フェラーリ458スペチアーレ(MR/7AT)
R指定したい 2014.08.20 試乗記 単なる「458イタリア」の軽量ハイパワー仕様だろう、などと高をくくってはいけない。パワーウェイトレシオを2.13kg/psまでそぎ落とし、0-100km/hを3秒でこなす「458スペチアーレ」の走りはもはや別物。V8フェラーリの頂点と呼ぶにふさわしい、どう猛さと洗練を併せ持つスペシャルに仕上がっていた。箱根のワインディングロードで試乗した。“誰にでも”の解釈
専用開発されたというミシュラン・パイロットスポーツ カップ2のトレッド面にはびっくりするほどの砂利が貼り付いていた。まるでコースアウトしたレーシングカーのスリックタイヤである。山道の途中の砂利が浮いた舗装の駐車場にちょっと足を踏み入れただけで、今時こんなきな粉もちのようになる標準装着タイヤなどめったにない。しまった、と感じるより先にその強力なグリップを想像してゾッとする。やはりただ者ではない。
そう、ただ者ではないということを繰り返し自らに言い聞かせておかないと、つい人当たりの良さ、イージーさに慣れ切ってしまいそうで怖いのが昨今のフェラーリだ。事実、不機嫌そうに飛ばす営業「プリウス」に東名高速でついていくぐらいなら、ATモードのままでちょっとだけ踏めば2500rpmそこそこでトントンとシフトアップ、まったくなんの造作もない。しかし、どんなにフレンドリーでもそこはフェラーリ、しかもこれは究極のV8フェラーリと言うべき458イタリアをさらに研ぎ澄ませた高性能版「スペチアーレ」である。
最近ちょっと引っかかるのが、いわゆるスーパースポーツカーであっても、敷居を低く間口を広くしたことを強調する風潮だ。高性能でありながらより快適に、よりストレスなく……ぐらいは許容範囲だろうが、誰にでも乗れる、毎日乗れるスーパーカーと言ってしまうのはアウトオブバウンズではないか。軽自動車なら当たり前でも、スーパースポーツの世界でそれを自ら公言するのは自縄自縛のジレンマに進んで落ち込むようなものだと思う。そうでなければ、速くて楽ちんな車が好きなニューリッチたちの気持ちはたちまち他に移ってしまうのかもしれないが、エクスクルーシブ性を大切にするのであれば、ここは最も取扱注意である。その点やはり、フェラーリはお金持ち相手のビジネスの年季が違う。「プロドライバーでなくても最高の性能を引き出せる……」とは言っても、上手に「誰でもいつでも」という類いの表現を避けている。ビジネスとして必要なPRと、一番大事なカスタマー向けの発言のバランスを考えているなと感じるのだ。
かつて自動車界の再編が話題になっていた頃、いかに短い開発期間で完成したか、つまりいかに効率よく資本を使って収益性を高めているかを得意げにアピールするメーカー(主に米国系)が目立ったが、今ではその種の言葉を耳にすることはない。経営指標に興味があるアナリストや株主向けならまだしも、その車のユーザーやクルマ好きにはちっともうれしくない情報だったからである。もちろん受け取る側次第ではあるが、誰にでも毎日乗れるスーパーカーという表現には同じ匂いを感じるのだ。
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最強エンジンをさらにパワーアップ
無論その値段だけを取っても、誰でも乗れるわけではないのは言うまでもないが、昔はそれ以外にも心理的な抵抗器というか“リミッター”として働いていたものがあった。べらぼうに重いクラッチをタイミングよく踏めるか、あるいはゲートの角でシフトレバーを削らないで素早くスムーズにシフトできるだろうか、などと経験の浅い私はフェラーリに乗るたびに内心ドキドキで走りだしたものだ。あんな冷や汗ものの緊張感と、それをこなせた時の達成感などを伝えようとしても到底無理だと痛感させられるほど、458スペチアーレは全知全能感に包まれている。何ならシフトパドルを操作しなくても、車任せで恐るべき速さで走ることができる。
「360チャレンジ ストラダーレ」や「430スクーデリア」といった従来のスペシャルモデルと同じポジションに位置する458スペチアーレの開発手法はこれまでと基本的に同じ、すなわちパワーアップと軽量化だ。しかし、もともとフェラーリ最強のV8だった4.5リッターユニット(458は570ps/9000rpm)をさらにパワーアップするのは容易ではないはずだが、スペチアーレ用ユニットはピストンやクランク、インテークシステムなど大幅に手が加えられ(圧縮比も12.5から14にアップ)、結果的に605ps(445kW)/9000rpmと55.1kgm(540Nm)/6000rpmを達成している。自然吸気でリッター当たり135ps、しかもレブリミットと最高出力発生回転数が同じ。スラリと大パワーを生み出すインテリジェントなターボエンジンが幅を利かせる今日この頃、そのスペックだけでゾクッとする、実に珍しく有り難いエンジンである。
唖然とする速さ
実際、これほど景気よく、どう猛に9000rpmまで回るV8は他にはない。普通の458のV8でさえ、もうこれ以上刺激的なエンジンはないと思ったが、それにも増してたけだけしく、ピークに向けて上り詰める。“ノーマル458に比べて”、と言わなければならないところに浮世離れした感があるが、マクラーレンがロードカーの世界に乗り出してからはさすがのフェラーリも安閑としてはいられないのだろう。とにかくスムーズとか滑らかとかの言葉を吹き飛ばすほどに切れ味鋭く回る。一昔前ならレーシングエンジンそのものだが、前述したように混んだ街中でもまったく機嫌を損ねないことを忘れてはいけない。問題は4000rpm以上のゾクゾク領域を試すスペースを見つけられないことだ。公表されている性能データは0-100km/h=3.0秒、0-400m=10.7秒、0-1000m=19.4秒、最高速325km/h以上というもの。ゼロヒャク3秒は「マクラーレン650S」と同一だが、これは経験者でもちょっと気が遠くなるレベルの加速力、かつて『CAR GRAPHIC』誌で実際に試した数多い高性能車の中でもこれを明らかに上回るのは「ブガッティ・ヴェイロン」(2.7秒)ぐらいしか思いつかない。
