ケータハム・セブン340R(FR/5MT)
すべての瞬間がオリジナル 2024.06.11 試乗記 昔ながらの超軽量・超シンプルなクルマづくりを守り続ける、英国のケータハム。その最新モデルが「セブン340」だ。車重は実に500kg台(!)と、驚異的に軽い車体とモダンな2リッターエンジンの組み合わせは、私たちにどんな景色を見せてくれるのか?わかりづらいようで実はシンプルな命名法
この英国製ネイキッドスポーツカーは、日本では「スーパーセブン」と呼ばれることが多い。ただ細かいことをいうと、このカタチのクルマの基本名はセブンで、すべてが“スーパー”ではない。初めてスーパーセブンを名乗ったのは、現在のケータハム社が1973年にセブンにまつわる設備や権利のいっさいがっさいを引き取る以前の、すなわちロータス時代に用意された高性能モデルだ。ケータハムとなってからもスーパーセブンを名乗るモデルもあったが、近年は(往年に思いをはせるオマージュ機種以外は)単純に“セブン”である。
今回試乗したセブンは最新の「340R」。その数字によるモデル名も、熱心なファン以外にはわかりづらいかもしれない。セブンといえば車重500kg台という超軽量が自慢で、今はそれを象徴するかのように、(車重1t換算の)パワーウェイトレシオをモデル名とする。
今回の340Rだと最高出力は172PS。これをおおよそ170PSとすると、車重が500kg(=0.5t)ならパワーウェイトレシオは“340”PS/tになるという計算だ。実際には乾燥重量でも560kgなので、少し“盛った”数字ではあるのだが、いずれにせよ、今のセブンはモデル名を2で割る(=0.5をかける)とエンジン出力がわかる。2024年6月現在のケータハムには、340のほかにスズキ製0.66リッターターボを搭載する「セブン170」もあるが、その最高出力も(170÷2=)85PSだ。
さらに今のセブンは、同じエンジンでも公道志向スペックの「S」とサーキット志向の「R」という2グレードを用意する。今回の試乗車は後者で、フロントワイドトレッドやリアスタビライザー、車高調ダンパーを含む「スポーツサスペンションパック」や、15インチアロイホイール+「エイボンZZS」タイヤ、LSD、カーボンダッシュボード、コンポジットバケットシート、4点式ハーネス、ブラックパックなどが標準で装備される。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
飛躍的に向上した精度と品質
ケータハムといえば、2021年4月に日本のVTホールディングス傘下となってから(参照)、品質向上と企業体力アップを図っている。2023年には新社屋への移転も発表されて、生産能力も従来比5割増の年産750台まで引き上げられるという。そして、今は職人さんがひとりずつ一台のクルマを責任をもって最後まで仕上げる「ワンマン・ワンカー」の生産体制を取り入れたことも、品質向上に効いているとか。
実際、今回の試乗車にも、そうした努力の成果と思われるポイントがいくつもあった。脱着式のアルミ製エンジンフードはピタリとフィットして、フロントタイヤを覆うサイクルフェンダーも、これまで以上に高精度にまっすぐ取り付けられている。サイドパネルも平滑そのものだ。カーボンパネルにハメ込まれたメーターやスイッチ類もまったくズレていない。一台のクルマを長年つくり続けているケータハムは、この種の少量生産車メーカーとしてはもともと高品質だったが、最新のセブンはそれに輪をかけて、つくりがいい。
日本上陸したてホヤホヤの340は、従来の「270」にかわるモデルだ。より高性能な「480」も、これと前後して生産終了になるという。今回の340が搭載するエンジンも、270や480と基本的に共通のフォード製「デュラテック」だが、このご時世では、こうした汎用性の高いオーソドックスなエンジンを調達するのも、どんどんむずかしくなっているそうだ。
しかし、ケータハムはVTホールディングスからの潤沢な資金で、生産終了直前の2リッター4気筒デュラテックを1800基確保することに成功。ケータハムの生産規模なら、スズキの3気筒ターボと合わせて、これで数年は安泰(?)と思われる。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
走りだした瞬間に広がる別世界
