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第905回:欧州でキャデラックは(またもや)無理ゲーか? トランプ関税発動を機に考える

2025.04.10 マッキナ あらモーダ! 大矢 アキオ
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思い出す“チキン・タックス”と“日本製ビデオデッキ標的”

2025年4月2日に米国のドナルド・トランプ大統領が発表した「相互関税」は、ヨーロッパの経済界にも大きな衝撃を与えた。欧州連合(EU)は即座に報復措置を講じることを暗示した。自動車に関していえば、これまでEUは、米国から輸入される乗用車に10%の関税を課してきた。その税率は今回の一連の動きによって、引き上げられることも十分考えられる。

欧州が他国と交わしてきた関税や輸入超過に関する戦いは、以前から熾烈(しれつ)だった。象徴的なのは、1964年の“チキン・タックス”問題だ。欧州諸国が米国の鶏肉に高い関税を課したのに対抗して、米国は欧州や日本製ピックアップトラックに25%の関税を適用した。その税率は今日まで続いている(乗用車は2.5%)。

いっぽうフランスは、1982年に日本製ビデオデッキの輸入に関し、必要な書類の言語をフランス語のみに指定。さらに同機器の通関をパリから340km南に離れたポワティエに限定した。処理能力が到底ない小さな町の税関を指定することで、輸入量を抑制する作戦だった。これによりフランスは翌年、日本から自主規制を勝ち取った。

いずれの事例も、通商関係には強硬ともいえる駆け引きが必要であることを示している。「遺憾」を連発するだけの日本の姿勢とは次元が異なる。

今回は仮に近日EUが報復関税を実施したら、真っ先に影響を受けそうなヨーロッパにおける米国車、それもアメリカ車の象徴ともいえるキャデラックに焦点を当てて記そう。

2025年現在、キャデラックをヨーロッパで販売しているのは、その名もキャデラック・ヨーロッパ社である。チューリッヒ郊外に本社を置くゼネラルモーターズの子会社だ。このスイス法人の歴史は古く、1935年に設立されたGMスイスおよびその工場にさかのぼる。1975年に生産を終了したあとも、米国系GM車の輸入販社として存続した。

2017年にGMがオペルを旧グループPSAに売却して欧州事業から撤退したのを機に、キャデラックの輸入販売を停止。ただし、その後キャデラック・ヨーロッパへと社名を変更し、2024年からスイス、ドイツ、フランス、スウェーデンの4カ国に電気自動車(EV)のブランドとして再参入した。具体的には「リリック」に続き、「オプティック」を2025年中に導入する予定だ。

今回はヨーロッパにおけるキャデラックのお話を。これは2025年のパリのヒストリックカーショー「レトロモビル」に展示されたEV「リリックAWD」。全長×全幅×全高=5005✕1977✕1623mmで、満充電からの航続可能距離は530km(WLTPモード)。
今回はヨーロッパにおけるキャデラックのお話を。これは2025年のパリのヒストリックカーショー「レトロモビル」に展示されたEV「リリックAWD」。全長×全幅×全高=5005✕1977✕1623mmで、満充電からの航続可能距離は530km(WLTPモード)。拡大
1958年「キャデラック・エルドラド シリーズ62」。「レトロモビル2025」におけるキャデラック・ヨーロッパの展示車両から。
1958年「キャデラック・エルドラド シリーズ62」。「レトロモビル2025」におけるキャデラック・ヨーロッパの展示車両から。拡大
1958年「キャデラック・エルドラド シリーズ62」。リリックの性能を強調したいメーカーの解説板によれば、航続可能距離は360km、0-100km/hは12.3秒であった。
1958年「キャデラック・エルドラド シリーズ62」。リリックの性能を強調したいメーカーの解説板によれば、航続可能距離は360km、0-100km/hは12.3秒であった。拡大
「エルドラド シリーズ62」の室内。パワーシート、パワーウィンドウを当時から備えていた。
「エルドラド シリーズ62」の室内。パワーシート、パワーウィンドウを当時から備えていた。拡大
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憧れの的だったが

実はフランス人やイタリア人の間で、アメリカ車に対する印象はけっして悪くない。背景には第2次世界大戦がある。フランスをナチス・ドイツやその傀儡(かいらい)であるヴィシー政権から、イタリアをファシズムから解放したのは連合軍を率いたアメリカであったからだ。そして「ジープ」はその象徴であった。

続く戦後、キャデラックは欧州の人々にとって、たとえ実車を見たことがなくても米国的豊かさの代名詞となった。キャデラックをタイトルに織り込んだヴィンス・テイラーの「ブランニュー・キャデラック」、ブルース・スプリングスティーンの「ピンク・キャデラック」「キャデラック・ランチ(Ranch=牧場)」といった楽曲は、ヨーロッパでも音楽ファンの間に広まった。フランス版エルヴィス・プレスリーといえるジョニー・アリデイも1989年に「キャデラック」といった作品をリリース。直近ではフランスのシンガー、オセヴネも2024年に「キャデラック」と題した新作を発表している。

