第943回:スバルとマツダ、イタリアでの意外なステータス感
2026.01.08 マッキナ あらモーダ!それ、下着ブランドですが……
外国でときおり発見するものといえば、発祥国以上の高いステータスを獲得しているブランドである。
遠い記憶では1990年代、東京で就職と同時に通い始めた英会話学校でのことだ。おきまりの教材どおりに進める大手ではなく、個人経営の教室だったので、授業中の話題は多岐に及んだ。ある日、米国出身の講師が指摘したものといえば、当時、日本では流行していた米国系ブランドのトレーナーだった。それに関して講師は滑稽だと言い放った。「それ、アメリカじゃ下着メーカーなんだよ」というのが理由だった。売る側としては、未開拓市場であった日本で、より収益性の高い一般アパレルとして定着させたかったのだろう。
今日、日本で見かけるイタリア系ブランドに関しても、本国以上のステータスや高級感を演出しているものがある。日本の主要都市で幅広くカフェを展開しているイタリアの企業は、本国ではコーヒー粉のメーカーとしてのほうが有名で、直営の飲食店はきわめて限られている。イタリアのレッグウエアやランジェリーのブランドで、本国ではポピュラーなチェーン系として知られている店が、日本の大都市ではリッチな雰囲気を出して展開している。
いずれも背景には、日本法人の筆舌に尽くしがたい苦労があったに違いない。それにしても、こうした内外のブランドイメージの違いは面白い。
拡大 |
WRCのイメージが奏功したスバル
逆に、イタリアにおける日本のブランドで、本国以上に高級なステータスをもって受け止められているものは? というのが今回の話である。
コンシューマ家電・エレクトロニクスに関していえば、残念ながら日本以上のステータスをイタリア人顧客の間で獲得しているメーカーは、筆者が知る限りもはや見当たらない。
いっぽうで、自動車の世界ではそれに成功したメーカーが2つ存在する。ひとつはスバルである。筆者がイタリアにやってきた1990年代中盤、街なかを走るスバルといえば、日本の3代目「レックス」をベースにした「M80」や、初代「ジャスティ4WD」であった。要は街乗り用の小さなクルマ、もしくは北部の豪雪地帯の足として買い求めるユーザーが大半だったのである。
そうしたスバル像に変化をもたらしたのは、初代「インプレッサ」だった。そのWRCにおける活躍は、イタリア人をおおいに刺激した。従来イタリア製のモデルが多かった憲兵隊や警察車両に大量納入されたのも知名度を上げた。そのいっぽうで、「レガシィ ツーリングワゴン」に当地で人気のLPG/ガソリン仕様を設定したのも奏功した。
同時に思い出すのは、本連載にたびたび登場したシエナのスバル店主ニッコロ・マージ氏だ。惜しいことに2025年1月にこの世を去った彼だが、生前「(ブランドとして消滅した)サーブの顧客がスバルに流れてきてくれた」と証言していた(参照)。サーブが消えた2011年以降、スバルがひと味違う技術を志向するイタリア人の受け皿となったというわけだ。
2026年1月現在、イタリアで販売されているスバル車は「クロストレック」「フォレスター」「アウトバック」「ソルテラ」の4車種である。最も手ごろなクロストレックでも2万9900ユーロ(約548万円)からである。「ジープ・アベンジャー4×eハイブリッド」とほぼ同額の設定だ。それでも、2025年におけるスバルのイタリア国内登録台数は2519台。前年比で51.7%増を記録している(以下データ出典:UNRAE)。
「ロードスター」が貢献したマツダ
もうひとつはマツダである。これに関しては、スバル以上に時計の針を戻すことをお許しいただきたい。米軍横田基地のそばで1970~1980年代に少年時代を送った筆者の記憶だ。マツダ車といえば、米兵が乗る「グランドファミリア」や「カペラ」の中古車であった。理由は簡単で、短い駐日期間の足として、トヨタや日産よりも中古車価格が安かったのである。
筆者がやってきた当時のイタリアでも、マツダはけっしてプレミアムブランドではなかった。見かける頻度も少なかった。4代目「フォード・フィエスタ」や「オートザム・レビュー」をベースにした2世代にわたる「121」、もしくは市民保護局が使うピックアップトラック「B2500(日本名 : プロシード)」だった。
