームまでウイング状に成形されているというから徹底的だ(最高速時にはこれだけで40kgのダウンフォースを発生)。CFRP製ルーフに備わるフィンもラジエーターからの熱気を外側に流すためのものだという。やるときは徹底的に容赦なく、である。
さらに特徴的なのはステアリングホイールに4個のダイヤルが備わっていること。右上は他の911同様ドライブモード(ノーマル/スポーツ/トラック)の切り替えだが、右下はスタビリティープログラムの「ESC/TC」、左上が可変ダンパーの「PASM」、その下が電制ディファレンシャルロックの「PTV+」の作動レベルをそれぞれコントロールするスイッチとなる。トラックモードを選ぶと、例えばPASMダイヤルでは前後のダンパーそれぞれの伸び/縮み側を個別に調整(しかも9段階)できる。一般道では丸一日走っても、とても使いこなせる気がしない。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
恐ろしい、だからこそ見たい
そんなプロ用のセッティング機能はいったん忘れても、スピードが増すにつれて路面に張り付き、自在に曲がる切れ味はもはや不気味なほど。いっぽうノーマルモードで普通に走ろうと思えば容易にこなすのが現代のRSである。街なかでは2000rpmぐらいで粛々とシフトアップしていくが、前:20インチ/後ろ:21インチのマグネシウム鍛造センターロックホイールに装着された巨大な「ミシュラン・パイロットスポーツ カップ2」のせいか、わだちが掘れているような路面では突如針路を乱すこともあるし、強力なLSDのせいで冷えているときに路地を曲がろうとすると、心臓に悪いガキゴキという音とともに抵抗し、やはり尋常なクルマではないということを思い起こさせる。オプションのフロントリフターも必須だろう。
バケットシートは角度固定式(スライドは手動、リフターのみ電動調整式)で、左足ブレーキが前提のようなペダル配置だが、意外に快適であり、もちろん盛大に各種ノイズが侵入するものの、角がとがっていない乗り心地も含めて我慢できないことはない。でも、だからあなたも大丈夫というわけにはいかないのがGT3のRSである。悍馬(かんば)はそれにふさわしい覚悟を持つ人だけが乗るべきだ。ここまでやり切ったなら次はもうないかも、とあきれながら、次はどんな戦法でくるのだろうと怖いもの見たさが膨らむ。それがポルシェの歴史である。
(文=高平高輝/写真=向後一宏/編集=藤沢 勝)
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
テスト車のデータ
ポルシェ911 GT3 RS
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4572×1900×1322mm
ホイールベース:2457mm
車重:1490kg
駆動方式:RR
エンジン:4リッター水平対向6 DOHC 24バルブ
トランスミッション:7段AT
最高出力:525PS(386kW)/8500rpm
最大トルク:465N・m(47.4kgf・m)/6300rpm
タイヤ:(前)275/35ZR20 102Y XL/(後)335/30ZR21 109Y XL(ミシュラン・パイロットスポーツ カップ2)
燃費:--km/リッター
価格:3134万円/テスト車=3986万円
オプション装備:ボディーカラー<ホワイト>(0円)/ブラック×ガーズレッドインテリア<ヴァイザッハパッケージ付き>(69万2000円)/ブレーキキャリパー<ハイグロスブラック塗装>(13万7000円)/ホイール<パイロレッド塗装>(9万2000円)/フロントアクスルリフトシステム(52万1000円)/Race-Texベルトアウトレットトリム(6万4000円)/20/21インチ軽量鍛造マグネシウムホイール(0円)/Race-Texサンバイザー(6万9000円)/クラブスポーツパッケージ(0円)/マットカーボンドアシルガード<イルミネーション付き>(7万円)/LEDマトリクスヘッドライト<PDLSを含む>(58万6000円)/アクセントロゴパッケージ(12万6000円)/ライトデザインパッケージ(8万4000円)/「PORSCHE」ロゴLEDドアカーテシーライト(2万4000円)/ヴァイザッハパッケージ(605万5000円)
テスト車の年式:2023年型
テスト開始時の走行距離:3814km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(1)/高速道路(7)/山岳路(2)
テスト距離:309.3km
