ホンダ・インサイト(FWD)
消えた主演俳優 2026.06.05 試乗記 「ホンダ・インサイト」が電気自動車(BEV)として復活! ……というよりは中国工場製BEVにその名が与えられて日本にやってきた。さまざまな事情により、国内で販売されるのはわずか3000台のみ。日本人は“限定”に弱いとされるが、果たしてこの場合はどうか。狂ったシナリオ
ホンダのBEVのインサイトについて、あらためておさらいすると、このクルマはまず、「e:NS2」の名で、2024年4月に中国で発売となった。インサイトはその日本仕様で、e:NS2と同じく中国は武漢の東風本田の工場で生産されて、日本に輸入される。日本では3000台の限定販売である。
激しい技術競争と価格競争の真っただ中にある中国BEV市場では、日本を含む国外メーカーの苦戦が伝えられており、それはホンダも例外ではない……。というか、トヨタや日産以上に厳しいのが現状のようだ。e:NS2もスタイルちがいの「e:NP2」とともに中国市場のど真ん中で勝負すべく開発された戦略BEVだが、デビュー直後から「販売台数としては低位に推移してしまっている」のは、三部敏宏社長みずからも認めるところだ。
それを受けて、今回の日本発売も中国での販売不振を補てんするためか……と皮肉るメディアもあるが、それはちがう。e:NS2が(中国から)輸出されることも、その仕向け先のひとつが日本であることも当初から計画されていた。また、2027年に国内発売を予定していたBEVの「0シリーズ」が登場するまでの地ならし、つゆ払い……というインサイト公開時に説明された導入理由も、まったく正しい。
しかし、その0シリーズ(の「サルーン」と「SUV」)がインサイトの国内発売直前に、まさかの開発中止となってしまった。今回のメディア向け試乗会でお話をうかがったインサイトの開発責任者の小池久仁博さんも、それについては「われわれも驚きました」と素直に困惑した表情だった。
小池さんによると、中国におけるe:NS2(とそのスタイルちがいのe:NP2)の販売不振の理由はハッキリしているという。ずばり、先進運転支援システム(ADAS)とインフォテインメントで、中国でのライバルに後れを取ったからだ。
中国では時代遅れ
われわれ日本人から見ると、インサイトに搭載される「ホンダセンシング」は最新世代のそれとして十二分に認められる。センターが12.8インチ、ドライバー用が9.4インチのディスプレイも、サイズ、解像度とも悪くない。ナビもGoogleで、機能的には過不足ない印象である。
ただ、今の中国市場では、たとえばe:NS2より200万円安いBEVでも、条件次第ではほぼ“自動運転”に近い機能を有して、センターディスプレイははるかに大きく、即座にスマホとつながり、オーディオやエアコンの操作も華やかにエンタメ化している。中国市場ではそうした高度なADASやインフォテインメントを搭載しているのが大前提で、e:NS2は、その時点で候補から外れてしまうのが現状らしい。
われわれ日本人から見たインサイトは、ADASとインフォテインメントにとくに不足を感じないだけでなく、国内向けホンダ車では初という「アロマディフューザー」は新鮮ですらある。これは文字どおり室内にアロマの香りをただよわせる機能だが、専用カートリッジを3本まで同時装着できて、その日の気分、あるいは乗る人によって、香りを切り替えられる。
そういえば、「BMW 525Li」の試乗記(参照)で渡辺慎太郎さんが「中国人はどういうわけか車内の臭いにかなり敏感」で、中国向けに車内の無臭化に尽力する自動車メーカーが多いと書いておられた。小池さんも「たしかに中国のお客さんは接着剤のような臭いを嫌います」と教えてくれたが、それと同時に、いい香りは中国では積極的に好まれるのだそうだ。
また、シートとステアリングのヒーターはもちろん標準装備だが、インサイトではフロントドアトリムとインパネ両端下部にもヒーターが仕込まれている。インパネのヒーターで足もとがほんのり温まるのも冬場には心地いいが、経験的にいうと、上腕部を温めると全身が温かく感じる。その意味でも、個人的にはドアアームレストにヒーターがつくのが率直にありがたく、できることならセンターアームレストヒーターも加わると完璧だ。
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独特な車体パッケージ
こんなインサイトが販売的に完敗に近いとは、今の中国での自動車……とくにBEVビジネスのむずかしさを実感する。しかし、少なくとも日本人から見るかぎり、インサイトはそれなりによくできたBEVである。
パッと見はSUVっぽいインサイトだが、140mmという最低地上高は特別に大きいわけではなく、1570mmという全高から考えても、“ハッチバック式ハイトサルーン”とでも呼ぶべきパッケージレイアウトである。2735mmというホイールベースは「シビック」と同寸だが、高めのヒップポイントのおかげで、室内は広くて乗降性もいい。フロアもエンジン車よりは高いが、それでも“体育座り”的な姿勢が強要されないのは、低床設計のBEV専用プラットフォームのおかげもありそうだ。
