マツダ・アテンザ【開発者インタビュー】
人生を変える仕事 2013.01.05 試乗記 <開発者インタビュー>梶山浩さん
マツダ株式会社
商品本部 主査
マツダの新たなフラッグシップとして誕生した3代目「アテンザ」。このクルマにかけるマツダの思いを、担当主査の梶山浩さんに聞いた。
主査は逆境好き
「フェンダーとボンネットの間に異物があって、これが叡智(えいち)を結集した証しなんですよ」
梶山さんが不思議なことをおっしゃるので、クルマの脇で撮影した際に解説していただいた。夕闇が迫り気温は下がっていたが、スーツ姿のままで熱心に話してくれた。表からは見えない奇妙な形状のパーツを、いとおしそうになでまわしている。
「この形状は、ウチの執行役員が病気で寝ていた時に思いついたアイデアがもとになっているんですよ」
上司も部下も巻き込んで、ボンネットの裏側の小さな工夫までをマネジメントするのが主査という仕事であるらしい。
――セダン受難の日本ではそれほど数は出ないけれど、ワールドワイドなモデルだけに各国の規制をクリアしなくてはなりません。大変ですね。
それをハンディキャップだとは思っていませんよ。すべての国で通用するクルマを作れば、それだけいいクルマになる。例えば側面衝突の基準はアメリカが一番厳しくて、それに合わせれば日本ではオーバースペックということになります。でも、それはユーザーにとって悪いことであるはずがありません。いちいち全部に対応するのは、そりゃあ面倒ですよ。でも、そういう面倒を解決していくことが、エンジニアは好きなんです(笑)。
――現在の経済状況は、日本車にとって恵まれているとはいえないですね。
超円高なのは、逆にラッキーだったと思っていますよ。数を売るのではなくて、本当にいいものを作ることを考えることができる。とにかくたくさん売れ、という雰囲気だと、そうはなりませんよね。
逆境を楽しんでいるみたいだ。たぶん、そういう気質でないと、この仕事は務まらない。
デザイナーも営業マンも意思統一
梶山さんにインタビューする前に、チーフデザイナーの玉谷聡さんに話をうかがっていた。微妙な造形を生産に移すには苦労があったのではないかと聞くと、デザインの初期段階から生産担当の部署と意思統一を行っていたのでスムーズに進めることができたということだった。
ただ、梶山さんによれば、そもそもデザインに与えられていた環境が異例なものだったのだ。
通常はデザインにかける期間は8カ月なんですが、これは24カ月もかけたんです。3倍ですよ!
――乗ってみて、見た目と走りの感覚に統一感があると思いました。
そうでしょう。まだ先代のクルマを改造して走らせている時から、デザイナーにも乗らせたんです。好き勝手に趣味的に作られたんじゃ、かないませんからね(笑)。このクルマのコンセプトを示して、全員が同じ考えを持って作っていかなくてはダメなんです。
さまざまな部門の都合を勘案しながら、明確な目標を示していかなくてはならない。テストドライバーとの綿密なコミュニケーションも大切だ。
私は抽象的な言い方でしか話せませんが、テストドライバーはクルマに乗ってそれを具体的な言葉に置き換えていくわけです。もちろん私自身もクルマに乗って、何度も言葉のやり取りをして理解を深めていきます。テストコースだけでなく、ただの連絡路を走って日常的なシチュエーションを試すようなこともしました。その中で得られたものを、最終的に図面に落としこんでいくんです。
さらに、販売の現場との交流を深めてそこでも意思統一を図っているという。
営業マンを広島に集めて、クルマを理解してもらうんです。クルマを売るには、機能をわかっているだけでは足りないんです。機能の裏には、確とした理論がある。そして、さらにそれを支えているのが志です。全部わかってもらえば、心からそのクルマを売りたいと思ってもらえるはずでしょう。これをやるようになって、宴会が増えて酒を飲み過ぎましたけどね(笑)。
タメとディレイでしっくりくる
――派手なスポーツカーとかスペース効率を追求したミニバンと違って、セダンの良さというのは伝えるのが難しい部分もあるのでは?
そうですが、それをなんとか伝えていかなければなりません。新しいアテンザは、リニアリティーを大切にしています。人間の感覚に合わせてじわりと動きが伝わり、それがフィードバックされる。人間というのは、必ずディレイがあるんですね。タメとかディレイがあって、それが人間の感覚にしっくりくる。即座に反応することがすべてじゃないんです。箱根で速く走ることが目的ではないし、日常でいかに楽しく乗れるかが大切です。エコも大事ですが、楽しさもなくてはならない。
――いいクルマを作るために、主査に必要なこととは何でしょうか?
最初に決めたことを、最後まで貫くことでしょうね。無理と言われても突っぱねます。そうすれば、なにか方法が見つかるんです。工作活動もしますよ。裏の手を使うんです。話を通すためには、上司がどうしても話を聞かなくてはならない状況を作ります。そのためには、いろいろな手段を使う。開発は、タイミングとコストですからね。いいものがあったら、コストがかかっても使いたい。ステアリングホイールの革も、はじめは二番革でいいという話でしたが、一番革の良さがわかるとやはり使いたくなる。
隣で話を聞いていた副主査の齋藤茂樹さんが、「タフなネゴシエイターそのものですよ」と口をはさんだ。最初に決めた志を保ち、強い交渉力で実現していく。だから、ボンネットの裏までいとおしくなるのだろう。なにしろ、志は大きい。
CDセグメントカーというのは、人生を変えることができると思っていますよ!
主査とは、人の人生を変える仕事なのだ。
(インタビューとまとめ=鈴木真人/写真=小林俊樹)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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