マツダMPV 23T(FF/6AT)【試乗記】
「走りのミニバン」って何だろう 2006.03.20 試乗記 マツダMPV 23T(FF/6AT) ……389万2000円 V6の印象が強かったマツダのミニバン「MPV」だが、今回は4気筒のみのエンジンラインナップである。高性能版には、直噴ターボが用意された。ドライビングの楽しさと快適な乗り味を両立させた、と謳っている。カラクリより走り
マツダのミニバンと言えば、カラクリである。「プレマシー」はセンターウォークスルーの6人掛けに見せかけて、2列目左側シートの下から「カラクリ7thシート」を引き出すことで7人乗りに変身させるという、斬新なアイディアの新しいシートアレンジを提案した。「MPV」もカラクリシートを備えている。真ん中に空間を空けてキャプテンシートが並んでいるのだが、今度はどこを探しても7thシートは見つからない。どうやって3人のスペースを確保するのかと思ったら、シートを横移動させて無理やりベンチシート化してしまうという力技を繰り出すのだった。狭くして多く載せるとは、ちょっとした逆転の発想である。実用的には相当苦しそうだが。
もうひとつのカラクリシートが、3列目にあった。ストラップを引くだけで座面クッションが勝手に沈み込み、その上にシートバックが格納されてフラットスペースが現れる。オプションのパワーパッケージを付けてあれば、スイッチを押すだけで電動で元に戻すことができる。これは、ラクチンだ。
カラクリの威力恐るべし、ニッポンのミニバンは新しいほど便利な機構が充実してくる。試乗車には100万円を超えるオプションが奢られていたから、両側電動スライドドア、パワーゲート、キーレスエントリーなどの快適装備があるのはもちろんのこと、11スピーカーのBoseサウンドシステムで5.1chサラウンドまで楽しめる。しかし、そんなところに感心しても、マツダは喜ばないのだ。技術説明会では、これらのユーティリティについては一言も触れられなかった。熱心に語られたのは、ブレーキ径が「RX-8」と同等でブレーキ性能が盤石なこと、エンジンアンダーカバーの装備で空力性能を向上させたこと、等々。ミニバンといえども、マツダにとっては走りが興味の中心なのである。
V6の代わりに直噴ターボ
今回のモデルチェンジでは、まずノンターボモデル、後日ターボ版と、2回に分けて試乗会が開催された。だから、今回技術面に重点を置いた説明になったのはそんな事情も関係している。最初の試乗会が市街地で行われたのに対し、今回は高速道路とワインディングロードのステージが用意されていたことに、ターボ版の走りをアピールしたい気持ちが表れていた。
先代では直列4気筒とV6の二本立てだったが、今回はV6は採用されていない。その代わりに「DISIターボ」と名付けられた直噴ターボエンジンが登場したわけで、それはスポーティな動力性能と低燃費の両立を図るためなのだという。245psのパワーもさることながら、35.7kgmに達するトルクは1800kgを超える巨体を思うままに走らせるための大きな武器だ。
ターンパイクの上りでストレスなく加速していく様子は、力感に溢れている。ブレーキも強力で、下りでもしっかりと減速して不安感を抱かせない。先代比で110mmもホイールベースが延長されているのに、コーナーでは機敏な動きを見せる。それらすべての礎にあるのは、確乎たるボディの剛性感だろう。両側スライドドアと大きなリアハッチを持つ全幅1850mmの巨躯に確保された堅牢さには、感銘を覚えるし敬意を表するべきだと思う。
![]() |
![]() |
ロードスターとは違う
先代MPVが軽快さと柔らかさを備えていたとすれば、新型では軽快さにしっかり感を加味したものを目指したのだそうだ。「運転して楽しいミニバン」がコンセプトとなったのだが、その「運転して楽しい」とは何ぞや、という問いから始めたのだという。マツダには「ロードスター」を筆頭とする、より走りに振ったモデルがあるわけで、家族で乗ることを重視したMPVでの楽しさの位置づけは自ずから変わってしまうことになる。曰く、「ドライビングの楽しさと乗る人すべてに優しい快適な乗り味をかつてない次元で両立」させる、ということ。
確かに、それはかなりの程度実現できているのだと思う。運転していてそれなりに楽しめたのは事実だし、オットマン付きの2列目シートの快適さは満足のいくものだった。ただし、ドライバーが気持ちよくワインディングロードを飛ばしていれば、当然ながらその快適シートの気持ちよさはその分スポイルされる。これはミニバンの抱えるアポリアで、完全には解決することができない性質のものなのだ。
