トヨタ・クラウン 3.5アスリートS(FR/8AT)
さらに熟した「改革派クラウン」 2013.05.02 試乗記 ハイブリッドモデルの対極にある、もうひとつの「クラウン」。3.5リッターV6ガソリンエンジンを搭載する「アスリートS」の走りを試した。イメージしたのは忍者小説
ニンジャスレイヤーだ! と一目見るなり、私は思った。黒い装束に身を包んだ「クラウン アスリートS」。稲妻グリル、あるいはピカチュウ・グリルなどとも巷間呼ばれている、という第14代クラウンのスポーツ系に与えられた、見方によっては天守閣のシルエットのように見えないこともない――
じつのところ、食べ終わったラーメンのどんぶり鉢がふたつ重なっているように私には見える。いずれにせよ、インプレッシヴな和風グリル。そのグリルの奥の黒塗りメッシュが、鎖帷子(くさりかたびら)を連想させたのであった。インガオーホー!
ドアを開けると、赤黒い内装が現れた。オプションで用意されている「テラロッサ」であった。それはまさにニンジャスレイヤーのニンジャ装束と同じ色なのだった……。なんたる偶然! ワッショイ!
『ニンジャスレイヤー』は、ブラッドレー・ボンドとフィリップ・ニンジャ・モーゼスという2人のアメリカ人の共著による、サイバー・パンク・ニンジャ・アクション小説シリーズである(訳:本兌有、杉ライカ/エンターブレイン発行)。
舞台は近未来のニッポン・ネオサイタマ。そこは重金属酸性雨が降りしきる資本主義産業社会の成れの果て、マッポーの世で、悪のニンジャ組織ソウカイ・シンジケートに妻子を殺されたニンジャスレイヤー、フジキドケンジが敢然と戦いを挑む。ツイッター小説なので、140字程度で1行空きになる。
読者諸兄は、クラウン アスリートSのことを知りたい、ニンジャスレイヤーのことなんかどうでもよい、と思われていることでしょう。ドーモ、スイマセン。これは先代林家三平。ニンジャスレイヤーの世界では、戦いを始める前に必ず、合掌してあいさつをしなければならない。
「ドーモ。ニンジャスレイヤーです」
Slayerとはキラーのことである。「ニンジャ……殺すべし!」。一方、クラウン アスリートSは、私の目にはこう見えるのである。クラウンスレイヤー!
「いまを変えるために生まれた」
「挑め」
「これからを受けて立て」
「変化を恐れるな。それは力となるのだから」
「強さとは、誰かに決められるものではない」
2012年末に発売となった14代目クラウンのカタログは、このようなアジテーションで彩られている。
“独自の世界”を持っている
「権力より愛だね」「ReBorn CROWN」
これはピンク・クラウンでリボーンをソフトに訴えるCMのコピーである(試乗車がピンクだったら、筆者も「愛されオヤジ」の気分で原稿を書いていた、に違いない)。1955年、昭和30年に発売となった日本最古の自動車ブランド、クラウンは、80年代の「いつかはクラウン」幻想を経て、大変革期を迎えているのだ。
トヨタ自身によるこの変革は「ゼロ・クラウン」、2003年の12代目から始まっている。この革新活動に輪をかけているのが、「もっといいクルマをつくろうよ」と社内で口癖のように言っているという豊田章男社長であるに違いない。
外部塗装色に関係なく、ここで申し上げたいのは、最新のクラウン アスリートSにはなるほど独自の世界があった、ということである。多くの方々は、まず運転席に座ると驚かれるのではあるまいか。まるでスポーツカーと呼びたいくらい、否、こんなにタイト感のある運転席は世界のどこのクルマにもない、と私は思う。
シートの厚みに加えて、センターコンソールがものすごくでかい。この場合のセンターコンソールとは、運転席と助手席の間のトランスミッションが入っているトンネルのことである。ドライバーは前面に計器盤とステアリングホイール、右にドアの内張り、左にセンターコンソール、背中に分厚いシートとすっぽり囲まれている。
センタークラスターにはラジカセ風デザインの巨大な液晶モニターが鎮座している。ラジカセこそ日本のテクノロジーの象徴である! スターターボタンを押してエンジンを始動すると、この液晶にクラウンの王冠マークが映し出され、オリジナルの短い音楽が流れる。
心が洗われるようなサウンド。今年、遷宮の伊勢神宮でお参りする、厳かな気分。そこからドライバーはクラウンの世界に一気に引き込まれる。グワーッ!
