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バランスドエンジンってなにがスゴいの? ―誤解されがちな手組み&バランスどりの本当のメリット―

2025.12.05 デイリーコラム 工藤 貴宏
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かつてのメカチューンの定番メニュー

「やっぱり違いますね。回転が上がっていくフィーリングが全然違う」。そんな素人感丸出しの感想をエンジニアさんに伝えてしまったワタクシ。とある市販車に限定で追加されたバランスどりエンジンの仕様と、そうではない普通のエンジンの仕様を、クローズドコースで乗り比べたときのことだ。

すると、それを聞いて開発担当のエンジニアさんはこう言ったのです。「たしかにバランスどりは効いています。でも、実はこのクルマはエンジン制御プログラムにも手が入っていて、体感できたのはそっちの効果のほうが大きいかもしれませんね」。えっ、資料にはそんなこと書いてあったっけ? それにしても正直なエンジニアさんだ(笑)。

というわけで今回のテーマは「バランスドエンジンはなにがスゴいのか?」である。バランスドエンジンとはスバルが使う呼び名で、いわゆる「バランスどりしたエンジン」だ。性能を高めるためにピストンやコンロッドなど回転系部品の重量をそろえたり、回転バランスを整えたクランクシャフトを組み込んだりしたエンジンのことをいう。かつてのメカチューンの定番メニューである。

300台限定で販売された「スバルBRZ STI SportタイプRA」には、スーパー耐久シリーズの参戦車両と同様にバランスどりされたエンジンが搭載されている。
300台限定で販売された「スバルBRZ STI SportタイプRA」には、スーパー耐久シリーズの参戦車両と同様にバランスどりされたエンジンが搭載されている。拡大
「BRZ STI SportタイプRA」に搭載される2.4リッター水平対向4気筒エンジン「FA24」。
「BRZ STI SportタイプRA」に搭載される2.4リッター水平対向4気筒エンジン「FA24」。拡大
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スバルもトヨタも日産も

先日、スバルが発売した「BRZ STI SportタイプRA」には、このバランスドエンジンが使われている。スバルによると「重量公差を50%低減したピストン&コンロッド、回転バランス公差を80%低減したクランクシャフト、67%低減したフライホイール、50%低減したクラッチカバーを採用(数値はすべて量産比)。高精度の部品を厳選したうえで特別な生産工程を経て組み立てる」とのことだ。

ちなみにスバルの場合、ピストン&コンロッドはかつてのチューニングエンジンと違って加工を施して重量をそろえるのではなく、部品メーカーから工場へ納入されたピストンやコンロッドの重量(どうしても“公差”と呼ばれる細かな重量差が生じる)を一つひとつ計測し、“重量差の少ない部品同士”を選ぶことで、重量公差を抑えている。これは「GRヤリス」や「GRカローラ」でトヨタが行い、日産がR35型「GT-R」で行っていた手法と同じだ。

なお、GRヤリスやGRカローラ、GT-Rは、バランスどりだけでなくエンジンの手組み生産まで行っているが、今回のBRZ STI SportタイプRAは、手組みではなくバランスどりのみ。ただし、バランスどりに限定してしまうと文章のボリュームが持たないという勝手な事情から、今回は手組みまで含めてエンジンのロマンに迫ってみようと思う。

「BRZ STI SportタイプRA」のエンジンに使用されるピストンとコンロッド、クランクシャフト。
「BRZ STI SportタイプRA」のエンジンに使用されるピストンとコンロッド、クランクシャフト。拡大
同じく「BRZ STI SportタイプRA」のエンジンに使用されるフライホイールとクラッチカバー。
同じく「BRZ STI SportタイプRA」のエンジンに使用されるフライホイールとクラッチカバー。拡大

手組み&バランスどりの本当のメリット

スゴいクルマ、特別なクルマの報道資料を飾ることのある「手組みエンジン」「バランスどりエンジン」という言葉だが、現実をみると、ベース車からスペックが変わっていない場合も結構ある。むしろ、チューニングエンジンは別として、市販車に限っていえば、それらを行ったからといって出力やトルクは変わらないのが一般的だ。かつて発売されたスバルのいくつかのバランスドエンジン仕様もそうだし、「スカイラインNISMO」も、通常仕様とエンジン手組み仕様でスペックは同じだった。だから、スペックでクルマを判断する人には無縁の話と断言できる。

ある人は言う。「数字に表れない部分が違う」と。たしかに乗ると、フィーリングが違う気がする。高回転の伸びが違うように思える。でも、個人的にはまやかしだと思っている。たしかに昔は違っただろう。そもそもエンジンの部品の精度がよくなかったからだ。しかし昨今は工作技術の向上により、かつてと比べると部品の精度は大幅に上がっている。だから、昔と違って“普通のエンジン”の回転バランスが悪いわけではないのだ。