ケータハムカーズ・ジャパン担当者のアドバイスどおり、少しばかりのパンツの汚れはあきらめて、まずシート上にクツで立ち、そこからタイトなフットウェルに脚を滑りこませると、シートにピタリと体がおさまる。ソフトトップをつけたままの乗降は、こうした一連の動作ができないので拷問に近い(笑)。目前の直径260mmほどの超小径モモ製ステアリングや本格サーキット走行に好適な4点式ハーネスも“R”の特徴だが、一般的な3点式ベルトも残されるのはありがたい。
現代のエンジンであるデュラテックの始動やあつかいにコツは不要。運転席のすぐわきに排気管があるので、ドライバー席で聞くエンジン音は大迫力だが、クルマから少し離れれば、爆音というほどでもないのはいかにも今っぽい。むき出しの排気管の根元には、しっかり大きな触媒も見える。
ギアボックスはこの種のクルマでは定番の「マツダ・ロードスター」(NA/NB)用5段MT。手応えもかっちりしていて心地よい。クラッチが高出力対応のせいかペダルは軽くなく、ミート感覚も少しクセがあるが、いかんせん500kg台の車重なので、そろりとミートすれば柔軟に走る……どころか、アクセルペダルに軽く足を乗せるだけで、周囲の交通を軽々とリードできる。暴力的ではないが十二分に速い。
ロケ地に向けて、朝の渋滞がはじまりかけた東京の環状八号線を走るハメになると、自分が座っている位置の低さをあらためて痛感させられる。大型トラックのハブボルトが顔の真横にあって、一瞬、踏みつぶされそうな錯覚を覚える。ああ、この瞬間もセブンだ。
それにしても、ヒビ割れ、ワダチ、工事用の鉄板、白線……と、路面にある万物の存在が手はおろか、尻にも取る(?)ようにわかるダイレクト感よ。オプションの13インチセミスリックタイヤと車高調サスペションの肌ざわりはもちろん硬いが、低速でも望外にアシが動いてくれるのは、柔らかめにセットされたサスペンションの減衰と、アイバッハとビルシュタインという名門ブランドの高精度パーツのおかげか。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
“らしく”走らせるにはコツがいる
そのまま東名高速に乗り入れると、サイドドアを装着していてもコックピット周辺は“暴風域”というほかない。絶対的なサスペンションストロークが短いので、それなりの突き上げは覚悟が必要だが、アシの滑らかさはそのまま。アライメントもしっかりと出ているようで、直進性はすこぶる優秀。路面のうねりに進路を乱されるようなこともなく、重いステアリングと格闘する必要はまるでない。フロントタイヤが絶え間なく上下しながら路面をとらえて、自分の手の力加減に合わせて右へ左へと向きを変える様子が、ちょっとだけ遠くに見える。この瞬間も、セブンならではだ。
とにかく車重が軽く、少なくとも今回のようなドライ路面ではタイヤグリップも強力なので、ステアリングを切って、高めのギアのままアクセルを踏むだけでも、そこいらのスポーツカーに比肩するペースで走ることは容易である。ただ、この340Rを“らしく”走らせたいなら、1速と2速を駆使して、エンジン回転は4000rpm前後以上をキープしたい。ケータハム独自チューンのデュラテックは、4000rpm弱でなにかが開いたかようにエキゾーストノートが一段階高まり、レスポンスも明らかに高まる。そこからリミット近くの7000rpm付近までがスイートスポットである。
ステアリングも最新スポーツカーと比較すると、ダイレクトではあるがトレース性は少し曖昧で、ノンパワーのステアリングは正直いって重い。なので、ターンインは繊細にクリッピングをピンポイントで射抜くというより、タイヤと路面のご機嫌をうかがいつつ、ジワジワとねじ込んでいく……イメージだ。そして、そこからコーナー出口までのラインがイメージできたら、アクセルペダルは遠慮なく踏むべし。こうしてリアタイヤに荷重をしっかりと移動させれば、トラクションに不足はない。
これほど日本に浸透しようとは
歴代セブンのリアサスペンション形式にはいくつかあるが、340のそれは、1985年に登場したケータハム独自のド・ディオンだ。もともとのセブンは左右の縦置きリンクと中央のA型フレームで位置決めされるリジッドアクスルだが、そのアクスルを鋼管チューブに入れ替えて、サスペンションの幾何学設計はそのままにリアデフをシャシーに固定(=バネ上化)。こうしてバネ下を大幅に軽量化して、ロードホールディング性を高めたのが、セブンのド・ディオンである。
ちなみに、現在の170は「スズキ・キャリイ」用のホーシングによる5リンク式リジッド。さらにケータハムのド・ディオンには、リア側にも縦置きリンクを追加して横剛性を強化したワッツリンク形式も存在するが、今回の340はそうではないようだ。
