スズキ・アルト ワークス(FF/5MT)
若きクルマ好きにささぐ 2016.01.21 試乗記 スズキのベーシックな軽ハッチバック「アルト」に、スポーティーな走りが自慢の「ワークス」が15年ぶりに復活。エンジン、トランスミッション、サスペンションと、いたるところに施された“ワークス専用”のチューニングが織り成す走りを試す。「ターボRS」にMTがなかった理由
なんでMTで作らなかったのよ?
昨年「アルト ターボRS」が登場した際、多く聞かれた批判というか落胆というか……に対して、スズキのエンジニアの答えは実に正直だった。
いわく、時間がなかったと。
まずスポーツ走行用に「AGS」にキャリブレーションを施すことが大変だった上、3ペダルMTとあらばフィーリングの作り込みも入念に行わなければならない。MTそのものの需要も読めないところにきて、少ないリソースで優先すべきはAGSの方だった……。
と、聞かされてはさすがに不満を垂れる気にはなれないわけだが、そんな釈明を待たずとも、ほいっと乗ったターボRSのAGSはシングルクラッチ方式として非常に出来がよく、個人的にはたとえ3ペダルMTがあったとしても利便性や快適性の面からAGSの方を選ぶだろうなと思ったわけだ。
が、スズキの人はこの時、不敵な笑みを浮かべてもいた。
もし要望が多ければ、作ることは難しい話ではありませんよ、フフフ……。
思えばこの時、既にワークス復活の構想はあり、そこに向けてMTの開発も進んでいたのだろう。先の東京モーターショーに参考出品された個体のシフトノブをこっそりコチョコチョやってみて、ああこれは確信犯だわと思ったのは、そのタッチが入念に調律された、決して昨日今日の仕事とは思えないものだったからだ。
ここもあそこも“ワークス専用”
スズキはワークスの5段MTを“専用設計”とうたっており、確かにほかのアルトの5段MTとはギア比を違えている。平たく言えば4速以下をローギアード&クロス化しており、またクラッチについても踏力、踏感に関連するダイアフラムスプリングに“スポーツMT”として最適なチューニングを施している。このアーキテクチャー自体は国際展開するモジュールゆえ、恐らく今後新興国向けの車両などでコスト吸収が想定されるものだろう。が、上記に加えてクラッチのつながり感やシフトストロークなどの官能性を意識したしつらえはワークス専用のものだ。一方で、5段AGSの側にも専用のマネジメントプログラムを与えており、ターボRSに対して変速スピードを10%短縮して、スポーツ性をより強調した仕立てとしている。
パワートレインに関してはターボRSと同じ64psを発生するターボ付きの「R06A」であるものの、改良型と称されるそれはエンジン本体の基準水温を下げて空気の充てん効率を高め、最大トルクを若干ながら高めている。また、ECUのキャリブレーションによりアクセル操作に対する応答スピードを10%高め、ダイレクトな加速フィールを実現しているという。冷却に関しては従来の導風口に加え、フロントグリルの車名バッジにも貫通孔が設けられており、エンジンルームに外気を積極的に取り入れる。
サスペンションはターボRSでも採用されたKYB製のダンパーをベースに減衰力とフリクションコントロールを最適化させる専用のチューニングを加えたもので、特に初期摺動(しゅうどう)のスムーズネスを高めながら、ロール量の低減と接地性の向上を実現しているという。また15インチ×5Jサイズのホイール採用に伴うリム幅の拡大や、リニアな操舵(そうだ)感を求めた電動パワステの制御変更など、走りの質を高めるべく細かなところまで手が入れられている。
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踏めばどこからでも加速する
スタータースイッチを押してのエンジン始動と共に発せられるサウンドに格別の演出は感じないものの、復活したワークスに対する感動はクセのないクラッチをつないだ瞬間から訪れる。まあ軽い軽い。テスト車の670kgという車重は、軽規格変更前のアルト ワークスにも比する重量だが、そこに合わせられるのは最新世代のR06Aユニットだ。ピークの数値はかつての「F6A」や「K6A」とほぼ同等ながら、ごく低回転域から立ち上がるフラットなトルクカーブなど、その特性は大きく異なっている。加えてMTのギアリングは先述の通りローギアード。軽い車体が2500rpmも回っていればポンポンと押し出され、踏めばどこからでもグイグイと加速するその感覚は、大げさでなくリッターカー以上と評してもいいほどだ。
メーカーの公表する2~4速というより、5速も含めてギアのステップ比は全域でクロス気味に感じられる。その代償としてどうしても高速域での回転数は押し上げられ気味だ。ちなみにトップギアでの100km/h走行時のエンジン回転数は、ターボRSの5段AGSより500rpm増しの約3900rpm。実感としては、この速度での巡航燃費は20km/リッターにもっていくのが難しいという印象だった。対すれば街中での燃費は乗り方いかんで、軽のターボ車としては悪くない数字が期待できそうだ。
峠道では水を得た魚のごとし
