第8回:8月8日「3人目のイーゴリ」
2007.05.09 「ユーラシア電送日記」再録第8回:8月8日「3人目のイーゴリ」
『10年10万キロストーリー4』刊行記念!
1996年型「トヨタ・カルディナCZ」で、ユーラシア大陸横断を試みる、自動車ジャーナリスト金子浩久。ロシアの悪路をさらに行くか、シベリア鉄道に載せるか?
シベリア鉄道のランプにて
朝7時にホテルをチェックアウト。まずは、スコヴォロジノ駅へ。クルマを乗せられる西行きのシベリア鉄道についての情報が欲しい。
「それだったら、駅舎から少し離れた、引き込み線のランプに行け」と教えられる。ロシアの人は、僕ら客と金銭をやり取りする店員やウエイトレス、フロント係などは無愛想でつっけんどんなヒトが多いのに、利害が伴わない人には不思議と親切だ。逆の方が自然なのに。
ランプに行くと、すでに先客がいた。「日商運輸」と横腹に書かれた4トンのパネルトラックと、そのドライバーのヒゲの中年男。
「オレは、ここからチタの手前のシルカまで、いままでに22回クルマを運んだことがあるけれど、8回は列車に乗せた。このカルディナかい? 荷物が一杯で、ボディが低くなりすぎている。クルマを壊したくなかったら、列車に乗せた方がいい」
彼は、クルマの運搬ドライバーで、名前はイーゴリ。ウラジオストクから、はるかヴォルゴグラードまで行く。僕らのイーゴリさんと同じだが、それほど多い名前ではないはずだという。RUS号で知り合った2人目のイーゴリも、クルマの運搬ドライバーだった。
3人目のイーゴリによると、クルマを積める貨車には2種類あって、大きなバスやトラックは剥き出しの「プラットフォーム」。小さなトラックや乗用車は、古い客車を改造した「コンテナ」が用いられる。
プラットフォームもコンテナも、出発時刻が定められた時刻表のようなものは一切存在せず、乗せたい者は誰もがここに来て待つしかない。イーゴリは2日前に来て、トラックに泊まって待ち続けている。
ここからチタまでが1000キロ。シュルカまででも800キロある。半分以上がダートで、僕らが昨日、一昨日と体験してきた「ハバロフスク〜ブラゴヴェンチェンスク」「ブラゴヴェンチェンスク〜スコヴォロジノ」間の極悪路と同じぐらい道は悪く、時間がかかるうえに、クルマを壊すかもしれない。おまけに、架かっていた橋が落ち、迂回する道もまた険しいという。
列車に乗せれば、18時間でシュルカに到着し、それほど悪くないダートがすこしだけ残っているだけで、あとはすべてアスファルト舗装路。チタまで3〜4時間で着くはずだ。
経路変更?
列車が今日出るのか、明日出るのか、あるいは明後日以降なのか。工事作業員は汗だくになって材木を何かに加工していて、訊ねても「詳しいことはすべて“社長”に聞け」という。社長とは、クルマをシベリア鉄道に乗せるこのビジネスを行っている会社の社長で、鉄道本体とは関係がなさそうだ。毎日来るわけでもなく、来る時間も決まっていない。
何時間待っただろうか。
昨日までの悪天候が消え去り、雲一つ無い快晴で、日陰のないランプは暑い。窓を開け放ったクルマの中にいても暑いことには変わりはないし、蠅がたくさん入ってくる。
ヒゲのイーゴリのほかに、何台かトラックがやってきて、並ぶ。乗用車は、サニーのバンが並んだが、気が短いらしく、「オレは、行くよ」と国道「M56」へ向かっていった。
イーゴリのクルマに関する情報量の豊富さと正確さはちょっと驚くほどで、間違いなくプロだ。
「カルディナは、2リッター? 1.8リッター? そうか1.8リッターか。というと、7Aエンジンだ。燃費を稼ごうってわけだね」
ロシア産のガス入りミネラルウォーターで、パサパサした菓子パンを流し込みながら、イーゴリと立ち話を続ける。
「ポルトガルまで行くんだったら、もっといいルートがある。モスクワへは、どうしても立ち寄る必要があるのか? ないのなら、エカテリンブルクからカザンへは向かわずに、ペルミ、キーロフ、ヴォログダ、サンクトペテルブルクと走って、ドイツ行きのフェリーに乗ればいい。700km短くなるし、ベラルーシもポーランドも通らないで済む」
いいこと聞いた!
ロシアとベラルーシの国境で、理由もなく長時間待たされたという話を聞いているし、ポーランドは“クルマ泥棒世界チャンピオン”の国らしいじゃないか。
「サンクトペテルブルクからヘルシンキに寄って、ドイツに寄港するまでたしか2日間ぐらいだった」
素晴らしい! サンクトペテルブルクからフィンランドとスウェーデンを走り、橋を渡ってデンマークからヨーロッパに入ることは検討したが、フェリーがあるとは知らなかった。さっそく情報を収集して、確かならばそっちで行きたい。
社長のお達し
カメラマンの田丸さんや、同行通訳のイーゴリさんと、地図をカルディナのボンネット上に広げ、サンクトペテルブルク・ルートをチェックしていると、土煙を巻き上げながら社長がバァーンと登場した。クルマは、白いクラウン3リッター。日本からの中古車なので、リアバンパーにロシアのプレートが付き、日本でのプレート位置にはディーラーで使われていたのであろう「CROWN」というプラスチック板が貼られている。
さっそく、社長を囲んでその場の全員で立ち合い会談。社長は、短髪に日焼けした肌の、30代後半から40代前半。アディダスの3本ライン入り7分丈短パンにサンダル、トップスは袖口がダランと大きく開いた白無地の袖無しTシャツ。世界中のどこに出しても間違いなく通用する“チンピラルック”だ。
社長からのお達しは、以下の通り。
・プラットフォームは2時間後に出る。
・コンテナは、明日午後6時出発。
・積み込みは、午後2時からだけど、早めに来て欲しい。
・「乗用車1台+運転手ひとり」で、キャッシュで6000ルーブル(約2万4000円)。同行者は、ひとり250ルーブル(約1000円)。コンテナは、2台。うち1台に、オレとオレのクルマも乗る。わかったな!
社長のクルマも乗るということは、確実に出発するというわけで、それは喜ぶべきことかもしれない。
明日の午後6時に出発し、明後日の午後0時にシルカに到着することはハッキリした。では、明朝早くにクルマで出発し、悪路を慎重に走ってシルカ〜チタと走る場合とでは、どちらを選択すべきか。僕らは、ちょっとした鳩首会談を3人で行った。
「いままで、このルートを4人で通過したという話を聞かないから、走破するのは価値あることだ」
「途中の400km地点にモゴチャという街があり、そこで1泊すれば、時間的にも列車とあまり変わらないのでは」
「しかし、カルディナは、この先最低でも1万2000kmは走らなければならない。極力無理は避けたい。これまでの悪路のショックで、すでにオルタネーターとパワーステアリングポンプの取り付けが緩んでいる。運賃を要し、全区間を走ることはできないかもしれないが、クルマを列車に乗せるという経験は他ではなかなかできることではない。それも一興だろう。そう決めてしまえば、今日の半日を、クルマのチェックや遅れている記録の整理などに使えるから、むしろ好都合だ」
カルディナを鉄道に乗せることに決め、ヒゲのイーゴリを見送ってランプをあとにした。朝、チェックアウトした1泊ひとり800円のホテルに、再びチェックイン。ホテルは、半径100キロ以内、この他に存在しないのである。
(文=金子浩久/写真=田丸瑞穂/2003年8月初出)

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