ジャガーXJR(FR/8AT)
度量の広いスーパーサルーン 2013.09.02 試乗記 最高出力550psの「XJR」に試乗。圧倒的なパワーを独自の思慮と見識で御すその走りに、ジャガーならではの懐の深さを感じた。ジャガーとメルセデスの相似性
ジャガーに乗るとメルセデスを思い出し、メルセデスに乗るとジャガーを思い出す。
そんなことを言っているのはもしかして僕だけかもしれないが、両社の間には不思議と共通する仕事がみてとれる。それはフットワークのまとめ具合だ。
ステアリングレシオを控えめにして、ドライバーにあえて大きく操作をさせることに留意しているのはメルセデス。節々の設定を柔らかめにして、過敏な反応の角を丸めているのがジャガー。が、目的は一緒で、どちらも操舵(そうだ)ゲインを努めて柔らかくにじませるための施策だ。ロール量は無理に規制しない代わりに、ロールスピードは比例的かつスローに収めているのも両社同様。そしてダンパーの伸び側量がしっかり抑えられ、大きな入力で車体が跳ね上がるような動きを徹底的に封じ込めているのも同じ……と、結果的にクルマの動かし方がとてもよく似ている。
あえてこの両社を区別しようとすれば、メルセデスのライドフィールはやはり定常的だ。速度が増せば増すほどリングが絞り込まれフォーカスがスーッと定まっていくような確度がもたらす心地よさは、ドイツ的な官能性と評してもいいのかもしれない。一方でジャガーのそれは、一点のカリッとした焦点を常にふわっとしたボケ味が包み込んでいるような印象だ。色気めいた話を持ち込めば、確かにジャガーには特有の雰囲気がある。それこそネコ足と判を押すのをどうしても避けようというのなら、カメラのレンズの嗜好(しこう)性になぞらえてみてもいいのかもしれない。
装いはアンダーステートメント
そんなジャガーのフットワークを最も端的に、劇的に表現しているクルマといえば、間違いなく「XJR」だ。これはもう、X300系の第1世代からそうだった。なんでこんな物騒なサイズのタイヤを履きながら、ここまでしゃなりと走らせることができるのか。慣れないヅラと十二単(ひとえ)を着せられても、その身のこなしに一分の隙(すき)もみせない女優のプロ根性を、当時はフォード傘下だったジャガーに垣間見させてもらったのは20年近く前のことだ。
以来、X308系、X350系と、ジャガーは一貫してXJRをそういうものに仕立ててきた。最も速いことよりも、最も濃いことの方が重要とばかり、パフォーマンス由来の妥協を一切認めずに仕立てられる。そういう意味でXJRという名前には、同業他車とちょっと違った印象を抱かなくもない。
新しいX351系でもその伝統は守られたのだろうということは、控えめなコスメティックをみてもわかる。見る人が見ればわかるという程度に抑えられたエフェクトパーツやエキゾーストエンド、エンブレムの配し様に、ふと思い浮かぶのはイギリス人が好む「アンダーステートメント」という形容だ。
新しいXJRに搭載されるエンジンは最新フェイズの「AJ8」。5リッターV8スーパーチャージドのパワーは大台を軽々と超えて550psにも達している。最高速はリミッターによって280km/hに自制されるが、0-100km/h加速は4.6秒と、一級のスポーツカーと比しても遜色はない。わかりやすくいえば、同社のフラッグシップスポーツである「XKR-S」の動力性能をサルーンに与えたとみても間違いではないだろう。一方で組み合わせられるZF製の8段ATにはスタート&ストップ機能も盛り込むなど、環境性能への配慮も怠りなく、シート形状を筆頭とした快適性に関しても、標準車に対してあからさまな違和感を抱かせない。
雨のサーキットも怖くない
専用設定のサスペンションとブレーキシステムが与えられたXJRのライドフィールは、ジャガーに対するもろもろの期待を確実に上回る素晴らしいものだった。最新の「ポルシェ911カレラS」あたりが履くサイズの「ピレリPゼロ」を、これほど奇麗に履きこなすクルマの前例はないだろう。乗り込んで転がり始めたところから、僕はもうこのクルマのフットワークに降伏してしまった。試乗環境には日本の路面で見掛けるジョイント段差などはなかったが、目につくアンジュレーションを片っ端から踏んでみても不快な反応を示すことはない。むしろその行為自体が気持ちよく、凹凸を好んで探してしまうほど、XJRの脚さばきには乗る者を夢中にさせる有機的な触感がある。
速度を増すほどにスタビリティーが増していく、その感覚が手のひらへとビタビタに伝わってくるわけではない。が、気付けば意思との相違なく、心地よい保舵(ほだ)感と共にクルマはシレッと真っすぐ突き進んでいる。操舵もごく初期の反応はしっとりとしているが、切り増すほどにビシッとゲインが立ち始める。踏力というほどシビアではなく、ストロークでの効き加減に注力したブレーキのセットアップは、革靴のショーファードライバーにも喜ばれるだろう。同様に、ペダルに足を乗せれば間髪入れず即答するほどキチキチに詰められてはいないアクセルレスポンスも、デイリーユーザーにとってはありがたい。69.3kgmもの火力を、気構えることなくひたすら従順に扱わせてくれる。その裏にはジャガーらしい思慮や見識がある。
試乗ではあろうことかローカルサーキット走行の枠も設けられていたが、いざ着いてみるとあいにくの雨。コース初体験の身には厳しすぎるパートナーのように思えるも、XJRは自在な応答性と確実な接地感をもってお相手を務めてくれた。若干前寄りの重量配分や適度なロール感など、スポーツドライビングでは煩わしく思われる要素を、ジャガーは自らのドライバビリティーにうまく織り込んでいる。悪環境になるほどに他とは違う包容力がみえてくるあたりも、XJRというクルマの度量の大きさをよく表しているといえるだろう。フルサイズのサルーンにみるラグジュアリーとスーパースポーツの解釈、いつの時代においてもXJRはその表裏を最もうまく咀嚼(そしゃく)していると思う。