いっぽうで、充電開始前に電池温度を整えるプレコンディショナーや、省エネ暖房には欠かせないヒートポンプなど、最新の中上級BEVのお約束となりつつある機能が未装備なのはちょっと残念ではある。インサイトは日本では最新BEVでも、中国版のe:NS2の発売は2024年。当時はプレコンディショナーやヒートポンプもそこまでメジャーな技術ではなかったから、このクルマの開発・発売タイミングがちょうど不利に働いたのだろう。このあたりはいかにも日進月歩のBEVらしい。
今回のように横浜周辺の市街地と都市高速で普通に乗るかぎり、インサイトは走りの仕上がりも悪くない。「BEVの入り口として、奇をてらわず、エンジン車やハイブリッド車からの乗り換えでも違和感がないように……」というのが、クルマとしてのインサイトの開発意図らしい。中国仕様のe:NS2と比較しても、走りの味わいなども基本的に共通という。
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残り台数はざっと2000台
実際、パワートレインは、「スポーツ」モードでも、これ見よがしの加速を披露するわけではない。アクセルペダルをガバ踏みしたときのラグは少し気になるものの、微妙な操作への“ツキ”は、穏やかなのにリニア。軽BEVほど快活ではないが、これはこれで滋味深い。
こうした上品なしつけは、シャシーにも通底する。ストローク感たっぷりの乗り心地は、いい意味でフランス車的でもあり、リアはトーションビームとは思えないくらいしなやかだ。といって、ただ柔らかいだけでなく、ステアリングは正確、かつ接地感を伝えてくれるところもホンダらしい美点である。
そんなインサイトが積む三元系リチウムイオン電池の総電力量は68.8kWhで、WLTCモードによる一充電走行距離は535km。そして本体価格が550万円。対して、たとえば「トヨタbZ4Xツーリング」や「スバル・トレイルシーカー」はインサイトよりひとまわり立派なサイズで、電池は74.7kWhで、インサイトと同じFWD車だと一充電走行距離が734km。それでいて、本体価格はガチンコの539万円~575万円。インサイトとbZ4Xツーリング/トレイルシーカーでは、国からのCEV補助金も同等(インサイトとbZ4Xツーリングが130万円、トレイルシーカーが129万円)だから、スペックによる単純比較では、インサイトに少し割高感があるのは否めない。
3000台限定のインサイトの累計受注台数は、受注開始から約2カ月が経過した2026年5月下旬時点で1000台強。新型車の立ち上がりとしては微妙なレベルだが、ネットでは賛否両論のエクステリアデザインも、写真より実物のほうが存在感があって“映える”のは本当だ。なので、これからインサイトの実車を目にする機会が増えるにつれて、じわじわ人気が上昇して、残り2000台弱もまたたく間に……なんてことがあると、0シリーズも少しは浮かばれる? もっとも、同じ0でもインドで生産予定の「アルファ」の計画だけは今も生きており、2027年の発売が予定されている。
(文=佐野弘宗/写真=向後一宏/編集=藤沢 勝)
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テスト車のデータ
ホンダ・インサイト
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4785×1840×1570mm
ホイールベース:2735mm
車重:1770kg
駆動方式:FWD
モーター:交流誘導電動機
最高出力:204PS(150kW)/4621-4900rpm
最大トルク:310N・m(31.6kgf・m)/90-4621rpm
タイヤ:(前)225/50R18 95V/(後)225/50R18 95V(コンチネンタル・ウルトラコンタクトUC6)
一充電走行距離:535km(WLTCモード)
交流電力量消費率:134Wh/km(WLTCモード)
価格:550万円/テスト車=556万6000円
オプション装備:ボディーカラー<ダイヤモンドダストパール>(6万6000円)
テスト車の年式:2026年型
テスト開始時の走行距離:678km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
消費電力量:--kWh
参考電力消費率:--km/kWh

佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。
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