172PS、174N・mなら通常のド・ディオンで十分ということか。今回の路面でも、意図的な操作をしないかぎり、不意にグリップを失うケースはなかった。ただ、ノンサーボのブレーキペダルを蹴っ飛ばして、(硬いけれど)しなやかなフロントサスペンションに荷重を乗せてキッカケをつくり、そこからよきタイミングでアクセルを踏み込めば、自分のすぐ背後にあるリアタイヤが、自分もろとも振り子のように外へはらもうとする。もちろん、それ以上に滑らせるなんて公道ではご法度だが、そうでなくても、LSDともあいまってイメージどおりのラインに乗せやすい。そうそう、この瞬間がセブン……というほかない。
こうしてセブンで遊んでいると、自分で巻き上げた小石が頭上からパラパラと降ってくることもあった(笑)。こんなムキだしのネイキッドスポーツカーをつくるメーカーが今や日本資本傘下なのは、ケータハムにとって、日本が昔から世界で1、2を争う市場であることも無関係ではあるまい。今回の試乗取材中も、クルマにさして興味がないであろう老若男女から「あ、スーパーセブン!」と指さされることが何度もあった。いや、だからこれは“スーパー”じゃなくて……というのはどうでもよく、こんな超マニア物件がここまで浸透しているなんて、あらためて考えると、すごいことだ。
(文=佐野弘宗/写真=向後一宏/編集=堀田剛資)
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
テスト車のデータ
ケータハム・セブン340R
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=3100×1575×1115mm
ホイールベース:2225mm
車重:560kg(乾燥重量)/590kg(車検証記載値)
駆動方式:FR
エンジン:2リッター直4 DOHC 16バルブ
トランスミッション:5段MT
最高出力:172PS(126.5kW)/7250rpm
最大トルク:174N・m(17.7kgf・m)/6500rpm
タイヤ:(前)185/55R13 83W/(後)215/55R13 88W(エイボンZZS)
燃費:--km/リッター
価格:1061万5000円/テスト車=1263万9000円
オプション装備:13インチApolloブラックアロイホイール+Avon ZZSタイヤ<フロント6J+リア8J>(9万3500円)/ベンチレーテッドフロントディスクブレーキ+4ピストンキャリパー(18万7000円)/フルウインドスクリーン・ソフトトップ&ドア<エアロスクリーンは付属しません>37万4000円/バッテリーマスターカットオフスイッチ(4万9500円)/トラックデーロールバー(7万1500円)/ステアリングホイール<Momo>(0円)/ヒーター(10万4500円)/ノーズコーン<カーボン>(17万6000円)/高輝度LEDヘッドライト(18万7000円)/エクスクルーシブペイント<デトネーターイエロー>57万7500円/ペイント7グリル<デトネーターイエロー>(3万8500円)/フルデカールパック<トリプルカーボンストライプ、ブラックピンストライプ&レタリング>(9万3500円)/ペイントペダルボックスカバー<デトネーターイエロー>(2万7500円)/ペイントカムカバー<デトネーターイエロー>(4万4000円)
テスト車の年式:2024年型
テスト開始時の走行距離:676km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(3)/高速道路(5)/山岳路(2)
テスト距離:263.4km
使用燃料:18.2リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:14.5km/リッター(満タン法)
◇◆こちらの記事も読まれています◆◇
◆ケータハムが「セブン340」を発売 最高出力172PSの2リッターエンジンを搭載【東京オートサロン2024】
◆ケータハム・スーパーセブン1600(FR/5MT)【試乗記】
◆ケータハム・セブン170S(FR/5MT)【試乗記】

佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。
-