タウンスピードでの乗り心地はターボRSに対してやや硬めだが、それでも減衰力が微小入力域からしっかり立ち上がっており、露骨な突き上げや揺さぶりは我慢できる範疇(はんちゅう)に収まっている。そして高速域ではスタビリティーがしっかりと前面に出てくるだけでなく、大きな路面変化を受け止める足まわりの“余力”やボディー剛性の高さに感心させられた。返す返すも670kgの車両とはにわかに思えないほどの接地感、そして安定性である。パワートレインまわりからの高周波系の振動も気にならないから、乗り心地に関していえば500kmくらいのツーリングでも苦にはならなそうだ。
強いて疲労要素を挙げれば、エンジンの使用回転数が高いことからくる耳疲れ、そしてドライビングポジションくらいだろうか。テレスコ調整を持たないステアリングとハイト調整を持たないシートとの位置関係から、僕の場合、どう調整しても腕が伸び気味となる運転姿勢を終始強いられることになった。装着されるレカロは、市販品に比べるとやや幅が狭く着座高も高めだが、フロア形状とレールの関係や、エアバッグからのリーチを考えると、軽の量産車としてはこのポジションに落ち着くしかないというところだろう。
そして峠道での走りは、文字通り水を得た魚である。アクセル操作を間髪入れず駆動力に変え、7000rpmの直前までしっかりパワーがついてくるエンジンのフィーリングは、ホンダやダイハツのそれを上回る。見た目はプアでも、ペダルストロークの奥まで制動力をリニアに立ち上げていくブレーキのタッチや、短いストロークでサクサクと決まるシフトフィールは、それが軽であることをすっかり忘れさせてくれる。高速域での乗り心地を思えばやや柔らかめかと予想したサスも、64psというパワーに対する余力は十分で、63:37という重量配分を思えば後輪側の落ち着き感はちょっとびっくりするほどだ。シャシーの設定は安定志向なのに、クルマの動きはヒラヒラと感じられるのは、それこそ軽量ボディーのもたらす最たる効果だろう。
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思い出に残るクルマになる
それでも個人的には、気になることはいくつかあった。シフトストロークは横方向をもう少し広げた方が変速ミスの防止につながるだろう。ここまでスポーティーに振る舞えるようになれば、ロック・トゥ・ロックで3.5回転以上も回るステアリングのギアレシオはターボRSとの差別化の意味からも、もっとクイックな側に振ってもいいかもしれない。そうするのなら、操舵支持剛性ももう少し高めたくなる。メッキのお化粧やサイドスカートなんかはオプションでもいいから、そういうメーカーならではのところに手をかけてもらえれば、値札に対する満足度も高まると思う。
まぁ、それはあくまでオッさんの願望であって、これを「ワゴンRスティングレー」と並べて迷うかもしれない若者にとっては、見た目の演出も大切な要素だ。アンコを工夫してドラポジを固めるのも、走るに余計に手足を動かし、曲がるに余計にステアリングを回すのも、運転上手への楽しいプロセスである。金はなくとも時間と熱意があるのなら、高速道路など目もくれず下道でどこへでも走っていけるし、後になれば楽しい思い出となるだろう。それこそが、いろいろなことに縛られたいい年のオッさんではかなわない、クルマがもたらす最大の自由を実感する旅だ。
MTでクルマを走らせるという楽しさは、単に山道を飛ばしてうんぬんばかりの物差しでは測れない。新しいワークスはそんな多様性も備える今や貴重な軽のスポーティーモデルである。だからこそ、若きクルマ好きに積極的に乗ってもらえればと思う。
(文=渡辺敏史/写真=郡大二郎)
テスト車のデータ
スズキ・アルト ワークス
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=3395×1475×1500mm
ホイールベース:2460mm
車重:670kg
駆動方式:FF
エンジン:0.66リッター直3 DOHC 12バルブ ターボ
トランスミッション:5MT
最高出力:64ps(47kW)/6000rpm
最大トルク:10.2kgm(100Nm)/3000rpm
タイヤ:(前)165/55R15 75V/(後)165/55R15 75V(ブリヂストン・ポテンザRE050A)
燃費:23.0km/リッター(JC08モード)
価格:150万9840円/テスト車=169万5816円
オプション装備:なし ※以下、販売店オプション カーナビゲーションシステム(14万7258円)/フロアマット(1万6902円)/ETC車載器(2万1816円)
テスト車の年式:2015年型
テスト開始時の走行距離:416km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(6)/山岳路(2)
テスト距離:286.9km
使用燃料:21.1リッター(無鉛レギュラーガソリン)
参考燃費:13.6km/リッター(満タン法)/15.6km/リッター(車載燃費計計測値)
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渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。
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