スズキ・ワゴンR【開発者インタビュー】
サービス精神の人 2012.10.05 試乗記 <開発者インタビュー>松井時男さん
スズキ株式会社
第一カーラインチーフエンジニア
リッター28.8kmという低燃費を達成した5代目「ワゴンR」。開発者にその進化について聞いた。
会長からも指示された!
もしかすると、今日本で一番眠りの浅い人かもしれないと思っていた。スズキの稼ぎ頭「ワゴンR」のチーフエンジニアということは、会社の命運を左右する立場にあるわけだ。しかも、新車発表会で会長兼社長の鈴木修氏が“軽市場の首位奪還”に言及したのだからたまらない。眠れぬ夜を過ごし、さぞややつれているのかと思ったら、松井さんは顔色もよく、元気そうだ。自信の表れなのだろうか。
――初代から2代目ならやることも多かったでしょうが、5代目ともなると伸びしろがあまりないから大変ですよね。
寸法はもういっぱいですね。モデルチェンジにはテーマがあって、4代目の時は質感の向上でした。それを受け継ぎながら、今回は燃費と環境性能を上げることに力を入れました。会長からも、2年以上前に「これからは燃費だ!」と指示されましたから。
――前回までは5年ごとのチェンジでしたが、今回は4年のインターバルでした。どうやって1年早めたのでしょう。
最初から4年と決まっていました。本当は前回も4年のはずだったんですが、「パレット」の開発が割り込んだせいで1年遅れたんです。開発の途中で1年早めるなんて、不可能ですよ(苦笑)。
確かに。冷静に考えればその通りなのだが、「スズキvsダイハツ」という構図に落としこみたくなるので勘ぐってしまうのだ。ダイハツが「ミラ イース」でリッター30.0kmの燃費をアピールしてくると、スズキは30.2kmの「アルト エコ」で巻き返す。競争が激しくなるのは、この市場が急拡大しているからである。今年8月の軽自動車販売実績は前年同月比30.9%増で、小型乗用車のシェアに迫る勢いだ。
社内の固いコンセンサス
一番重視したという燃費は、最高でリッター28.8kmを達成した。前モデルから30%以上の改善というのは驚きの数字である。しかも、ターボモデルでも26.8kmというのがすごい。これに大きく貢献しているのが、ボディーの軽量化だ。70kgも軽くなっていて、一番軽いモデルだと780kgしかない。
法規が変わったことでシートを大きくしなくてはならず、それで10kgぐらいプラスになっていますから実質的には80kg軽くしていますね。1割弱軽量化したということです。
――軽量化というのはコストがかかると聞きますが……。
いや、70kg減った分だけコストダウンできています。会長は、軽くすれば材料が減るのだからコストが下がるはずだ、という信念ですから。実際、従来の材料を見直したり、構造を工夫したりすることで低減できるんですよ。アルミとか樹脂とかで材料置換をすればお金がかかりますが、そういう飛び道具は使っていません。
――高価なハイテン(高張力鋼板)も使っていますよね。
単価は上がりますが、量が減るから値段はトントンか、ちょっと下がります。ボディーで15kg、ドアで6kgぐらい軽くなっていますね。鉄は「キロいくら」ですから、軽くなればそれだけ安くなります。樹脂材にしても同じことですね。
1.5トン級のクルマがアルミを多用して軽量化したといっても、20kgしか軽くなっていない、なんて例もあった。軽自動車で70kg減らすには血のにじむような努力が必要なはずだが、松井さんは“ドヤ顔”を見せない。無理難題には慣れているのだろう。大幅な軽量化とは裏腹に、ほとんど変わらなかったところもある。
これがワゴンRだ、というカタチがあるので、簡単には変えられないんです。カドカドがあって、ルーフが後ろに上がっていってという、ひと目でワゴンRとわかる特徴があります。それを守らないと、ワゴンRではなくなる。空力を考えれば、後ろを下げたいんですよ。でも、新しいワゴンRを描けというと、後ろを下げる人は誰もいない。そこは社内で固いコンセンサスがとれているんです。
ワゴンRのアイデンティティーとは?
同じようなカタチではあるけれど、初代と比べれば違いは歴然としている。初代モデルはほとんどの面がのっぺりとしていて、四角を組み合わせたようなシンプルさなのだ。
いちばん変わったのは、ドアの断面でしょうね。抑揚のないものになりかねないので、キャラクターラインを入れたりしてボリュームとカタマリ感を出しました。それから、後ろから見ると幅が広く感じられると思いますよ。目にとまりやすいポイントを何十mmか上げて、その効果で広がりを持たせることができました。
――実際の車内の広さも譲れませんよね。
広さ、それから収納に関しては、妥協はできません。このパッケージングがお客さまに支持されているわけですから。
――伝統のバケツもやめられない?
バケツはワゴンRのアイデンティティーです!
助手席下に収納用のバケツを配置したのは、ホームラン級のアイデアだったのだ。ユーザーからも好評なのだという。しかし、今回はその場所には回生エネルギーをためるためのリチウムバッテリーが収まっている。
電池は発熱するので、冷却のためにあの場所がいちばんいいんです。サイドメンバーが近くにあるから丈夫で、側面衝突でも安全です。薄い形状なので、バケツを置くのに問題はありませんでした。
会社の顔である売れ筋モデルを担当するというのは、ずいぶん制約の多い仕事のようだ。カタチを自由に変えられず、助手席の下に置くものまで決まっている。ストレスがたまるのではないですか、と聞いても、松井さんは柔らかい笑顔を返すばかりだ。
ワゴンRは、リピーターのお客さまが多いんです。指名買いが普通なんですね。だから、前のモデルより着実に進化させる必要がある。新しい技術を取り入れるにしても、前から乗っている方が違和感を抱くようじゃダメなんです。
松井さんには撮影の際に無理を言ってさまざまなポーズをとっていただいたが、モデルさんでもないのに一生懸命に応えてくれた。サービス精神が豊かなのだ。そうでなければ、とてもこんなクルマは作れないと思う。
(インタビューとまとめ=鈴木真人/写真=菊池貴之)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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