フェラーリ458スパイダー(MR/7AT)【試乗記】
どこをとっても刺激的 2012.05.09 試乗記 フェラーリ458スパイダー(MR/7AT)……3958万9000円
フェラーリが放つ、570psのオープンスポーツ「458スパイダー」。その実力を、ワインディングロードでテストした。
開けても閉めてもうっとり
「あれ? 今日は『スパイダー』の取材じゃなかったっけ!?」
それが、このクルマと対面しての、第一印象だった。ピロティ形式のガレージにルーフを閉じた状態で置かれた真っ赤な「フェラーリ458スパイダー」は、ちょっと薄暗い中では、まるでクーペモデルのように見えたからだ。
ポルシェなどが、「重量を考えると、スポーツカーのオープンボディーはソフトトップ式以外に考えられない!」と説明する中で、あえてフェラーリがメタルトップを採用したのには、まずそうした「クーペのようなルックスを演じたい」という思いがあったはずだ。
先行して世に出た「カリフォルニア」が、フェラーリとして初のリトラクタブル式ハードトップを採用して以降、このブランドは「スーパースポーツカーのオープンボディーはメタルのルーフに限る」と趣旨替えしたということだろうか。
が、そこはフェラーリ。この期に及んで“普通のルーフ”を採用したりはしない。
「従来のソフトトップに比べ、約25kgの重量削減」というキャッチフレーズは、先のポルシェのコメントに対するシンプルかつ決定的なカウンターブローになっているし、大小に二分割されたアルミ製のルーフパネルを、それぞれその後端をピボットにグルリ180度回転させて、同じく後端を軸に口を開いたバットレス付きリッドの下に収めるサマは――14秒ほどで完結するそうした動きそのものが――見事に“エンターテインメント”になっている。
それにしても、「458スパイダー」のルックスは、開けても閉めても、まるで隙がない。どんなアングルから目にしても「やっぱりカッコ良いな〜」と、ため息をつくしかない。そのスタイリングは、ほとんど同じタイミングで生を受けつつも「これ、一体どうしちゃったの??」と疑問符しか浮かばない「FF」とは同じメーカーの作品と思えないほど完璧だ!(と、自分は思っている……)
「F1の血筋」がそこかしこ
そんな「458スパイダー」の、ちょっと土足で乗り込むのがためらわれるほどゴージャスなキャビンに身を沈め、ドライビングポジションを決める。
ウインカースイッチを含め、さまざまなボタンやダイヤルが並ぶステアリングホイールが、F1マシンのそれをモチーフにした“グリップ位置を持ち変えないことを前提としたデザイン”であるのは明らか。その奥のメータークラスター内は、当然のごとく大径のタコメーターが中央部を占領し、左右には、これまたF1マシンのインダクションポッドをほうふつさせるエアコン吹き出し口がレイアウトされるのだが、それが奇異に思えないのは、やはりフェラーリだからだろうか。
ちなみに今回のテスト車は、そうしたドライバー周辺の各部に散見されるカーボンアイテムなど、その内外装に総額900万円(!)に迫るドレスアップパーツを装備している。車両本体価格の3060万円にそんな特別分を上乗せした合計は、ほぼ4000万円の“不動産価格”。小さなプランシングホースのアクセサリーが貼り付けられたフューエルリッドが「7万4000円のオプション」と知ると、何だか急にポルシェが庶民的なクルマに思えてくる……。
さて、気を取り直して(?)いつものように、自分の流儀でルーフを閉じてスタートしようとすると、カメラマンのAさんから「すぐに撮影したいからオープンで行って」との指示。それならばと、センターコンソール上のスイッチを引いてルーフを開いて走り始めると、即座に「それが正解」である事を思い知らされた。
その理由は“音”にある。
時を忘れる“ミュージック”
首都高の都心環状線に上がり、皇居のお堀を横目にトンネルにもぐる。そこで前車との車間を開き、ちょっと踏んでみると、その瞬間、まさに快哉(かいさい)を叫びたくなるようなトンネル内に充満するレーシングサウンドを、四方八方からダイレクトに届くミュージックとして堪能することができたのだ。