使用燃料:56.9リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:5.7km/リッター(満タン法)/6.0km/リッター(車載燃費計計測値)

高平 高輝
-
ホンダN-ONE e:G(FWD)【試乗記】 2025.12.17 「ホンダN-ONE e:」の一充電走行距離(WLTCモード)は295kmとされている。額面どおりに走れないのは当然ながら、電気自動車にとっては過酷な時期である真冬のロングドライブではどれくらいが目安になるのだろうか。「e:G」グレードの仕上がりとともにリポートする。
-
スバル・クロストレック ツーリング ウィルダネスエディション(4WD/CVT)【試乗記】 2025.12.16 これは、“本気仕様”の日本導入を前にした、観測気球なのか? スバルが数量限定・期間限定で販売した「クロストレック ウィルダネスエディション」に試乗。その強烈なアピアランスと、存外にスマートな走りをリポートする。
-
日産ルークス ハイウェイスターGターボ プロパイロットエディション/ルークスX【試乗記】 2025.12.15 フルモデルチェンジで4代目に進化した日産の軽自動車「ルークス」に試乗。「かどまる四角」をモチーフとしたエクステリアデザインや、リビングルームのような心地よさをうたうインテリアの仕上がり、そして姉妹車「三菱デリカミニ」との違いを確かめた。
-
アストンマーティン・ヴァンテージ ロードスター(FR/8AT)【試乗記】 2025.12.13 「アストンマーティン・ヴァンテージ ロードスター」はマイナーチェンジで4リッターV8エンジンのパワーとトルクが大幅に引き上げられた。これをリア2輪で操るある種の危うさこそが、人々を引き付けてやまないのだろう。初冬のワインディングロードでの印象を報告する。
-
BMW iX3 50 xDrive Mスポーツ(4WD)【海外試乗記】 2025.12.12 「ノイエクラッセ」とはBMWの変革を示す旗印である。その第1弾である新型「iX3」からは、内外装の新しさとともに、乗り味やドライバビリティーさえも刷新しようとしていることが伝わってくる。スペインでドライブした第一報をお届けする。
-
NEW
次期型はあるんですか? 「三菱デリカD:5」の未来を開発責任者に聞いた
2025.12.18デイリーコラムデビューから19年がたとうとしている「三菱デリカD:5」が、またしても一部改良。三菱のご長寿モデルは、このまま延命措置を繰り返してフェードアウトしていくのか? それともちゃんと次期型は存在するのか? 開発責任者に話を聞いた。 -
NEW
フォルクスワーゲンID. Buzzプロ ロングホイールベース(前編)
2025.12.18あの多田哲哉の自動車放談現在の自動車界では珍しい、100%電動ミニバン「フォルクスワーゲンID. Buzz」。トヨタでさまざまな車両を開発してきた多田哲哉さんが、実車に初めて試乗した感想は? -
NEW
第941回:イタルデザインが米企業の傘下に! トリノ激動の一年を振り返る
2025.12.18マッキナ あらモーダ!デザイン開発会社のイタルデザインが、米IT企業の傘下に! 歴史ある企業やブランドの売却・買収に、フィアットによるミラフィオーリの改修開始と、2025年も大いに揺れ動いたトリノ。“自動車の街”の今と未来を、イタリア在住の大矢アキオが語る。 -
ホンダN-ONE e:G(FWD)【試乗記】
2025.12.17試乗記「ホンダN-ONE e:」の一充電走行距離(WLTCモード)は295kmとされている。額面どおりに走れないのは当然ながら、電気自動車にとっては過酷な時期である真冬のロングドライブではどれくらいが目安になるのだろうか。「e:G」グレードの仕上がりとともにリポートする。 -
人気なのになぜ? 「アルピーヌA110」が生産終了になる不思議
2025.12.17デイリーコラム現行型「アルピーヌA110」のモデルライフが間もなく終わる。(比較的)手ごろな価格やあつかいやすいサイズ&パワーなどで愛され、このカテゴリーとして人気の部類に入るはずだが、生産が終わってしまうのはなぜだろうか。 -
第96回:レクサスとセンチュリー(後編) ―レクサスよどこへ行く!? 6輪ミニバンと走る通天閣が示した未来―
2025.12.17カーデザイン曼荼羅業界をあっと言わせた、トヨタの新たな5ブランド戦略。しかし、センチュリーがブランドに“格上げ”されたとなると、気になるのが既存のプレミアムブランドであるレクサスの今後だ。新時代のレクサスに課せられた使命を、カーデザインの識者と考えた。

















































