第24回:寡黙な“運転手” が夜を走る――気鋭の放つ鮮烈な映像美! − 『ドライヴ』
2012.03.27 読んでますカー、観てますカー第24回:寡黙な“運転手” が夜を走る――気鋭の放つ鮮烈な映像美!『ドライヴ』
強盗をクルマで運ぶ“逃がし屋”
主人公は天才的な運転テクニックを持つ男。タイトルからして、ストレートに『ドライヴ』である。全編激しいカーチェイスが展開するアクション・エンターテインメント・ムービー……と思ってしまうが、全然違う種類の映画だ。もちろんクルマはたくさん出てくるし、カーチェイスもある。でも、恐ろしいほどの静けさをたたえている。
主人公には名前がない。単に“ドライバー”と呼ばれている。クルマの修理工場で働き、映画のカースタントもこなす。もうひとつの顔は、“逃がし屋”だ。強盗から依頼を受け、逃走だけを請け負う。
演じるのはライアン・ゴズリングだ。『ラースと、その彼女』ではダッチワイフに恋する童貞青年、『ブルー・バレンタイン』では結婚相手に愛想をつかされるダメ男役だったが、同じ人とは思えない変貌ぶりである。『ラブ・アゲイン』でも夜な夜な美女をあさるモテ男役で、見事な腹筋を披露してエマ・ストーンに「それ、CG?」なんて言われていた。役によって体つきまで変えてしまうカメレオン系俳優なのだ。顔のパーツが真ん中に寄っていて、いい男なんだかどうだか微妙なルックスではある。
カーチェイスシーンは、一応3回出てくる。映画の最初に強盗を逃がすために警察をまく場面が出てくるが、カーチェイスという言葉から想像されるものとはずいぶん趣が違う。スキール音をたててコーナーを抜けることもなく、基本的には普通の運転なのだ。クラッシュもない。舞台となっているロサンゼルスの道を知り尽くしている“ドライバー”は、警察の動向を探りながらパズルを解くように道を選んで姿をくらます。のんきにカーラジオを聞いているのだが、それも逃走経路を見つけるための布石であったことが後でわかる。
緻密に組み立てられたリアルな逃走劇
仕事を始めるにあたって、まずクルマを調達する。「地味なクルマ」というリクエストに対し、渡されたのはシルバーの「シボレー・インパラ」だ。自動車業者は「カリフォルニアではよく見かける。実に目立たんクルマさ」と言う。かつての最上級フルサイズも、現在ではそういう扱いらしい。犯罪者が地味なクルマを選ぶのは常道で、村上春樹の『海辺のカフカ』では「マツダ・ファミリア」が選ばれていた。
強盗した後に派手なクルマで街のあちこちを破壊しながら爆走するのがアクション映画の常だが、あれは映像としては痛快だけれど、リアリティーはない。わざわざ自分の存在をアピールしているようなもので、警察が組織的に対処すれば逃げられるはずがないのだ。都市部で早く目的地につくためには、クルマのスピードよりも道の選び方が重要である。その常識を適用すれば、“逃がし屋”としては極めて合理的な手法なのだ。緻密に組み立てられた逃走劇は、美しい緊張感をスクリーンに映し出した。
“ドライバー”はスーパーマーケットの駐車場で同じアパートに住む女性を見かける。クルマが故障して困っていたところに遭遇したのだ。それがきっかけで交流が始まるのだが、困ったことに彼女は子連れで亭主は刑務所の中だという。この女性、アイリーンを演じるのは、『17歳の肖像』『わたしを離さないで』のキャリー・マリガンだ。悲しげな笑顔が可憐(かれん)で、そりゃあほれてしまうに決まっている。
子供と一緒に3人でドライブに出掛けたりする。“ドライバー”の愛車は70年代の「シボレー・シェベル」だ。クルマの中で、二人の手と手が触れる。心が引かれあっていくのがわかる。ほとんど言葉はかわさず、視線が交差するだけだ。だいたいこの映画は、極端にセリフが少ない。橋田寿賀子のドラマなら、この映画全部のセリフを3分で使い切ってしまうだろう。
禁欲的だから際立つ耽美的なクルマの映像
アイリーンの亭主が、刑務所から出てくる。カタギになることを誓ったが、服役中に知り合った男に脅され、強盗を請け負わなければならなくなる。やらなければ、妻子も危険に晒(さら)されてしまうのだ。“ドライバー”は、彼を助けるために運転を引き受ける。しかし、そこにはマフィアの罠(わな)が潜んでいた。
2度目のカーチェイスは、「フォード・マスタング」と「クライスラー300C」の対決だ。“ドライバー”はマスタングで逃げるが、クライスラー300Cもパワーでは引けを取らないから追いつかれてしまう。激しいクラッシュや華麗なスピンターンが見られるが、安物のアクション映画のように景気よくハードロックで盛り上げたりはしない。言葉も音楽も最小限なのだ。
さらに、映像すらも禁欲的だ。すべてを見せることはなく、前後と周辺を描くことで観客の脳内に画面を映し出す。後半では凄惨(せいさん)な暴力シーンが繰り返されるのだが、直接的な描写は極力避けている。だからこそ、痛みや恐怖がそのまま伝わってくるのだ。“ドライバー”は、『ヒストリー・オブ・バイオレンス』のヴィゴ・モーテンセンのように、内に抑えきれない暴力的衝動を抱えている。その悲しみが、見ていて痛いほどわかるのだ。
“ドライバー”は、いつも同じ白いブルゾンを着ている。大きなサソリのバックプリントがあるが、アバルトとは関係がないようだ。ドライビンググローブをはめ、木枯らし紋次郎のように爪楊枝(つまようじ)をくわえている。普通の人がこの格好だと相当痛いことになりそうだが、ライアン・ゴズリングはそれをスタイリッシュに見せているのが偉い。さすが、ピープル誌で「世界一セクシーな男性」2位(1位はブラッドリー・クーパー)に選ばれただけのことはある。
もう1回クルマを使ったバトルが出てくるが、これは付け足し程度。一般的な意味でのカーチェイスは1回だけしか使わずに見事なクルマ映画を作ってしまったのは、自身は運転免許を持っていないニコラス・ウィンディング・レフン監督だ。デンマーク生まれで、主にヨーロッパで活躍していた。ハリウッドは、停滞を突き破るきっかけとなるかもしれない才能を手に入れた。
80年代風のエレクトロ・ポップが流れ、闇の中をシェベルがゆっくりと滑るように移動していく。シンプルなベースが響く中、「A real human being, and a real hero」というフレーズが繰り返される。この耽美的(たんびてき)な映像に浸るだけでも、観る価値のある映画だ。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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