次いで首都高3号線の青山トンネルでは、モノは試しとステアリングホイール上のダイヤルで「Race」モードを選択。そこでアクセルペダルを深く踏み込むと、今度はさらなる爆音が耳を喜ばせる。続く東名高速の大和トンネルでも……と楽しんでいるうちに、箱根路への入り口はもう間近。「458スパイダー」の低いノーズを、いよいよ日本屈指の“スポーツカーロード”へと向けてみる。
「いやいや、これは役得だ」。ワインディングロードでこのクルマを走らせた筆者は、その感を禁じえない。
はじけるようなパワーとともに9000rpmまでまっしぐらに吹け上がるエンジン。アクセルペダルを踏む右足と駆動輪の後輪がダイレクトにつながっている感触。パドルに指が触れたかと思うやいなや、瞬時に変速を終えてしまう、研ぎ澄まされたレスポンスのデュアルクラッチ式トランスミッション。これまでの市販車では体験したことのないような高い減速Gを、何度でも変わることなく生み出すブレーキ。そして、コースティングシーンからのアクセルONで耳に届く、レーシングカーもかくやのエキゾーストノート……。
どこをとっても、とてつもなく刺激的で、しかもドライバーの意思にとことん忠実な反応を示す。それが、アップテンポな走りに徹したときに「フェラーリ458スパイダー」が見せる挙動なのだ。
誰でもわかる“究極の味””
しかも、そんなカミソリのように鋭い走りは、一切不安とは縁のない高い信頼感のもとに繰り広げられる。
同じフェラーリのV8モデルとはいえ、例えば「348」の時代などとは隔世の感がある。それは、「最新モデルにはトラクションコントロールやスタビリティーコントロールなどの電子デバイスが存在するから……」といったハナシではない。路面がドライだったこともあるだろうが、今回のテストドライブでも、そうしたデバイスの出る幕はなかった。
兎(と)にも角にも、クルマの基本的な運動性能そのものが、以前とは比べ物にならない高みに引き上げられたということだ。もはや、最新のフェラーリの走りに「薄氷を踏むような……」という例えは無縁なわけだ。
ホットな走りのステージを終え、街乗りで冷静にチェックしてみたところで、このクルマが備える“フレンドリーな性格”は随所に見受けられた。
細身のAピラーや、絶妙な位置にレイアウトされたドアミラーは、どのような場面でも優れた前方視界を提供してくれるし、ルームミラーを通しての後方視界も、まるで実用セダンのように十分確保されている。
走りだしの際のクラッチワークなどは、同じデュアルクラッチ方式を採る「日産GT-R」などよりはるかにスムーズで静かだし、荒れた路面などでも脚がしなやかに動き、予想よりもはるかに高い快適性に舌を巻く。
だからといって、「フェラーリも“普通”になり、つまらなくなった」と評するのは当たっていない。
なぜならば、すでに述べたようにこのモデルは他のブランドのモデルでは絶対に味わうことのできない、ロードカーとして究極といえる刺激を、以前のフェラーリと全く変わることなく備えているからだ。
世の中には、その内容に比して「どうしてここまで評判が高いのか!?」と不思議に思えるブランドも皆無とは言えない。それらは、実際のプロダクツそのものの魅力はさておき、過去の栄光や巧みな販売戦略などでブランド力を維持しているのだろう。
しかし、今のこのブランドは、まるで正反対だ。「あの内容だから、これだけ高く評価されている」。フェラーリは、誰もがそう納得できる剛健なブランドへと成長を遂げたのである。
(文=河村康彦/写真=荒川正幸)
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河村 康彦
フリーランサー。大学で機械工学を学び、自動車関連出版社に新卒で入社。老舗の自動車専門誌編集部に在籍するも約3年でフリーランスへと転身し、気がつけばそろそろ40年というキャリアを迎える。日々アップデートされる自動車技術に関して深い造詣と興味を持つ。現在の愛車は2013年式「ポルシェ・ケイマンS」と2008年式「スマート・フォーツー」。2001年から16年以上もの間、ドイツでフォルクスワーゲン・ルポGTIを所有し、欧州での取材の足として10万km以上のマイレージを刻んだ。