ただ、メリットがまったくないかといえばそうとも思わない。それはハズレのエンジンがないこと。いかに部品の精度が上がったとはいっても、残念ながら大量生産の工業製品である以上は、“ハズレ”がないとは言い切れない。「不良品」とまではならない基準の範囲内ではあるものの、本来狙った性能の真ん中ではないエンジンが、出ないとも限らないのだ(逆に偶然すべてがきっちりそろった“当たり”が出てくる可能性もあるが)。

しかし、バランスどりや手組みだと、つくられるすべてのエンジンが“当たり”となる。手をかけることで、全数が設計どおりのパーフェクトなエンジンに仕上がるのだ。それがバランスどり&手組み(ときにはその両方を施す)のメリットではないだろうか。メルセデスAMGやBMWのM、GRヤリスにGRカローラ、そしてもう生産が終わってしまったけれどGT-Rなどが手組みのエンジンにこだわっているのは、そういう背景があると考えれば理解できる。

「日産スカイライン」の限定モデル「NISMO/NISMOリミテッド」には、最高出力を420PSに、最大トルクを550N・mに高めた専用エンジンを搭載。さらにリミテッドには、横浜工場の匠(たくみ)ラインで手組みされたエンジンが搭載されたが、最高出力、最大トルクは「NISMO」と同等だった。
「日産スカイライン」の限定モデル「NISMO/NISMOリミテッド」には、最高出力を420PSに、最大トルクを550N・mに高めた専用エンジンを搭載。さらにリミテッドには、横浜工場の匠(たくみ)ラインで手組みされたエンジンが搭載されたが、最高出力、最大トルクは「NISMO」と同等だった。拡大
メルセデスAMGやBMWのMなど、プレミアムブランドのハイパフォーマンスカーにはバランスどりされた手組みのエンジンを採用するケースが多い。写真は「メルセデスAMG GT63 PRO 4MATIC+」で、エンジンカバーには、このエンジンを組み立てた職人のネーム入りプレートが装着されている。
メルセデスAMGやBMWのMなど、プレミアムブランドのハイパフォーマンスカーにはバランスどりされた手組みのエンジンを採用するケースが多い。写真は「メルセデスAMG GT63 PRO 4MATIC+」で、エンジンカバーには、このエンジンを組み立てた職人のネーム入りプレートが装着されている。拡大

一番はロマンでしょ!

そしてもうひとつ大きなメリットがある。ロマンだ。「バランスどりエンジン」そして「手組みエンジン」という単語は、なんと心を揺さぶる響きだろうか。

クルマ好きにとっては、「ワンオフ」とか「鍛造削り出し」と同じくらい心ときめく言葉だ。「愛車のエンジンは手組み」というだけで誇らしい気分になり、心が満たされる。それは何物にも代えがたい魅力ではないだろうか。

ところで、もしも次の新車購入の際に、「20万円アップでバランスどり&手組みエンジンの仕様を選べる」というオプションの選択肢を与えられたらどうするか? スペックはまったく変わらない。筆者なら一瞬も迷わず答えを出す自信はある。20万円くらい喜んで払うにきまっているじゃないか。性能なんて関係ない。ほかに選択肢なんてありえない。だってそこにあるのはロマンなのだから。オトコのロマンが金で手に入るなら安い安い。まあ、20万円ぽっちではやってくれないとは思うけど。

ちなみに、くだんのBRZ STI SportタイプRAに乗った人によると「アイドリングの滑らかさからして普通のBRZとは違う」とのこと。まあ、フィーリングの感度って人によって違うからねぇ。

(文=工藤貴宏/写真=スバル、トヨタ自動車、日産自動車/編集=堀田剛資)

「日産GT-R」のエンジンに装着されるネームプレート。そのエンジンを組み立てた職人の名前が書かれている。
「日産GT-R」のエンジンに装着されるネームプレート。そのエンジンを組み立てた職人の名前が書かれている。拡大
工藤 貴宏

工藤 貴宏

物心ついた頃からクルマ好きとなり、小学生の頃には自動車雑誌を読み始め、大学在学中に自動車雑誌編集部でアルバイトを開始。その後、バイト先の編集部に就職したのち編集プロダクションを経て、気が付けばフリーランスの自動車ライターに。別の言い方をすればプロのクルマ好きってとこでしょうか。現在の所有車両は「スズキ・ソリオ」「マツダCX-60」、そして「ホンダS660」。実用車からスポーツカーまで幅広く大好きです。

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