三菱ミラージュ【開発者インタビュー】
“飛び道具”はないけれど 2012.08.29 試乗記 <開発者インタビュー>片桐幸男さん
三菱自動車工業
グローバルスモールプロジェクト推進本部 プロジェクト推進部長
兼 商品戦略本部 A&B-seg商品開発プロジェクト プロジェクトマネージャー
「まじめ、まじめ、まじめ」な「コルト」が去って、「低燃費、低価格、コンパクト」な「ミラージュ」がやってきた。小さなボディーに込められた開発陣の思いは?
タイから世界へ
2012年8月1日、懐かしい名前が復活した。5ドアのコンパクトハッチ「三菱ミラージュ」。27.2km/リッターの低燃費に加え、99万8000円からという低価格がウリだ。
――新型「ミラージュ」の開発には、どのタイミングで参加したのですか?
2010年4月ごろです。すでに「コンパクトで安いクルマを造ろう」「燃費のいいクルマを」という商品コンセプトはありました。ただ、私が入った段階では生産地は決まっていませんでした。
――日本での生産もありえた?
検討ケースとしてはありました。ただこのクルマ、「低燃費」に加え「低価格」がポイントになる。日本での生産だと、仕向け地(輸出先)によって、売りづらい地域が出てくる。販売面で不利になる国の、典型的な例がタイでした。
――タイで生産すれば、ASEAN(東南アジア諸国連合)内は関税がかからない?
フリーになります。ミラージュは、先進国ではCO2などの環境対応が大事ですが、新興国ではエントリーカーとして台数を買っていただくという側面があります。その両立を考えたとき、日本生産だと厳しいところがありました。
『webCG』読者にはすでにご存じの方も多いと思うが、新型ミラージュは全数がタイで生産される。三菱自動車は、すでにタイでの生産ノウハウを持っており、また、日系企業の工場閉鎖で既存工場のすぐそばに用地を取得できたという僥倖(ぎょうこう)もあった。新型ミラージュは、「ミツビシ・モーターズ・タイランド第3工場」から、世界へ輸出される。「日産マーチ」に続き、ビッグネームのタイ移籍(!?)である。
「われわれも企業なので、いろいろなことを考えなければいけなくて……」との片桐さんの説明を聞きながら、まさに国内産業空洞化の現場にいるのだなァと、少々大げさかつセンチメンタルな気分になった。人件費、関税、円高リスク……。健全な経営判断のもと、少しずつ、確実に、製造業が日本から出て行っているわけだ。
10年で環境が変わった
新しい5ドアコンパクト、ミラージュ。三菱は21世紀に入って復活したコルトの名前をバッサリ切り捨て、まったく新しいクルマとしてミラージュを売りだそうとしている。
――コルトとミラージュ、三菱のラインナップ中、どちらもボトムエンドのコンパクトカーですが、両者の違いは何ですか?
2000年当時、コルトを開発するにあたってユーザーアンケートを採ると、上位に入った回答に「ひとまわり大きなクルマ」というのがありました。あのころはコンパクトカーが属するBセグメントに限らず、クルマ全体が少しずつ大きくなっていました。「ちょっと高級感がある」のが求められていたんです。
余談だが、片桐さんは、コルトを膨らませた「コルトプラス」の開発にも携わった。
ところが、2010年ごろの同じようなアンケートでは、「燃費」とか「価格」が抜きんでて上位にあるわけです。10年のうちに、いろいろな環境が変わって、お客さまの意識も変わっていったんでしょうね……。
同じコンパクトハッチながら、コルトよりさらにベーシックになったミラージュ。バブルの余韻が完全に冷め、「失われた10年」と呼ばれる経済的な低迷が、庶民の懐にボディーブローのように効いてきた。その結果が、新型ミラージュには投影されている……というのは、あまりにネガティブな見方でしょうか。ちなみに、国内のミラージュは「1リッター+CVT」だけだが、ほかの市場には1.2リッターや3ペダルの5段MTも用意される。
ヨーロッパには1リッター+5MTと、1.2リッターモデル(5MTとCVT)も出します。「フォルクスワーゲン・ルポ」、最近では「up!」、それに「フォード・フィエスタ」などがライバルになります。ミラージュのアドバンテージは燃費。欧州流にいうとCO2排出量の少なさ、ですね。
――アジアでは?
