BMW 650iクーペ(FR/8AT)【試乗記】
やさしい目をした馬みたい 2011.11.21 試乗記 BMW 650iクーペ(FR/8AT)……1465万2000円
オープンバージョンに続いて日本上陸を果たした、クローズドボディーの新型「BMW 6シリーズ」。ハイパワーな上級グレード「650iクーペ」で、その走りを試した。
クルマと家電はどこが違う?
「わかる人だけがわかればいい」とクールに突き放した先代から一転、新しい「BMW 6シリーズクーペ」はだれが見てもカッコいいと思えるデザインになった。とがったモード方向ではなくエレガントなセンを狙った、ラグジュアリークーペの王道だ。
正統派のスーツと同じで、完成された美しさがあるから古臭いとは思わない。けれども、「誰も見たことのない形をデザインしてやる!」というギラギラした野心が薄れちゃったのは個人的には残念だ。
試乗したのは、407psの4.4リッターV型8気筒ツインターボエンジン搭載の「BMW 650iクーペ」。ほかに3リッター直列6気筒エンジン搭載モデルもラインナップするのは、クーペに先行して登場した「6シリーズカブリオレ」と同じだ。
デザインがやや丸くなったのは残念だけど、運転した感覚がまろやかになったのは新鮮だった。「BMW 650iクーペ」をドライブしながら、以前、“ミスターK”こと片山豊さんにうかがったお話を思い出す。ご存じの方も多いだろうけれど、片山さんは、アメリカ日産の社長として1960年代後半に「フェアレディZ」の開発で陣頭指揮を執った方だ。
片山さんは、「クルマと家電の違い」というテーマでこんなお話をしてくださった。
「人類は長い間、馬と生活をともにしてきました。馬と移動することで、見たことのない景色や、新しい友人と出会うことができたのです」。
「ただし、馬はただの移動の道具ではありません。同じ屋根の下で暮らすという意味では家族ですし、一緒に敵と戦う時は相棒でもあります。そしてお腹が減ると蹄(ひづめ)をカンカンと鳴らして合図を送り、体を洗うと気持ちよさそうに寄り添ってきます。言葉は通じないけれど、そこにはコミュニケーションがあるのです」。
「クルマというのは、こうした馬に取って代わる存在です。便利ならばそれでいいという家電と違うのは、当然だと思いませんか?」
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スイッチひとつでソファ状態
で、「BMW 650iクーペ」は一歩、馬に近づいたのではないかと思ったわけです。
常足(なみあし)でパッカパッカと快適に駆けたい時には、シフトセレクターの隣にあるスイッチを「COMFORT」側に押す。
このスイッチは「ドライビング・パフォーマンス・コントロール」と呼ばれる装置を調整するためのもので、クルマの性格を総合的にコントロールできる。「コンフォート」「スポーツ」「スポーツ・プラス」のモードに加えて、「BMW 650iクーペ」には「コンフォート・プラス」というモードも設定される。
カタカナの長〜い名前ばかりで申し訳ありませんが、「BMW 650iクーペ」には「ダイナミック・ダンピング・コントロール」が標準装備されるので、乗り心地もソフトになったりスポーティーになったり変化する。
こうして文字にすると謎の呪文みたいだけれど、実際はシンプルだから直感で操作できる。設定がキマるとタブレット端末ぐらいデカいカーナビ画面に表示されるのも、わかりやすい。
まずは市街地で「コンフォート・プラス」という極楽モードを選ぶ。全然関係ないけど、普通の人が使っているのに自動車業界人が使わない言葉のひとつに、「クッションがいい」というものがある。うまくニュアンスが伝わる表現だと思うけれど、不思議とだれも使わない。
で、「コンフォート・プラス」モードを選ぶと、クッションがよくなる。乗り心地がソフトになるだけでなく、ひなびた喫茶店のソファみたいに、クルマ全体がふにゃっとリラックスした印象になる。
一方で、思いきりムチを入れると、目の覚めるようなギャロップを見せてくれる。
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奥ゆかしいハイテク、出たがりなサウンド
「スポーツ」モードを選ぶと、休み時間の教室にコワい先生が入ってきた瞬間のように、クルマ全体がギュッと引き締まる。ステアリングホイールの手応えがグッと骨っぽく重くなり、グリップがひとまわり太くなったように錯覚する。高速道路を走っているのなら安心感が、ワインディングロードを走っている時ならヤル気が増すはずだ。
軽くアクセルペダルを踏んだだけでも「シュン!」と鋭敏に8段ATがシフトダウンして、エンジンの回転が上がる。素早いけれどショックは小さい。鉄の歯車が別の歯車とガッチャンとかみ合った、という感じはなくて、サラブレッドが足の回転ペースを上げるようにスムーズだ。
だから目がくらむような怒濤(どとう)の加速をしているのに、化け物っぽさを感じさせない。
「スポーツ」モードでは、路面からの情報がステアリングホイールを通じてダイレクトに伝わってくる。いま、クルマがどんな姿勢か、タイヤはどっちを向いていて、路面とどんな感じでコンタクトしているのか。相手のことがきちんと理解できるから、超大パワー車で、あらゆる場所を電子制御するハイテク・モンスターでありながら、相棒のように感じる。
「もてなされていると感じさせないのが真のもてなし」なんて言うけれど、ハイテクを感じさせないのが真のハイテクなのだろう。
ちょっといただけないと思ったのは、エグゾーストノートだ。V8の“バリバリ感”や男らしさを強調しすぎているのではないか。繊細なドライブフィールとは少し距離がある。
とはいえ、時にやさしく、願えば力強く、気持ちがわかりあえる「BMW 650iクーペ」は、やさしい目をした馬みたいなクルマだった。
馬に競馬場や乗馬場でしか乗れなくなったように、エンジン車もサーキットでしか乗れなくなる日が来るかもしれない。そんな時代になっても、こういうクルマだったら持っていたいと思わせるのだろう。確かにこのクルマは、家電とは違う。
(文=サトータケシ/写真=高橋信宏)
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サトータケシ
ライター/エディター。2022年12月時点での愛車は2010年型の「シトロエンC6」。最近、ちょいちょいお金がかかるようになったのが悩みのタネ。いまほしいクルマは「スズキ・ジムニー」と「ルノー・トゥインゴS」。でも2台持ちする甲斐性はなし。残念……。
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