フェラーリ458スパイダー テーラーメイド“BUSHIDO”(MR/7AT)
“現実的”な一台 2014.08.27 試乗記 スーパーカーの代名詞たるフェラーリを、さらにスペシャルな一台へと昇華させる、同ブランドの「テーラーメイド・プログラム」。一体、どんなサービスなのか? その完成車からは、どんな喜びが得られるのか? プライベートで“跳ね馬”を駆るジャーナリスト、清水草一が吟味した。気がつけばビックリ価格
「フェラーリ458イタリア」の登場が2009年、「スパイダー」が2011年。すでにそれぞれ5年/3年も経過したことに、「まさか!」という思いを抱いてしまう。さらにまさかなのは、すでに458シリーズがモデル末期に突入しているという事実だ。今乗っても、これ以上斬新かつ美しい最強のスーパースポーツは、この世に存在しないように思えるのだが。
個人的には、2年前に人生を捨てて458イタリアを購入し、現在も超絶蜜月状態にあるが、そんな中古458イタリアオーナーである私には、458スパイダーはまったくの別世界に映る。屋根が開くだけの違いだが、プライスが違いすぎる。
2年前に私が買った中古458イタリア(2010年式・走行8000km)は、乗り出し2580万円だった。その後の景気回復で、中古相場はやや上昇気味だが、それでも新車価格(税込み2920万円)よりは、それなりに安く手にできる。
しかしこれがスパイダーになると、突然中古相場が不明になる。ほぼすべての個体が「ASK」表示、つまり「F40」や「F50」などの限定モデルと同じ世界にいるのである。458スパイダーの新車価格は3150万円だが、すべての個体がオプションを最低300万円は装備しており、1000万円を超える例も少なくない。乗り出し価格は軽く4000万円オーバーとなる。価格差が1500万円もあったら、同じ車種とは言えまい。
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合理的なぜいたくサービス
価格の話ばかりで恐縮だが、つまりフェラーリのラインナップの中で現在も断トツの人気を誇る458シリーズは、クーペの「イタリア」が事実上オーダーストップ状況ゆえ、実質的なベース価格が4000万円近くにまで上昇していることになるのだ。恐るべき事実である。
ほんの20年前、1994年に登場した「F355」の新車価格は、1500万円を切っていた(税抜き)。オプション装備もほぼ何も用意されていなかった。それと比べると、3倍近い実質値上げだ。それでもフェラーリの世界販売台数は伸びており、逆に台数を絞ってプレミアム性をさらに上げる戦略を取っている。ここから見えてくるのは、ワールドワイドなジニ係数の上昇だろう。
もちろん、ジニ係数が上昇しているのはフェラーリの責任ではない。フェラーリとしては、そういう社会情勢に合わせて合理的な経営判断を下しているにすぎない。それが世界の現実なのだから。
フェラーリは、こういった世界の現実に合わせて、昨年から「テーラーメイド・プログラム」の本格展開を始めた。
テーラーメイド・プログラムとは、インテリアカラーをはじめアクセサリーや素材、仕上げなどを自由に選べるプログラムで、「何をお望みですか?」の言葉から検討を開始し、全く自由にオーダーできる。オーダーした顧客は、フェラーリ本社に招待され、現地でまる一日、担当するパーソナルスタイリストとともに仕様を検討していくという。
当初、テーラーメイド・プログラムの方向性は、カーボンファイバートリムなどを多用してスポーティーさを演出する「スクーデリア」、ビンテージレザーやウール、カシミア、ベルベットなどでクラシカルに仕上げる「クラッシカ」、イタリア語で“未発表”を意味し革新的なスタリングに仕上げるといいう「イネディタ」の3タイプが用意されるとアナウンスされていた。
が、このたび日本に上陸したのは、スクーデリアでもクラッシカでもなく、「武士道」がテーマのプログラムだと聞いて度肝を抜かれた。仕様決定までの詳細な経緯は不明ながら、「武士道」という単語から、フェラーリ本社スタッフが内容を検討し、このような形になったということだ。
他人にも伝わるオーラ
ボディーおよびインテリアカラーはダークブルー。まるで、切腹に臨む、武士の心の内のような色調である。フロントフィンなど細部に至るまで、すべてこのダークブルーに塗られたシンプルネスが、武士道を表現していると思われる。それを貫く白いラインは日本刀。わずかな赤は血の色か。
日本刀のホワイトラインは、インテリアをも鮮烈に切り裂いている。センターコンソールには兜(かぶと)や富士、太陽、桜のイラストをちりばめた七宝焼があしらわれている。あまり武士道を深く理解しすぎたイラストだと逆に暑苦しくなりそうなところだが、これがいかにも「ガイジンが連想するサムライのイメージ」なのが一服の清涼剤だ。
この、一見控え目にも思える458スパイダーが、実はこの東京で、驚くほど注目を集めた。フェラーリといえば近年の流行はホワイトパール系だったりするが、そういったきらびやかなフェラーリよりも、この武士道の方が注目度が高いのである。
