マツダCX-5 XD Lパッケージ(FF/6AT)【試乗記】
“坂バカ”のクルマ 2012.05.13 試乗記 マツダCX-5 XD Lパッケージ(FF/6AT)……298万円
先にガソリンモデルでCX-5の実力を体感したリポーターが、本命のクリーンディーゼルに試乗。走りだした途端に顔がほころんだという、その理由とは?
「83%」の衝撃
鹿児島で行われた「CX-5」試乗会のプレスディナーでのこと。宴たけなわの会場に伝令が入ってきて、こう告げた。
「83%を超えました!」
テーブルにいた関係者から歓声ともため息ともつかない声があがる。これは、CX-5の受注の中でディーゼルモデルが占める割合の数字なのだ。発売1カ月で目標の8倍にあたる約8000台の受注があり、その73%がディーゼルであったことも驚きだったが、さらに比率が上がったのである。
当初マツダ自身は、ディーゼル車の割合がせいぜい半分と想定していた。83%というのは、誰も予想していなかった数字である。その原因について尋ねると、広報担当者もエンジニアもそろって首をひねる。先に試乗の感想を言ってしまうと素晴らしい出来だったので、この受注割合は妥当なものだと思う。でも、それが人気の原因ということはありえない。なにしろディーラーに試乗車が届いていない段階で予約が殺到したのだから、乗って確かめることはできなかったはずだ。
石原都知事のペットボトル会見以来、日本におけるディーゼルのイメージは地に落ちていた。自動車媒体はヨーロッパの新世代ディーゼルの出来の良さを繰り返し伝えていたけれど、コアな自動車ファン以外に届いたかどうか。価格に関しては、はっきりディーゼルが不利だ。同じグレードで比べると、38万円の差がある。免税率や補助金はディーゼルに分があるが、それでも20万円ほどの差は残っている。燃費の良さと軽油の安さで取り返せるとしても、何十万キロも走ってからの話だ。
笑ってしまうクルマ
自動車メーカーとジャーナリストが、地道な啓蒙(けいもう)活動を行った成果だと思うことにしよう。ミステリーは解けなかったが、乗り比べればディーゼルの良さは明々白々である。前回ガソリンモデルに試乗した時は、エコと走りを両立させたことには敬意を表しつつも、優等生的な振る舞いに飽き足りない思いがした。しかし、このディーゼル版には明確な主張があり、際立ったパーソナリティーがある。その代わりにネガを背負ってしまうようなことは、一切ない。
試乗中アクセルを踏み込むたびに、何度も笑ってしまった。こんなに気持ちよくていいのかな、と自然に顔がほころぶのだ。スポーツカーでも、こんなことはなかなかない。クルマにとってエンジンが重要なパーツであるのは当たり前だが、すっかり性格までが変わってしまう。
何より印象深いのは、その軽快なフィールだ。頑丈なディーゼルエンジンを積んでいるのだから、車重はもちろん重くなっている。70キロの増加だから馬鹿にできないはずだが、乗った印象は逆にはるかに軽やかなのだ。低回転を保ったまま流している時は余裕しゃくしゃくで、いつでもパワーを爆発させるぞという気配を漂わせる。
少しずつアクセルを踏んでいくとなめらかに回転が上昇し、思った通りの加速が始まる。3000回転を超えると勇ましい快音が響き、ドンとお尻を押されるようにして前方に飛び出していく。4気筒のくせに、なんだかV8っぽくさえ感じられる。
ワガママ走りでの驚異的燃費
最も大きな快感を得られるのは、上り坂にかかった時だ。それも、急な坂ほどいい。立ちはだかる斜面は難物かなと思っていると、このクルマはいとも簡単に重力を克服し、加速さえしてみせる。そういう時に笑ってしまうのだ。自転車ファンの中には、上り坂ばかりを好んで走る「坂バカ」と呼ばれるタイプの人がいるらしい。それには1ミリも共感できないが、「XD」に乗っている時に限れば、坂は大歓迎である。
エンジンの恩恵か、ハンドリングまで軽快に感じられる。SUVで山道がこんなに楽しいとは思わなかった。わざわざ鹿児島で試乗会を開いたわけである。最近は東京都内の市街地での試乗会が多いが、渋滞を縫ってとろとろ走るのではこの楽しさは伝わらない。鹿児島空港から山をめぐるコースを一周し、九州自動車道で高速性能を試した後に本格的なワインディングロードの指宿(いぶすき)スカイラインで存分にコーナリングを試す。このコース設定から、自信が伝わってくる。
200キロ強を走って、燃費はメーター表示で13.2km/リッターだった。ガソリンモデルの「20S」で燃費を測った時は13.0km/リッターだったから、ほとんど変わらない。しかし、その時は「i-DM(インテリジェント・ドライブ・マスター)」を気にしながらエコ走りをしていたのに対し、今回は自分の気持ちよさを最優先したワガママ走りだったのだ。気の向くままにアクセルを踏み込んだ結果の数字としては、驚異的だ。
ただひとつの弱点とは?
今回も、後でガソリンモデルに乗る機会があった。やはり、別物である。坂があっても、うれしくならない。エンジンは高回転まで回って、勇ましい音色を轟(とどろ)かせる。ライトウェイトスポーツならそれが気持ちよさにつながるはずだが、SUVにはディーゼルのおおらかさのほうが似つかわしい。
ディーゼルの弱点とされる「ガラガラ音」は、車内にいる限りまったく気にならない。アイドリング状態で外に出ればそれと知れるが、音量自体は小さなものだ。もちろん、黒煙やススなんてものとは無縁だ。後ろに回っても、ニオイすらしない。
プレスディナーの席で、エンジニアの方からDPF(ディーゼル・パティキュレート・フィルター)について詳細な説明を受けた。完全に理解できたかどうか心もとないのだが、酒宴のテーブルにiPadを持ち込む熱量の大きさは十分に伝わった。確かに、その情熱は結果に表れていたのである。
ただ、ひとつ問題があった。全自動でススを取り除くわけだが、一定の距離を連続で走る必要がある。近所のスーパーに買い物に出掛けるだけではなく、週に1度でも少し遠出をしてほしい、というのだ。こんなことを言われると、奥さま方は面倒くさがるかもしれない。「売り上げに響きませんか?」と聞いてみた。「そうなればガソリン車の比率が上がってちょうどいい」と答えが返ってきた。ごもっともである。
(文=鈴木真人/写真=マツダ、webCG)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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