そして軽く敏しょうだ。高速道路をおとなしく走っている時も、路面によってザーッというロードノイズが盛大に鳴り響き、遮音材より軽量化優先ということがダイレクトに伝わってくる。例えばサイドウィンドウガラスは薄く、美しいエンジンを見せるためのリアハッチはレキサン(ポリカーボネート)樹脂に変更されているのだ。他にもさまざまな減量策を取り入れたスペチアーレの乾燥重量は1290kgで、これを基にしたパワーウェイトレシオは2.13kg/psと飛び抜けた数字だが、車検証上の重量は1480kgである。ただしこれでもノーマルの458より100kg軽い。このレベルのスポーツカーでさらに100kgのダイエットは生半可ではないが、その効果はあらゆる挙動の瞬間的なレスポンスとなって感じられる。信じられないほど賢いSSC(サイドスリップアングルコントロール)は、その作動を感じさせることなく、ただただ圧倒的なコーナリング性能と驚異的なトラクションを支えている。ミシュランのグリップを負かすことさえ難しいのに、今や洗練の極みに達したトラクションコントロールと電子制御デフによって後輪は路面に食い込むように安定している。例のつまみ(マネッティーノ)をレース、またはCTオフにしておくと適度かつ絶妙なテールスライドを誘うこともできるが、それは自分の実力ではないことを認識しておく必要がある。
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ほとんどレーシングカーである
レースモードにしておけば、強力無比なブレーキの踏み加減ひとつでF1DCTがそこまで落とさなくてもというギアにまで勝手に、見事にシフトダウンしてくれる。ギャイーンと回ってステアリングホイール上のインジケーターがチカチカする様子は(5500rpmで最初のLEDが点灯)、さあ踏め、さあ飛べとばかりの臨戦態勢で、いかに人気のないワインディングロードとはいえ少々気が引けるほど攻撃的である。それもあってESCもオフになるマネッティーノの一番右のモードは一般路上では試す気にはなれなかった。
標準モデルより500万円近く高い車両本体価格3390万円の“スーパーカー”として見れば、インテリアは驚くほど簡素、というより質素でスパルタンである。いかにも薄いレーシングシートやインテリアトリムはファブリックとアルカンターラ、そしてカーボンファイバーで覆われており、グラブボックスも省かれている。アルミのフロアプレートや、必要最小限のスイッチを設けたセンターコンソールのカーボン製の“ブリッジ”までとにかく軽量化優先だが、その徹底したレーシーな雰囲気はむしろ好ましく感じた。
それにしても、パフォーマンスではもはやレーシングカー並みの458スペチアーレのような車が普通に市販されるということに戦慄(せんりつ)さえ覚える。まったくのビギナーがいきなり踏み抜くことはないとは思うが、一見容易に思えてもその神髄を本当に引き出すのは無理だということは記しておきたい。これは経験と自制心を持つ大人にだけ許されたスペシャルモデルである。
(文=高平高輝/写真=小林俊樹)
テスト車のデータ
フェラーリ458スペチアーレ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4571×1951×1203mm
ホイールベース:2650mm
車重:1290kg(乾燥重量)
駆動方式:MR
エンジン:4.5リッターV8 DOHC 32バルブ
トランスミッション:7段AT
最高出力:605ps(445kW)/9000rpm
最大トルク:55.1kgm(540Nm)/6000rpm
タイヤ:(前)245/35ZR20 91Y/(後)305/30ZR20 103Y(ミシュラン・パイロットスポーツ カップ2)
燃費:--km/リッター
価格:3390万円/テスト車=3952万7000円
オプション装備:モデナイエロー・ブレーキキャリパー(13万3000円)/ネロステラート・レーシングストライプ(102万9000円)/20インチ マットネロ鍛造ホイール(22万1000円)/カーボンファイバー・ホイールキャップ(7万4000円)/チタン・スポーツエキゾーストパイプ(22万1000円)/カーボンファイバー・フロントスポイラー&エアロダイナミックフィン(38万3000円)/カーボンファイバー・シルカバー(86万8000円)/カーボンファイバー・リアエアロダイナミックフィン(17万7000円)/カーボンファイバー・リアディフューザーウイング(83万8000円)/カーボンファイバー・ガスキャップ(17万7000円)/カーボンファイバー・エンジンコンパートメント(69万5000円)/スペシャルステッチ(5万2000円)/プランシングホース・ヘッドレスト刺しゅう(11万1000円)/フロント&リア・パーキングセンサー(30万9000円)/オーディオシステム(29万4000円)/ナビゲーションシステム(4万5000円)
テスト車の年式:2014年型
テスト開始時の走行距離:2478km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(1)/高速道路(6)/山岳路(3)
テスト距離:287.9km
使用燃料:60.0リッター
参考燃費:4.8km/リッター(満タン法)/--km/リッター(車載燃費計計測値)

高平 高輝
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