1.2リッターが販売されます。新興国のユーザーは、「燃費」や「環境」は頭の片隅にあるけれど、「やっぱり走りだよね」と。ただタイなんかはEV(電気自動車)やハイブリッド車が世に出ているなか、普通のガソリン車もできるだけエコにしないといけない。そうした意識があって、国の施策として「エコカー減税」というか「エコ恩典」がある。おかげで先行発売したミラージュは大変好調です。3月末に発売して、7月末までで3万3000台の受注をいただいている。自国で生産しているのに納車は年末、みたいな状況です。
――ご同慶の至りです。
もうひとつ。タイでは初めてクルマを購入するユーザーに補助が出るんです。それが年末には終わるんじゃないかと囁(ささや)かれていて、多くの方が購入されているようです。
マイ・ファースト・カー、マイ・ファースト・ミツビシ、ですね。新型ミラージュ。長らく経済が停滞している国からとは、まったく違った見方がされているに違いない。初めてクルマを買うときの興奮! モータリゼーションにおいて「これからの国」が、ちょっぴりうらやましい。
軽くできれば安価にできる
新型ミラージュは、27.2km/リッターという驚異的なカタログ燃費を誇る。その秘密は、コンパクトゆえの前面投影面積の小ささと空気抵抗の少なさ、そして軽いボディーにある。言うまでもなく、ミラージュのプラットフォームはコルトから一新。完全な新設計である。片桐さんが続ける。
プラットフォームを決めてしまうと、「重量」や「操安(ハンドリング)」はある程度見えてくる。そこからさらに「軽くしろ」と言われても、なかなかできるものじゃない。最初の投資はかかるけれど、「プラットフォーム一新」は必要でした。
――軽量化はお金がかかるのでは?
軽量化とコストは一進一退なところがあって単純ではないけれど、基本的に、軽くできれば安くできるんですよ。材料が少なくて済むわけですから。今回、高張力鋼板をずいぶん使わせてもらっています。そこだけ見たら、高いかもしれない。でも、トータルでは、部材的に、構造的に、今までより部品点数を抑えられるので、安くなります。
――なるほど。
低燃費のためにやらなければいけないのは、軽量化と空気抵抗、つまり空力をよくすること。この二つは、ベースのところでしっかりやっておかないと、後からだとどうにもなりません。空力に関しては、デザイナーとエンジニアにとことん調整してもらって、Cd値は0.27! 「そんなにできるんだ!!」というくらい、よくなりました。
――エンジンに関しては、トピックが少ないようですが……。
エンジンに限らず、ミラージュには「これが目玉!」と言える“飛び道具”のようなものがないんですよ。素の技術、もともとあった技術を突き詰めて、というやり方をしています。
――エンジンを改良することで、さらなる燃費向上が期待できる?
「低燃費、低価格、コンパクト」のうち、燃費に関しては、今後、絶対、競争が起こります。ですから、これからも手を加えてやっていかないといけない。大きなところ、難しいところではあるけれど……。
商品開発を担当した片桐さんは、声を強めて言葉をつないだ。
そうでないと、商品コンセプトをキープできませんから。
(インタビューとまとめ=青木禎之/写真=DA)

青木 禎之
15年ほど勤めた出版社でリストラに遭い、2010年から強制的にフリーランスに。自ら企画し編集もこなすフォトグラファーとして、女性誌『GOLD』、モノ雑誌『Best Gear』、カメラ誌『デジキャパ!』などに寄稿していましたが、いずれも休刊。諸行無常の響きあり。主に「女性とクルマ」をテーマにした写真を手がけています。『webCG』ではライターとして、山野哲也さんの記事の取りまとめをさせていただいております。感謝。