メルセデス・ベンツGLB200d 4MATICアーバンスターズ(4WD/8AT)【試乗記】 2025.11.10 2020年に上陸したメルセデス・ベンツの3列シート7人乗りSUV「GLB」も、いよいよモデルライフの最終章に。ディーゼル車の「GLB200d 4MATIC」に追加設定された新グレード「アーバンスターズ」に試乗し、その仕上がりと熟成の走りを確かめた。
-
アウディSQ5スポーツバック(4WD/7AT)【試乗記】 2025.11.8 新型「アウディSQ5スポーツバック」に試乗。最高出力367PSのアウディの「S」と聞くと思わず身構えてしまうものだが、この新たなSUVクーペにその心配は無用だ。時に速く、時に優しく。ドライバーの意思に忠実に反応するその様子は、まるで長年連れ添ってきた相棒かのように感じられた。
-
MINIジョンクーパーワークスE(FWD)【試乗記】 2025.11.7 現行MINIの電気自動車モデルのなかでも、最強の動力性能を誇る「MINIジョンクーパーワークス(JCW)E」に試乗。ジャジャ馬なパワートレインとガッチガチの乗り味を併せ持つ電動のJCWは、往年のクラシックMiniを思い起こさせる一台となっていた。
-
プジョー2008 GTハイブリッド(FF/6AT)【試乗記】 2025.11.5 「プジョー2008」にマイルドハイブリッドの「GTハイブリッド」が登場。グループ内で広く使われる最新の電動パワートレインが搭載されているのだが、「う~む」と首をかしげざるを得ない部分も少々……。360km余りをドライブした印象をお届けする。
-
2025ワークスチューニンググループ合同試乗会(後編:無限/TRD編)【試乗記】 2025.11.4 メーカー系チューナーのNISMO、STI、TRD、無限が、合同で試乗会を開催! 彼らの持ち込んだマシンのなかから、無限の手が加わった「ホンダ・プレリュード」と「シビック タイプR」、TRDの手になる「トヨタ86」「ハイラックス」等の走りをリポートする。
-
NEW
ボンネットの開け方は、なぜ車種によって違うのか?
2025.11.11あの多田哲哉のクルマQ&Aクルマのエンジンルームを覆うボンネットの開け方は、車種によってさまざま。自動車業界で統一されていないという点について、エンジニアはどう思うのか? 元トヨタの多田哲哉さんに聞いてみた。 -
NEW
ボルボEX30クロスカントリー ウルトラ ツインモーター パフォーマンス(4WD)【試乗記】
2025.11.11試乗記ボルボの小型電気自動車(BEV)「EX30」にファン待望の「クロスカントリー」が登場。車高を上げてSUVっぽいデザインにという手法自体はおなじみながら、小さなボディーに大パワーを秘めているのがBEVならではのポイントといえるだろう。果たしてその乗り味は? -
メルセデス・ベンツGLB200d 4MATICアーバンスターズ(4WD/8AT)【試乗記】
2025.11.10試乗記2020年に上陸したメルセデス・ベンツの3列シート7人乗りSUV「GLB」も、いよいよモデルライフの最終章に。ディーゼル車の「GLB200d 4MATIC」に追加設定された新グレード「アーバンスターズ」に試乗し、その仕上がりと熟成の走りを確かめた。 -
軽規格でFR!? 次の「ダイハツ・コペン」について今わかっていること
2025.11.10デイリーコラムダイハツがジャパンモビリティショー2025で、次期「コペン」の方向性を示すコンセプトカー「K-OPEN」を公開した。そのデザインや仕様は定まったのか? 開発者の談話を交えつつ、新しいコペンの姿を浮き彫りにしてみよう。 -
ホンダ・シビック タイプRレーシングブラックパッケージ(後編)
2025.11.9ミスター・スバル 辰己英治の目利きあの辰己英治氏が、“FF世界最速”の称号を持つ「ホンダ・シビック タイプR」に試乗。ライバルとしのぎを削り、トップに輝くためのクルマづくりで重要なこととは? ハイパフォーマンスカーの開発やモータースポーツに携わってきたミスター・スバルが語る。 -
アウディSQ5スポーツバック(4WD/7AT)【試乗記】
2025.11.8試乗記新型「アウディSQ5スポーツバック」に試乗。最高出力367PSのアウディの「S」と聞くと思わず身構えてしまうものだが、この新たなSUVクーペにその心配は無用だ。時に速く、時に優しく。ドライバーの意思に忠実に反応するその様子は、まるで長年連れ添ってきた相棒かのように感じられた。








