だからといって、「走りのミニバン」を否定する必要はない。家族誰もが幸せ、という状態を作ることは、実生活でも困難だ。クルマのコンセプトだって、あくまで理想の状態を描いたもの。その枠組みの中で、具体的な幸せを形作っていくのは、実際に乗るそれぞれの家族である。MPVはスポーティ家族のためのツールを提供しているのである、と理解するべきなのだ。「ミニバンに走りの良さなんて必要なのか?」と懐疑的になることはない。
(文=NAVI鈴木真人/写真=荒川正幸/2006年3月)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
-
ホンダ・プレリュード(FF)【試乗記】 2025.10.9 24年ぶりに復活したホンダの2ドアクーペ「プレリュード」。6代目となる新型のターゲットは、ズバリ1980年代にプレリュードが巻き起こしたデートカーブームをリアルタイムで体験し、記憶している世代である。そんな筆者が公道での走りを報告する。
-
日産リーフB7 X(FWD)/リーフB7 G(FWD)【試乗記】 2025.10.8 量産電気自動車(BEV)のパイオニアである「日産リーフ」がついにフルモデルチェンジ。3代目となる新型は、従来モデルとはなにが違い、BEVとしてどうすごいのか? 「BEVにまつわるユーザーの懸念を徹底的に払拭した」という、新型リーフの実力に触れた。
-
アストンマーティン・ヴァンキッシュ クーペ(FR/8AT)【試乗記】 2025.10.7 アストンマーティンが世に問うた、V12エンジンを搭載したグランドツアラー/スポーツカー「ヴァンキッシュ」。クルマを取り巻く環境が厳しくなるなかにあってなお、美と走りを追求したフラッグシップクーペが至った高みを垣間見た。
-
ルノー・カングー(FF/7AT)【試乗記】 2025.10.6 「ルノー・カングー」のマイナーチェンジモデルが日本に上陸。最も象徴的なのはラインナップの整理によって無塗装の黒いバンパーが選べなくなったことだ。これを喪失とみるか、あるいは洗練とみるか。カングーの立ち位置も時代とともに移り変わっていく。
-
BMW R12 G/S GSスポーツ(6MT)【試乗記】 2025.10.4 ビッグオフのパイオニアであるBMWが世に問うた、フラットツインの新型オフローダー「R12 G/S」。ファンを泣かせるレトロデザインで話題を集める一台だが、いざ走らせれば、オンロードで爽快で、オフロードでは最高に楽しいマシンに仕上がっていた。
-
NEW
MINIジョンクーパーワークス(FF/7AT)【試乗記】
2025.10.11試乗記新世代MINIにもトップパフォーマンスモデルの「ジョンクーパーワークス(JCW)」が続々と登場しているが、この3ドアモデルこそが王道中の王道。「THE JCW」である。箱根のワインディングロードに持ち込み、心地よい汗をかいてみた。 -
航続距離は702km! 新型「日産リーフ」はBYDやテスラに追いついたと言えるのか?
2025.10.10デイリーコラム満を持して登場した新型「日産リーフ」。3代目となるこの電気自動車(BEV)は、BYDやテスラに追いつき、追い越す存在となったと言えるのか? 電費や航続距離といった性能や、投入されている技術を参考に、競争厳しいBEVマーケットでの新型リーフの競争力を考えた。 -
ホンダ・アコードe:HEV Honda SENSING 360+(FF)【試乗記】
2025.10.10試乗記今や貴重な4ドアセダン「ホンダ・アコード」に、より高度な運転支援機能を備えた「Honda SENSING 360+」の搭載車が登場。注目のハンズオフ走行機能や車線変更支援機能の使用感はどのようなものか? 実際に公道で使って確かめた。 -
新型「ホンダ・プレリュード」の半額以下で楽しめる2ドアクーペ5選
2025.10.9デイリーコラム24年ぶりに登場した新型「ホンダ・プレリュード」に興味はあるが、さすがに600万円を超える新車価格とくれば、おいそれと手は出せない。そこで注目したいのがプレリュードの半額で楽しめる中古車。手ごろな2ドアクーペを5モデル紹介する。 -
BMW M2(前編)
2025.10.9谷口信輝の新車試乗縦置きの6気筒エンジンに、FRの駆動方式。運転好きならグッとくる高性能クーペ「BMW M2」にさらなる改良が加えられた。その走りを、レーシングドライバー谷口信輝はどう評価するのか? -
ホンダ・プレリュード(FF)【試乗記】
2025.10.9試乗記24年ぶりに復活したホンダの2ドアクーペ「プレリュード」。6代目となる新型のターゲットは、ズバリ1980年代にプレリュードが巻き起こしたデートカーブームをリアルタイムで体験し、記憶している世代である。そんな筆者が公道での走りを報告する。