ボンネットの開け方は、なぜ車種によって違うのか?
2025.11.11 あの多田哲哉のクルマQ&Aフロントのボンネットについてうかがいます。ロック解除のレバー位置や、アンカーの数、ダンパーの有無など車種によりさまざまですが、これは違ってもいいのでしょうか? 規格化されていないという点について、開発者の方はどう思われますか?
おっしゃるとおり、ボンネットの開け方は統一されておらず、「慣れていないクルマで急に開けることになって、どうしていいかわからず慌てた」なんて話を聞くことがあります。
その形式がさまざまなのは、単に規則・決まりがないため。それで各社各様、同じメーカーでも車種によって違うという状況になっているのです。
「ならば今後、すべて同じにすればいいじゃないか」という声もありそうなものですが、実は近年では、そうした要望はメーカーにほとんどあがってきません。なぜなら、「ボンネットなんて開けたことがない」「そもそもボンネットというのは開けていいものなのか?」という人が、現実的に多いからです。私自身、人前でエンジンルームを見せた際に「え、そんなところ開くの?」と言われて驚いたことがあります。
自分が開発に関わった車両でいえば、最新型(90型)の「スープラ」はボンネットの開け方にこだわった一台です。
先代モデルにあたる80型スープラの開発者、都築 功さんが、「スープラのような高性能スポーツカーは、万が一のときでもボンネットが開いてはならない」という考えから、そのボンネットにラッチ(掛け金)を2つ付けていた。それを思い出して、私も90型スープラでは2つにしました。協業パートナーだったBMWが“2ラッチのクルマ”を多くラインナップしているメーカーなので、容易に決められたというのもありますが。
このように、ボンネットの留め方、開け方をどうするかというのは、技術的にどうこうというよりもむしろ、開発者の哲学次第という面があります。
ダンパーの有無については、トヨタに関していえば、ボンネットの大きさ・重さによる“閾(しきい)値”が決められていて、これ以上なら付けるという社内規定がありました。しかし最近は、材質にアルミニウムを使うなど、大きくても軽いボンネットも多くなり、ボンネットにダンパーが要らないケースが増えています。
もっとも、ダンパーがあったほうが上品に開閉できますから、高級車をはじめコストに余裕があるモデルだとダンパーが付くこともあります。ただ、「軽量化優先であえてダンパーレスにした」という言い方もできますし、やはり、開発者の裁量で決まるといえるでしょう。
ボンネット開閉の方式は、いろんな人が使うことを考えると、統一したほうがいいのかもしれません。しかし、繰り返しになりますが、ユーザーがボンネットを開けることが少なくなってしまい、そこに強いこだわりを持たれることもないまま、今に至っています。
現実に、「給油口と間違って開けてしまったが、締められないので困っている」という声も聞かれます。そのため業界的には「規格化されてオープナーが“一等地”に配置されると、誤って開けてしまう恐れがある」「安全性の観点から、オープナーはむしろ開けにくくなる場所に付けるべきだ」という議論もある、ということはお伝えしておきます。

多田 哲哉
1957年生まれの自動車エンジニア。大学卒業後、コンピューターシステム開発のベンチャー企業を立ち上げた後、トヨタ自動車に入社(1987年)。ABSやWRカーのシャシー制御システム開発を経て、「bB」「パッソ」「ラクティス」の初代モデルなどを開発した。2011年には製品企画本部ZRチーフエンジニアに就任。富士重工業(現スバル)との共同開発でFRスポーツカー「86」を、BMWとの共同開発で「GRスープラ」を世に送り出した。トヨタ社内で最高ランクの運転資格を持つなど、ドライビングの腕前でも知られる。2021年1月に退職。