そうした地味なイメージを一気に塗り替えたのは「MX-5(日本名:ロードスター)」だった。イタリアの場合、1998年に投入された2代目(NB)から人気が徐々に出始めた。やがて初代NAの人気まで高まるという逆現象が起きた。面白いことに、青年時代に「ロータリーエンジンを開発したメーカー」として記憶していた人々もマツダに関心をもった。
筆者は何度もMX-5のミーティングで取材をしてきた。参加者に職業を聞くと、エンジニア、デザイナー、会社経営者、医師、航空機の操縦士と答えた人もいた。そして彼らは「同じオープンでも、『フィアット・バルケッタ』はフロントドライブなので、こちらを購入した」「古い英国車の感覚を、日本車の高い信頼性に支えられて味わえる」と熱く語った。
イタリア・ウンブリア州にあるリゾート「ミアータランド」は、マツダMX-5のドライブ体験を売り物にしている。メーカーや現地法人とは関係がなく、熱心なイタリア人愛好家が開設した民間施設である。
前述した筆者の少年時代の記憶や、俳優・山城新伍が宣伝していた2代目「ボンゴ」とはまったく別のマツダ像が、イタリアでは完成しているのである。
ふたたび2025年のイタリア新車登録台数をみると、マツダは1万0817台で、レクサスの6432台を大きく上回っていることからも、このブランドが一定の地位を確立していることがうかがえる。
ジャガーになるな
イタリアにおけるスバルやマツダのブランド力向上で思い出すのは、英国のジャガーである。1922年にサイドカー製造から開始した同社は、数年後に四輪車に進出するものの、保守的自動車愛好家たちの評価はけっして芳しいものではなかった。だが第2次大戦後、先進的な機構や流麗なデザインの採用、ルマンをはじめとするモータースポーツでの輝かしい戦績により、英国以上に米国で名声を不動のものにした。
こう書くと、一部のクルマ好きからは「スバルやマツダをジャガーと並べるなんて、いくらなんでも褒めすぎだ」という声が聞かれそうだが、筆者はむしろ心配なのである。なぜなら、一定の人気を獲得したブランドは大半の場合、その後に下降線をたどるからだ。皮肉にも今、ジャガーがその危機に差しかかかっているではないか。あまり日系メーカーを特別扱いするのも気が引けるが、やはりスバルとマツダが同じような道をたどるところは見たくない。彼らには気を緩めるようなことがないよう、好調なときこそ警鐘を鳴らしたいと思う。
新年早々に暗い締めもよくないので、今回の「発祥国以上のステータス」という趣旨からは外れるものの、近年イタリアで存在感を高めている日系企業を。それは、日立レールイタリアである。2015年に日立製作所が、イタリアの鉄道車両製造会社であるアンサルドブレラを、重工業コングロマリットのフィンメッカニカ(現レオナルド)から買収したものだ。当初はアンサルドブレラ時代に設計された車両を製造していたが、次第にディーゼル/電気のハイブリッドなど、独自開発の車両を続々と発表し始めた。納入先はイタリア国鉄や地域交通営団だけでなく、英国の運行会社にも及んでいる。基幹工場は筆者が住むシエナと同じトスカーナ州のピストイアにある。複数の市民に筆者が聞くと、アンサルドブレラ時代と比較して雇用が安定し、地域に貢献していると異口同音に答えた。
イタリアのさまざまな街で、前部にHITACHI―現地風発音ではイタチ―と記された列車や市電がプラットホームに姿を現すたび、「今日の旅の連れは“日本車”だぜ」と心のなかでつぶやいている。
(文=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA>/写真=大矢麻里<Mari OYA>、Akio Lorenzo OYA/編集=堀田剛資)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
-
第968回:初代「ルノー・トゥインゴ」は「フィアット500」と同じ旋風を起こせるか? 2026.7.2 リバイバルデザインの新型「ルノー・トゥインゴ」がデビューしてはや3カ月。このクルマの登場により、オリジナルにあたる初代がネオヒストリックとして脚光を浴びることはあるのか? 「フィアット500」の例を振り返りつつ、欧州在住の大矢アキオが考察する。