早朝、自宅車庫から出してルーフを開けている間に、通りがかりの散歩のおじさんに「すばらしい!」と声を掛けられたのには驚いた。「すごいね!」とか「何キロ出るの?」ならともかく、この日本で、クルマに対して、オペラのように「すばらしい!」なんて、めったにあることじゃない。それだけこの武士道458スパイダーが、称賛せずにはいられない静謐(せいひつ)かつ鮮烈な香りを発していたということだろう。さすが武士道。
まるで日本刀のよう
走りに関しては、いまさら細かく言及する必要はないだろう。458スパイダーは、とてつもない高性能を有するが、あまりにも甘美であるがゆえに、その高性能をすべて絞り出すなど、貧乏くさくてできなくなってしまうスーパースポーツである。
走りだしただけですでに、陶酔でため息が出る。自分のものではないけれど、自分のもののように運転しているだけでもって瞑(めい)すべし。人生の記念に都心や青山、表参道をゆっくり流し、仕上げにレインボーブリッジからアクアラインを抜けて、人生の頂点を見た思いのみを心に刻んだ。
私の乗る初期モデルと比べると、スパイダーを含む458系後期モデル最大の改良ポイントは、DCTのマナーの向上だ。もはやよくできたトルコンATのような……と言っていいのかどうか、低速域でも変速ショックはほぼ皆無。すべてが流れるように滑らかでありながら、ステアリングを切れば切れすぎる日本刀のようにシャープで、気を抜いて車線変更をすると側壁に激突しかねない。このあたりが凡百のスーパースポーツと違うところだ。切れるナイフを扱う者にそれなりのスキルを要求するのは、フェラーリの変わらぬ美点だろう。
で、おいくら万円でございましょうか。
車両本体 3150万円
テーラーメイド・プログラム武士道 977万2000円
その他オプション 249万2000円
合計 4376万4000円
ここに諸費用が乗っかり、乗り出し価格は約4500万円。これが、富の偏差が拡大し続ける世界の現実なのである。
しかし私はこのマシンに乗り、自らの財力を無視したひとつの夢を抱いた。それは、最後のV8自然吸気ミドシップ・フェラーリになるであろうこの458シリーズ、できれば458スペチアーレで、「零式艦上戦闘機」というテーマでテーラーメイド・プログラムをオーダーすることだ。
(文=清水草一/写真=小林俊樹)
テスト車のデータ
フェラーリ458スパイダー テーラーメイド“BUSHIDO”
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4527×1937×1211mm
ホイールベース:2650mm
車重:1430kg(乾燥重量)
駆動方式:MR
エンジン:4.5リッターV8 DOHC 32バルブ
トランスミッション:7段AT
最高出力:570ps(419kW)/9000rpm
最大トルク:55.1kgm(540Nm)/6000rpm
タイヤ:(前)235/35ZR20 88Y/(後)295/35ZR20 101Y(ブリヂストン・ポテンザS001)
燃費:8.4km/リッター(欧州複合モード)
価格:3150万円/テスト車=4376万4000円
オプション装備:20インチ ペインテッド・スポーツ・ホイールリム(55万6000円)/カーボンファイバーのエクステリア・シル・キック(17万5000円)/LEDステアリングホイール(46万1000円)/ホワイト・レヴカウンター(8万8000円)/アッパー&ロワーダッシュボードのカラーオーダー(12万円)/フロントダッシュボードのカラーオーダー(6万4000円)/パッセンジャーコンパートメント上部のカラーオーダー(11万2000円)/レザーヘッドライナー(11万2000円)/ステアリングホイールのカラーオーダー(4万8000円)/インナーグリルのレザー(3万2000円)/ロワーゾーンのレザー(11万2000円)/センタートンネルのカラーオーダー(7万2000円)/スタンダードステッチのカラーオーダー(4万6000円)/プランシングホース・ヘッドレスト刺しゅう(12万円)/カラーシートベルト(8万8000円)/テーラーメイド“BUSHIDO”特別装備<刀をあしらったBLU SCOZIAメタリックのエクステリア、BLU SCOZIAメタリックのバンパー内側およびディフューザー、ペインテッドリム、BLU NAVYのインテリア、ボディーカラー同色のステアリングホイールLED部&ダッシュボードトリム&センタートンネル&センタードアパネル&シルキック、BLU NAVYレザーのオープンコンパートメント&カップホルダー、シート中央部とサイドに配されたホワイト×シルバーのファブリック、ホワイト×シルバーファブリックのフロアマットパイピング、センタートンネルの特別装飾、マットシルバーのドアハンドル&シートレバー、ほか>(977万2000円)
テスト車の年式:2014年型
テスト開始時の走行距離:1043km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(4)/高速道路(6)/山岳路(0)
テスト距離:197.5km
使用燃料:40.4リッター
参考燃費:4.9km/リッター(満タン法)

清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。