これなら世界で通用する
フロントに搭載されるV6、3.5リッターユニットは、先代ゆずりで、最高出力315ps/6400rpm、最大トルク38.4kgm/4800rpmを発生する。アイドリングストップの類いは潔く持っていない。オールドスクールなのである。なかなかいいサウンドを発したりもする。その3.5リッターエンジンに、トヨタのV6搭載車として初めて8段オートマチックが組み合わされたことはニュースである。
足まわりもまた先代を最適化チューンしたもので、AVSなる電子制御の可変ダンピングシステムを備えている。AVSはロール等を制御し、コーナリング中もフラットな姿勢を保つ。乗り心地はおおむね硬い。
ステアリングにはVGRSという、速度によってギア比が変わる機構がついており、低速ではキビキビ、高速ではゆったり動く。このようなパワートレインと最新電子制御テクノロジーの合力でもって、アスリートSはニンジャが腰を落としてすり足でススススーッと駆け抜けるみたいに走ってみせる。
フルスロットルにすると、速い。高速スタビリティーは高く、静かでもある。8段ATの恩恵で、100㎞/h巡航はトップで1700rpmに過ぎない。静粛性はしかし、あえて徹底していない。欧州車的に自然に音が入ってくる。それは無響音室的に静かであるよりも好ましい。
総じて、第14代クラウンは、じつは改革派クラウンの開祖、ゼロ・クラウンの熟成版である。とりわけアスリートSの場合、ハイブリッドではないモデルであることもあって、技術面ではチューニングに徹している。
そのおかげで、ことハードウェアに関しては、同クラスの欧州車と同じ土俵に立っている、といえるのではないか。というのが私の見立てである。欧州車を横目で見つつ、ジャパン・アイランドで独自進化を遂げた“ガラパゴス・カー”なのだ、最新クラウンは。
だからこそ、声を大にして申し上げたい。いまこそ世界に打って出るべし! と。中国や中近東だけでなく、クール・ジャパン代表として、必ずや欧米諸国でウケると信ずる。なにしろ、レクサスよりキャラが立っている。当然『ドラえもん』のCMも、アニメのドラえもんが放映されている国ではジャン・レノ主演で流すべきである。
蛇足ながら、クラウン アスリートSはニンジャなので、おのずと体制派であり、時代遅れといえば時代遅れであることは否めない。けれど、それはニンジャの宿命、ニンジャスレイヤーといえども抗えないのである。
(文=今尾直樹/写真=荒川正幸)
テスト車のデータ
トヨタ・クラウン 3.5アスリートS
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4895×1800×1450mm
ホイールベース:2850mm
車重:1660kg
駆動方式:FR
エンジン:3.5リッターV6 DOHC 24バルブ
トランスミッション:8段AT
最大出力:315ps(232kW)/6400rpm
最大トルク:38.4kgm(377Nm)/4800rpm
タイヤ:(前)225/45R18(後)225/45R18(ブリヂストン・ポテンザRE050)
燃費:9.6km/リッター(JC08モード)
価格:497万円/テスト車=524万4050円
オプション装備:ドライブサポートパッケージ(2万1000円)/電動式リアサンシェード(3万1500円)/クリアランスソナー&バックソナー(11万7600円)/HDDナビゲーションシステム+トヨタプレミアムサウンドシステム(9万8700円)/G-BOOK mX Pro専用DCM+ルーフアンテナ(8万850円)
テスト車の年式:2013年型
テスト車の走行距離:2296km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2):高速道路(6):山岳路(2)
テスト距離:441.1km
使用燃料:48リッター
参考燃費:9.2km/リッター

今尾 直樹
1960年岐阜県生まれ。1983年秋、就職活動中にCG誌で、「新雑誌創刊につき編集部員募集」を知り、郵送では間に合わなかったため、締め切り日に水道橋にあった二玄社まで履歴書を持参する。筆記試験の会場は忘れたけれど、監督官のひとりが下野康史さんで、もうひとりの見知らぬひとが鈴木正文さんだった。合格通知が届いたのは11月23日勤労感謝の日。あれからはや幾年。少年老い易く学成り難し。つづく。