-
第967回:初代「トヨタ・クラウン」や“ヨタハチ”が「ミッレミリア」を走った! 2026.6.25 イタリアの歴史あるヒストリックカーラリー「ミッレミリア」に、日本のクルマが初めて参加! 石畳の道を行く初代「トヨペット・クラウン」に「トヨタ・スポーツ800」「2000GT」「スープラ」の姿を、現地在住の大矢アキオがリポートする。
-
第966回:フェラーリ・ルーチェ 地元イタリアで一般人はこう見た&大矢的こころ 2026.6.18 その斬新すぎるデザインで物議を醸している、フェラーリ初の量産電気自動車「ルーチェ」。このクルマは、おひざ元のイタリアではどのように受け止められているのか? かの地において自動車史と自動車文化をつぶさに見てきた大矢アキオがリポートする。
-
第965回:クルマは“故郷”で楽しもう! ベルトーネ・コレクション66台がトリノに還る 2026.6.11 ベルトーネの手になる66台もの歴史的名車が、故郷であるトリノに帰還! 自動車博物館「ステランティス・ヘリティッジ・ハブ」の新たな常設展「ASIベルトーネ・コレクション」の様子を、イタリア在住の大矢アキオがリポートする。
-
第964回:フィアットグッズのコレクターから学ぶ人生訓 2026.6.4 イタリア在住の大矢アキオが、トリノで著名なフィアットグッズのコレクターを取材。若き日の苦労を経て大成した人物が語る、人生で大切なものとは? フィアットやイタリアの歴史を物語る、貴重なコレクションの数々とともに紹介する。
-
NEW
ホンダ・フィット
2026.7.9画像・写真本田技研工業は2026年7月9日、マイナーチェンジした「フィット」を発表した。2020年2月のデビューから6年。グレード体系の見直しや内外装のブラッシュアップなど多岐にわたる変更が行われた最新モデルを写真で詳しく紹介する。 -
NEW
第291回: あの衝撃的なラストシーンは2CVで撮影されていた!? 『ヌーヴェルヴァーグ』
2026.7.9読んでますカー、観てますカー1959年のパリで、ゴダールが『勝手にしやがれ』の撮影を開始。脚本もなく演出はその場で指示するという型破りのスタイルに、俳優もスタッフも困惑し現場は混乱を極める。はたして映画は無事に完成するのか……。 -
NEW
第969回:裏地に『大脱走』! ピッティ・イマージネ・ウオモと自動車模様
2026.7.9マッキナ あらモーダ!イタリアで開催された世界屈指の紳士モード見本市「ピッティ・イマージネ・ウオモ」を、現地在住の大矢アキオが取材。自動車にまつわるアパレルの最新トレンドを探り、新興ブランドのひたむきさと、老舗の刻んできた年輪に触れた。 -
NEW
第59回:待望の2代目「日産キックス」は「ヴェゼル」や「カローラ クロス」に勝てるのか!? 小沢コージが嗅ぎまわる
2026.7.9小沢コージの勢いまかせ!! リターンズ日産が満を持して「キックス」の新型を発表した。新世代の「e-POWER」を搭載したほか、各部の質感もデザインも先代モデルから大幅に進化しているが、大事なのはライバル車に勝てるかどうかだ。小沢コージが開発リーダーを直撃した。 -
NEW
スバルが北米生産の3列シートSUV「アセント」の導入を検討 日本のスバリストに受け入れられるのか?
2026.7.9デイリーコラムスバルが米国で生産するSUV「アセント」の日本導入を検討中だ。「エクシーガ クロスオーバー7」以来となる3列シートSUVの復活にスバルファンは歓迎ムードだが、サイズや左ハンドル仕様といった懸念材料も。スバリスト玉川ニコはこう考える。 -
NEW
レクサスRZ550e“Fスポーツ”(後編)
2026.7.9あの多田哲哉の自動車放談基本性能が大幅にアップした、改良型「レクサスRZ」。ワインディングロードで最上級モデル「RZ550e“Fスポーツ”」のステアリングを握った多田哲哉さんが、同モデルに生かされているテクノロジーについて語る。









































