第334回:”クルマをぶつけて止める”伝説を検証してみる
2014.02.14 マッキナ あらモーダ!ステアリングを切り返す目安
「ぶつからないクルマ」は今や自動車メーカーが最優先で研究しているテーマだが、今回は「ぶつけるクルマ」のお話である。
先日、読者の方からボクのSNSに「ある新聞で『フランスではクルマのバンパーは押していいという認識だ』というコラムを読みましたが、本当ですか?」という書き込みがあった。「ヨーロッパでは、縦列駐車する時はぶつけて止める」は、長年日本において伝説と化している。
早速パリの下町といえる15区で観察してみる。目の前で縦列駐車から脱出しようとしている「ルノー・シュペールサンク」のドライバーは、後方のバンにバンパーを2回ぶつけてから列を脱した。ぐいぐい押して間隔を開けるまではできないが、「ぶつかったら、そこで止まる」をステアリングを切り返す目安としているのは明らかだ。
「バンパーをぶつける心理とは?」
まず聞いてみたのは、シトロエンの「DS」および「ID」のクラブの会長を務めるフランス人シルヴァン氏だ。彼は「パリの駐車場バトルは過酷すぎて、そんなことは構っていられないのだよ」と即座に説明してくれた。
セーヌ右岸16区に住まいをもち、家族車としてシトロエンのMPV「エバジオン」に乗る知人ディディエも「この街では、わずかでもスペースを見つけたら頑張って止めるしか選択肢はない」と教えてくれた。
ぶつけない派もいる
ただし、ここで話は終わらない。
かねてからボク自身は、外国の習慣などを語っているのを聞くとき、「イタリアでは」「フランスでは」という大ざっぱなくくりをしているものは、あまり相手にしていない。どちらの国も、日本とは比べ物にならないくらい地方文化や習慣が多様で、とてもひとくくりには語れないからだ。「欧米では」などという超アバウトな書き出しは、もちろん論外である。ついでにいうと、「イタリアで大評判の◯◯」「フランスの女子に大人気」といった日本における商品宣伝も、大してあてにならないと忠告しておく。
バンパーに関してもしかりである。フランスでもイタリアでも、全国津々浦々でぶつけているわけではない。
例えば、パリのペリフェリーク(環状道路)を出て西の閑静な住宅地に出れば、駐車車両の間隔は少しずつ広がってゆく。
パリ郊外に住むある男性は、「だから、パリ中心部に住むやつらはデリカシーに欠けていて嫌だね」と、バンパーを平気でぶつけるドライバーを批判する。
さらに、スペースに余裕のある地方の中小都市に行くと、たとえ縦列駐車でもバンパーをぶつけながら駐車&脱出する習慣はない。
イタリアも同じだ。ミラノやフィレンツェといった大都市の混雑した地域では、「ぶつけて止める」が常態化しているものの、ボクが住むシエナのような地方都市になると、「ぶつけない派」が多数を占める。シエナでボクが知っている「ぶつけ習慣派」は、「ミラノじゃ、みんなこうだぜ」などと北部で働いていたのを今も自慢にしているおやじくらいだ。
知り合いのフランチェスコ氏は、フィレンツェの有料駐車場で働きながらも、家は郊外にある。
「ぽんぽんバンパーをぶつけるやつ、あれ嫌だよね。だから、俺はできるだけ“魚の骨式”駐車場をみつけて止めてるよ」。参考までに、彼のいう魚の骨式とは、一般的な平地の駐車場のことを指す。敷かれた白線を上から見ると、魚の骨のように見えるからである。「ま、今度は開けたドアを、平気で隣のクルマにぶつける嫌なやつに悩まされるんだけどな」と言って笑った。
ストーンウオッシュ感覚のバンパー希望
ただし前述の「ぶつける」「やむを得ずぶつける」派も、同時にコレクションしているヒストリックカーの場合は、自らぶつけることを避けるばかりか、ぶつけられそうな縦列を避けるのが基本なのは明らかである。
「金属バンパーは、すぐへこんじゃうし、修理代も高い」と、教えてくれたのは、「シトロエンDS」を所有するフランス人、レネ・リュイ氏だ。愛車がコレクタブルな価値を伴った今となっては、いたたまれない、というところなのだろう。
ところでそのレネ・リュイ氏は、フランスの普及車種におけるバンパーの歴史を回顧してくれた。
「最初に傷がつきにくいグレーのプラスチックバンパーを装着したフランス車は、初代『ルノー・サンク』(1972年)だったな」。その登場をきっかけに、人々が金属バンパー時代よりも容易に、クルマをぶつけるようになったのは想像に難くない。
彼いわく、最近のクルマの同色バンパーは傷が目立ちやすいが、それでもパリの駐車スペースの取り合い戦においては、そんなことは構っていられないという。
たしかに今のバンパーは、ぶつけるとすぐに傷がつく。ボクも気がつけば前後のクルマに擦られていて、悔しい思いを何度もした。時には唾までつけて必死で消すのを試みたものだ。 防衛手段として、容赦なくぶつけてきそうなクルマの前後には止めないよう心がけているのだが、ボクが駐車した後にそうしたクルマが来てしまうことだってあるため、限界がある。
ボクのような小心者は到底パリジャンにはなれない。同時に、なぜ昨今のカーデザイナーは「こすられてもいいバンパーのデザイン」を考えないのだろうか? と悲しくなってくる。
いっそのことストーンウオッシュのジーンズに倣って、最初から無数のキズ模様がついたバンパーがメーカーオプション設定され、「パリジャン感覚!」などとトレンドになってくれればと願っているボクである。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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