(文=渡辺敏史/写真=ジャガー・ランドローバー・ジャパン)
テスト車のデータ
ジャガーXJR
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=5127×1899×1456mm
ホイールベース:3032mm
車重:1870kg
駆動方式:FR
エンジン:5リッターV8 DOHC 32バルブ スーパーチャージャー付き
トランスミッション:8段AT
最高出力:550ps(405kW)/6500rpm
最大トルク:69.3kgm(680Nm)/2500-5500rpm
タイヤ:(前)265/35ZR20/(後)295/30ZR20(ピレリPゼロ)
燃費:11.6リッター/100km(約8.6km/リッター、欧州複合モード)
価格:--万円/テスト車=--万円
オプション装備:--
※数値は欧州仕様のもの
テスト車の年式:2013年型
テスト車の走行距離:--km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター
参考燃費:--km/リッター

渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。
-
ホンダ・アコードe:HEV Honda SENSING 360+(FF)【試乗記】 2025.10.10 今や貴重な4ドアセダン「ホンダ・アコード」に、より高度な運転支援機能を備えた「Honda SENSING 360+」の搭載車が登場。注目のハンズオフ走行機能や車線変更支援機能の使用感はどのようなものか? 実際に公道で使って確かめた。
-
ホンダ・プレリュード(FF)【試乗記】 2025.10.9 24年ぶりに復活したホンダの2ドアクーペ「プレリュード」。6代目となる新型のターゲットは、ズバリ1980年代にプレリュードが巻き起こしたデートカーブームをリアルタイムで体験し、記憶している世代である。そんな筆者が公道での走りを報告する。
-
日産リーフB7 X(FWD)/リーフB7 G(FWD)【試乗記】 2025.10.8 量産電気自動車(BEV)のパイオニアである「日産リーフ」がついにフルモデルチェンジ。3代目となる新型は、従来モデルとはなにが違い、BEVとしてどうすごいのか? 「BEVにまつわるユーザーの懸念を徹底的に払拭した」という、新型リーフの実力に触れた。
-
アストンマーティン・ヴァンキッシュ クーペ(FR/8AT)【試乗記】 2025.10.7 アストンマーティンが世に問うた、V12エンジンを搭載したグランドツアラー/スポーツカー「ヴァンキッシュ」。クルマを取り巻く環境が厳しくなるなかにあってなお、美と走りを追求したフラッグシップクーペが至った高みを垣間見た。
-
ルノー・カングー(FF/7AT)【試乗記】 2025.10.6 「ルノー・カングー」のマイナーチェンジモデルが日本に上陸。最も象徴的なのはラインナップの整理によって無塗装の黒いバンパーが選べなくなったことだ。これを喪失とみるか、あるいは洗練とみるか。カングーの立ち位置も時代とともに移り変わっていく。
-
NEW
マツダ・ロードスターS(後編)
2025.10.12ミスター・スバル 辰己英治の目利き長年にわたりスバル車の走りを鍛えてきた辰己英治氏。彼が今回試乗するのが、最新型の「マツダ・ロードスター」だ。初代「NA型」に触れて感動し、最新モデルの試乗も楽しみにしていたという辰己氏の、ND型に対する評価はどのようなものとなったのか? -
MINIジョンクーパーワークス(FF/7AT)【試乗記】
2025.10.11試乗記新世代MINIにもトップパフォーマンスモデルの「ジョンクーパーワークス(JCW)」が続々と登場しているが、この3ドアモデルこそが王道中の王道。「THE JCW」である。箱根のワインディングロードに持ち込み、心地よい汗をかいてみた。 -
航続距離は702km! 新型「日産リーフ」はBYDやテスラに追いついたと言えるのか?
2025.10.10デイリーコラム満を持して登場した新型「日産リーフ」。3代目となるこの電気自動車(BEV)は、BYDやテスラに追いつき、追い越す存在となったと言えるのか? 電費や航続距離といった性能や、投入されている技術を参考に、競争厳しいBEVマーケットでの新型リーフの競争力を考えた。 -
ホンダ・アコードe:HEV Honda SENSING 360+(FF)【試乗記】
2025.10.10試乗記今や貴重な4ドアセダン「ホンダ・アコード」に、より高度な運転支援機能を備えた「Honda SENSING 360+」の搭載車が登場。注目のハンズオフ走行機能や車線変更支援機能の使用感はどのようなものか? 実際に公道で使って確かめた。 -
新型「ホンダ・プレリュード」の半額以下で楽しめる2ドアクーペ5選
2025.10.9デイリーコラム24年ぶりに登場した新型「ホンダ・プレリュード」に興味はあるが、さすがに600万円を超える新車価格とくれば、おいそれと手は出せない。そこで注目したいのがプレリュードの半額で楽しめる中古車。手ごろな2ドアクーペを5モデル紹介する。 -
BMW M2(前編)
2025.10.9谷口信輝の新車試乗縦置きの6気筒エンジンに、FRの駆動方式。運転好きならグッとくる高性能クーペ「BMW M2」にさらなる改良が加えられた。その走りを、レーシングドライバー谷口信輝はどう評価するのか?