スイスに目を向ければ、フランス語圏であるロマンド地方では、ドイツのプレミアムブランドが台頭する前夜、2000年代初めまでキャデラックを含むアメリカ車が一定の存在感を示していた。住民の生活が比較的豊かであったこと、外交関係者が多かったこと、さらに米国車でも走りやすい比較的平たんな地形であったことが背景にある。

ただし、欧州全体のキャデラックの年間販売台数は、けっして輝かしいものではなかった。2005年よりGMが当時の傘下ブランドであったサーブのスウェーデン工場で生産していた小型モデル「BLS」に支えられた2007年の約3000台をピークに、後年は減少をたどった(データ出典:GoodCarBadCar)。そして前述のように2017年、キャデラックは欧州で販売停止に至った。

その知名度とカルチャーに対して、クルマ自体の普及度が追いつかないのが、欧州でのキャデラックなのである。

「レトロモビル2025」のキャデラックブースで。そのレガシーをさりげなく強調していた。
「レトロモビル2025」のキャデラックブースで。そのレガシーをさりげなく強調していた。拡大
1987年から1993年まで、イタリアのピニンファリーナで車体や内装がつくられた「キャデラック・アランテ」も紹介されていた。
1987年から1993年まで、イタリアのピニンファリーナで車体や内装がつくられた「キャデラック・アランテ」も紹介されていた。拡大
2005年3月、ジュネーブモーターショーにおける「キャデラックBLS」。
2005年3月、ジュネーブモーターショーにおける「キャデラックBLS」。拡大
「BLS」は「サーブ9-3」と共通のプラットフォームを使用。生産もスウェーデンの同社工場で行われた。
「BLS」は「サーブ9-3」と共通のプラットフォームを使用。生産もスウェーデンの同社工場で行われた。拡大
「BLS」の脇では、グレン・ミラーの楽曲演奏でアメリカ風情を醸し出していた。しかし“小さなキャデラック”は成功から程遠かった。
「BLS」の脇では、グレン・ミラーの楽曲演奏でアメリカ風情を醸し出していた。しかし“小さなキャデラック”は成功から程遠かった。拡大

再起なるか。もしくは、またもや……

ヨーロッパで再起を模索しているキャデラックは、比較的平均所得が高い国や都市を照準にしている。

パリではオペラ座近くの一等地に「キャデラック・シティー・パリ」を2024年6月に開設した。2024年10月のパリモーターショーに続き、2025年2月にはヒストリックカーショーの「レトロモビル」にも出展。同展のスタッフによれば、フランスでは多店舗展開は図らず、インターネット販売と指定サービス工場の充実を計画しているという。テスラの手法に近いものを目指しているのがうかがえる。ちなみに、フランス国内各地での試乗待ち合わせ場所は、しゃれたレストランやそこそこのグレードのホテルが指定されている。

そうした新しい欧州戦略が奏功するのか、それとも日本でいうところの「無理ゲー」なのかを判断するには、あと少し時間を要するだろう。冒頭の繰り返しになるが、EUによる報復関税が命取りになることも十分考えられる。

キャデラックが好きで、東京生活時代にもイタリアに住んでからも、何度か真剣に中古車を探した筆者としては、気になるところである。ついでにいえば、キャデラックと対照的に、トヨタやヒョンデが普及しても、それらのブランド名を歌詞やタイトルに盛り込んでヒットした欧州の楽曲がないことに気づき、こちらも複雑な心境になったのであった。

(文と写真=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA>/編集=堀田剛資)

「キャデラック・リリック」のフランス国内価格は8万1100ユーロ(約1311万円)。
「キャデラック・リリック」のフランス国内価格は8万1100ユーロ(約1311万円)。拡大
「リリック」のダッシュボード。ディスプレイこそ今日的だが、横長基調の意匠は、往年の米国車をほうふつとさせる。同時に、下すぼまりのエンブレム形状が各所に反復されているのがわかる。
「リリック」のダッシュボード。ディスプレイこそ今日的だが、横長基調の意匠は、往年の米国車をほうふつとさせる。同時に、下すぼまりのエンブレム形状が各所に反復されているのがわかる。拡大
LEDディスプレイは33インチ。
LEDディスプレイは33インチ。拡大
ドアを開けると、ディスプレイには幻想的なシルエットが現れる。
ドアを開けると、ディスプレイには幻想的なシルエットが現れる。拡大
サイドシルのイルミネーション。
サイドシルのイルミネーション。拡大
同じく「レトロモビル2025」で。1959年キャデラックがアイキャッチとして置かれていたのは、白リボンタイヤ販売業者のスタンド。フランスで古い米国車好きは少なくない。
同じく「レトロモビル2025」で。1959年キャデラックがアイキャッチとして置かれていたのは、白リボンタイヤ販売業者のスタンド。フランスで古い米国車好きは少なくない。拡大
大矢 アキオ

大矢 アキオ

Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。

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