トヨタ・クラウン アスリートS-T(FR/8AT)/クラウン アスリートG-T(FR/8AT)
世界に向けて日本が変わる 2015.10.19 試乗記 デビューからおよそ3年がたち、マイナーチェンジが施された、トヨタの高級セダン「クラウン」。新たに追加された2リッターターボモデルの試乗を通じて、今回リファインされたポイントを確かめた。見どころは安全技術と新エンジン
東京都内で行われる試乗会は、ベイエリアのお台場か有明が会場に選ばれることが多い。都心部に比べれば交通量が少なく、撮影ポイントもあるからだ。マイナーチェンジされたトヨタ・クラウンの試乗会が有明で開かれたのには、ほかにも理由があった。新たに搭載された機能が、ここでしか試せないのだ。
通常の試乗に加え、今回は安全技術説明会と体験同乗試乗が行われた。世界初の運転支援システムである「ITS Connect」が、クラウンに搭載されている。ITSとは高度道路交通システムのことで、路車間通信と車車間通信により安全でスムーズな交通環境を整えることが目的だ。路車間通信では道路上のセンサーと通信機が必要で、試乗会の時点ではまだ全国で23カ所の交差点にしか設置されていなかった。東京では、錦糸町近辺に4カ所あるほかは、有明に近い青海1丁目交差点だけなのである。
安全技術に関しては別の記事で詳しく紹介することにして、ここではそれ以外の変更点について触れる。大きなトピックは、新しいエンジンの追加だ。2012年に14代目が登場した時は、パワーユニットは2.5リッターと3.5リッターのV6エンジン、2.5リッター直4エンジンとモーターを組み合わせたハイブリッドシステムの3種だった。今回加わったのは、2リッター直4直噴ターボエンジンである。昨年「レクサスNX」に採用され、トヨタ初のダウンサイジングターボとして話題になったものだ。
トヨタは環境対策としてハイブリッド路線を推し進めてきたが、ヨーロッパではディーゼルとダウンサイジングターボが主流となっている。さまざまなニーズに応えるには、ターボを無視するわけにはいかない。
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実はお買い得モデル!?
クラウンに先立ち、2015年8月、このエンジンは「レクサスIS」にも採用されている。また、「オーリス」のマイナーチェンジでは、1.2リッター直4直噴ターボエンジンがデビューした。これらのターボエンジンは、これから他のトヨタ車にも搭載されることになるだろう。2リッターターボは、「低回転から高回転まで高トルクを維持することで、胸のすくような加速を実現」したとうたわれている。最大トルクを1650-4400rpmの広い領域で発生するのだ。
このエンジンには、凝ったメカニズムが使われている。インジェクターは直噴用とポート噴射用の2つがあり、理想的な混合気を作り出そうとする。吸排気バルブの開閉タイミングを制御するDual VVT-iWは、アトキンソンサイクルを実現するためのものだ。エキゾーストマニホールドはシリンダーヘッドと一体成型され、排気は1番と4番、2番と3番を合わせてツインスクロールターボに流し込まれる。
タービンを自製してしまったのが、基幹技術は社内で保持することを原則としているトヨタらしいところだ。コンプレッサーの羽は鋳造ではなく削り出しで作られている。表面に刻まれているミゾは、工作過程で付いたものだ。それによって効率が上がることを期待したものの、効果はなかったそうだ。しかし、デメリットもないのでそのままの形状にしたという。工程が増えればコストがかかるので、磨いて滑らかにすることには意味がない。
トヨタでは、クラウンの販売台数の2割がターボ搭載モデルになると見込んでいる。14代目になってからはハイブリッドモデルが8割を占め、完全にメインのパワートレインとなった。そのうちのいくばくかがターボに移行すると見ているわけだ。面白いことに、オーリスとはターボモデルの位置づけが正反対になっている。オーリスでは高性能バージョンという扱いで最上級グレードになっているのに対し、クラウンでは最も安い価格帯にあるのがターボ搭載モデルなのだ。パワーが3.5リッターに次ぐ235psであることを考えれば、お買い得だとも言える。
日本の情緒を表現した色
ターボエンジンが追加されたのは「アスリート」だけで、「ロイヤル」には採用されていない。スポーティーなパワートレインということで、コンサバなロイヤルにはふさわしくないという判断なのだろう。それ以前に、今やクラウンの主流がアスリートであるという現実がある。13代目ではほぼ五分五分の販売比率だったが、今や7割近くがアスリートなのだ。14代目のチーフエンジニアを務めた山本 卓さんは「これからはアスリートがメインのクルマになると思います。近い将来、ロイヤルは陳腐化していくんじゃないでしょうか……」と話していたのだが、早くも予言が的中しつつある。
会場にロイヤルの試乗車が1台しかなかったのは賢明な判断だろう。みんなお目当てはアスリートのターボ版なのだ。その中でも人気だったのは外装色がブルーのモデルである。CMでも使われている鮮やかなカラーだ。「天空」と書いてソラと読ませるとは、ボディーカラーにも“キラキラネーム”の波が及んできたらしい。昨年期間限定で販売していた「空色edition」よりも濃い色で、輝度も高い。
天空は「ジャパンカラーセレクションパッケージ」と名付けられた12色のボディーカラーのひとつだ。日本の繊細な情緒を表現したとされ、ほかにも「翡翠(ヒスイ)」「常磐色(トキワイロ)」「仄(ホノカ)」などの和風な名前が付けられている。天空は派手でありながら気品のある典雅な趣を持つ不思議な色だ。若々しいけれど大人にも似合う。夕日を思わせる「茜色(アカネイロ)」も、渋さときらびやかさを兼ね備えた見事な色に仕上がっていた。
インテリアにも「白」「黒」「こがね」というオーダーカラーが設定されているが、試乗車はターボ専用色の「プルシア」だった。加飾パネルは新採用のメノウ積層柄で、3Dっぽい光り方をする。高級感とスポーティーさを両立させるために工夫をこらしているのだ。
パワートレインのテーマも同様である。ハイブリッドが主流となったのは、クラウンにふさわしい滑らかさと加速力が高く評価されたからだろう。クラウンに乗る世代の人にはターボといえばスポーティーというイメージがあるはずだが、受け入れられるためには高級感が必要だ。
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レクサスにも勝る静粛性
もちろん、今ドキのターボは1980年代のような荒々しい手触りではない。それにしてもクラウンの2リッターターボはよくしつけられている。この試乗の前に同じエンジンを搭載するレクサスISに乗ったのだが、こちらのほうが明らかに静粛性が高い。クラウンらしい味付けで、こもり音を消すことが重要な課題なのだ。低速走行での滑らかさは、ハイブリッド版にも勝るように思われた。
アクセルを踏み込めば十分にパワフルで、しっかりした加速力を発揮する。それでも振る舞いはあくまでも上品であり、滑らかさを保つ。8段ATもいい仕事をしている。今回のマイナーチェンジでは、ボディーにも手が加えられた。構造用接着剤の採用と90カ所以上に及ぶスポット溶接の増し打ちによるボディー接合部の剛性強化が施されたそうだ。街なかでの短い試乗では見極められなかったが、やわなクルマではないことははっきりしている。
14代目が登場した時は、フロントグリルの巨大化に仰天したものだった。今ではすっかり定着して違和感はまったくない。この部分にも変更が加えられている。グリルはバンパー下端まで伸ばされ、左右が完全に切り離された。ロイヤルもバンパーがグリルを強調する形状になっている。これ以上広げるとしたら、横方向に行くしかない。
表情を引き締めるのにグリル以上の貢献をしているのがヘッドランプだ。LEDが使えるようになったことでランプ類のデザインは自由度が高まり、各メーカーがインパクトのある顔つきを競っている。LEDの素材感をそのまま見せる例が多い中、クラウンは別の道を選んだ。立体的な形状に仕立てて奥行きを出し、すりガラス状のラインを入れて目ヂカラを強くした。リアコンビネーションランプも立体的になり、リングが大きくなっている。ジェット戦闘機のアフターバーナーをイメージしたそうで、視認性が上がっている。
豊田章男社長から「ワオ! を感じさせるクルマを作れ」と厳命されているから、クラウンを作るのは大変な仕事だろう。日本を代表する高級車であり続けながら、海外では販売されないという宿命を持つ。日本の文化を背負うクラウンに、世界の潮流であるダウンサイジングターボが搭載された。日本も、クラウンも、変わりつつあるのだ。
(文=鈴木真人/写真=田村 弥)
テスト車のデータ
トヨタ・クラウン アスリートS-T
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4895×1800×1450mm
ホイールベース:2850mm
車重:1610kg
駆動方式:FR
エンジン:2リッター直4 DOHC 16バルブターボ
トランスミッション:8段AT
最高出力:235ps(173kW)/5200-5800rpm
最大トルク:35.7kgm(350Nm)/1650-4400rpm
タイヤ:(前)215/55R17 94V/(後)215/55R17 94V(ダンロップ SPORT MAXX 050)
燃費:13.4km/リッター(JC08モード)
価格:450万2000円/テスト車=508万8600円
オプション装備:ジャパンカラーセレクションパッケージ(27万円)/アドバンストパッケージ<プリクラッシュセーフティシステム+クリアランスソナー&バックソナー+インテリジェントクリアランスソナー+レーダークルーズコントロール>(10万8000円)/ITS Connect(3万240円)/インテリジェントパーキングアシスト<イージーセット機能、駐車空間認識機能、ハンドルセレクト機能付き>(3万2400円)/T-Connect専用DCM+ルーフアンテナ+リモートセキュリティーシステム<リモートイモビライザー>(11万5560円)
テスト車の年式:2015年型
テスト開始時の走行距離:444km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター
参考燃費:--km/リッター
トヨタ・クラウン アスリートG-T
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4895×1800×1450mm
ホイールベース:2850mm
車重:1630kg
駆動方式:FR
エンジン:2リッター直4 DOHC 16バルブターボ
トランスミッション:8段AT
最高出力:235ps(173kW)/5200-5800rpm
最大トルク:35.7kgm(350Nm)/1650-4400rpm
タイヤ:(前)245/45R18 91W/(後)245/45R18 91W(ブリヂストン・ポテンザRE050A)
燃費:13.4km/リッター(JC08モード)
価格:533万円/テスト車=601万1480円
オプション装備:ジャパンカラーセレクションパッケージ(30万2400円)/245/45R18 91Wタイヤ+18×8Jアルミホイール<ブラックスパッタリング塗装>+2リッターターボ専用オーナメント(13万6080円)/アドバンストパッケージ<プリクラッシュセーフティシステム+クリアランスソナー&バックソナー+インテリジェントクリアランスソナー+レーダークルーズコントロール>(10万8000円)/ITS Connect(2万7000円)/パノラミックビューモニター<左右確認サポート、シースルービュー機能付き>(10万8000円)
テスト車の年式:2015年型
テスト開始時の走行距離:720km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター
参考燃費:--km/リッター

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。